第1025話「跡をつける人影」

 〈大鷲の騎士団〉第一戦闘班は、勇猛強卒を誇る騎士団の戦闘職の中でも、選りすぐりの精鋭である。その肩書きを名乗ることができるのはヴァーリテイン打ち上げ2km以上や、〈コノハナサクヤ監獄闘技場〉単独クリアなどの厳しい条件をクリアした者のみであり、それ故に騎士団の内外から畏怖と尊敬の念を向けられている。

 そんな騎士団第一戦闘班の指揮を取るのは、副団長であるアイである。騎士団長のアストラは幹部グループである銀翼の団の面々と共に行動することが多いため、彼女がその役職に就いていた。

 そして、第一戦闘班のナンバーツーに収まる長槍の伝令兵、クリスティーナはそんな副団長の後ろを尾行していた。


「クリスティーナさん、やっぱりバレますって!」


 彼女と共に〈窟獣の廃都〉までやって来た第一戦闘班の面々が、前のめりになっている副官を制止しようと手を伸ばす。アイもアストラの実妹だからという理由だけで騎士団の副団長となっているわけではない。彼女の戦闘能力の高さは、直属の部下である第一戦闘班全員が身を持って理解している。

 平時のアイならば、クリスティーナたちの尾行など一瞬で看破してしまうだろう。


「バレるならそれで結構です。まったく、副団長も浮かれてますねぇ」


 建築の騒音が響く街中、組み上げられた足場の影からそっと顔を覗かせてクリスティーナは嘆息する。彼女の視線の先には、〈白鹿庵〉のおっさんことレッジと共にコボルドのお守り露店の前に立ってニコニコと笑っている少女の姿があった。

 いつものドレスメイルこそ着ているものの、いつもならキリリと精悍な表情を浮かべている顔がだらしなく崩れている。


「まさか副団長がおじ専だったとはなぁ」

「ま、惹かれるのも分かる気がするけど」


 クリスティーナの背中に隠れる第一戦闘班の面々も、副団長の様子を見て声を漏らす。

 時には鬼のような厳しさも見せる偉大なる副団長がおっさんとデートに繰り出したと聞いて、彼らは居ても立っても居られなくなったのだ。〈老骨の遺跡島〉で行っていた任務は第二戦闘班に押し付けて、密やかに二人の背後を追いかけた。そんな彼らの行動に気づかないほどアイが油断しきっているのも、また呆れてしまう理由のひとつだった。


「しかしまあイチャイチャしちゃって。一緒にお守りなんか買ってますよ」

「たぶんレッジさんにそこまでの意図はありませんよ。あの人は年下の女性は大体姪くらいの距離感だと思ってますから」

「それもそれだと思うんだけどな」


 勇猛なる騎士団第一戦闘班の面々はぼやきながら、二人の動きを追いかける。お守りを購入したアイたちは露店を離れ、歩き出した。


「さ、追いかけますよ!」

「了解!」


 クリスティーナの号令で騎士たちが続く。身軽な動きで街中を影から影へ渡り歩く姿は、確かな実力を感じさせる。


「次はドリンクショップに入りましたね」

「喉乾いたんですかね?」

「ここは乾燥してますからねぇ」


 レッジとアイが向かった先は、オシャレなドリンクを売っている若者向けのショップである。レッジは何の面白みもないただのコーヒーを買っていたが、アイはホイップクリームにチョコレートスプレーを散りばめ、更にコボルドをデフォルメしたクッキーを添えた可愛らしいドリンクを頼んでいる。


「副団長ってあんなの飲むんすか……」

「あれは飲み物なのか? 食べ物なのか?」

「いつもはブラックのコーヒーしか飲まないのに……」


 ニコニコと笑いながら大きなカップを受け取っているアイを見て、第一戦闘班は愕然とする。執務に追われている普段の彼女は、集中力増強効果のある濃く抽出したブラックコーヒーしか飲まない。


「副団長、まるで女の子みたいだ」

「アイは普通に女の子ですよ」


 目を丸くする団員の一人に、クリスティーナは手刀を落とす。実年齢で言えばアイより年上である彼女は、副団長として彼女の戦闘能力や指揮能力を尊敬していると同時に、可愛い妹のようにも思っていた。

 だからこそ、そんな彼女がレッジと二人で〈窟獣の廃都〉へデートしにいくなどと聞いた時には任務を全て放り出してしまったのだが。


「クリスティーナ、このドワーフまんって奴美味しいぞ」

「貴方はなんで楽しんでるんですか」


 団員の一人がいつの間にか近くの露店で饅頭を買って来ていた。表面にドワーフの焼印が押しつけられたシンプルな饅頭で、蒸したてのほかほかとした蒸気が上がっている。

 クリスティーナは呆れつつも一つ受け取り、口に運んだ。


「はふっ。美味しいですね」

「やっぱり張り込みと言えば饅頭っすよね」

「そこはアンパンじゃないの?」


 仲良くドワーフまんを頬張りつつ、騎士団の精鋭たる第一戦闘班の面々は副団長の動向を見守る。


「あ、なんか気づいたっぽいですよ」

「私たちの存在ですか?」

「いや、あれは……。ここに来た目的を思い出した感じですね」

「今更ですか!」


 様子を見ていた団員の実況に、クリスティーナは肩の力が抜けてしまう。あの厳格な副団長が一時とは言え状況に夢中になってしまうとは、いくらなんでも浮かれすぎである。


「元々はドワーフたちにソロボルの事を聞き込みに来たんですよね」

「そのはずですよ」


 少なくとも名目上はそうだった。

 レッジとアイは慌てた様子で周囲に暇そうな人物がいないかと探している。やがて、建設中の建物の側で休んでいるヘルメット姿のコボルドを見つけて声を掛けていた。


「コボルド語の翻訳は上手くいってるみたいですね」

「まだ精度が十分ではないみたいですけど、レッジさんの理解力でなんとかなっているみたいです。それに、副団長も辞典は持って来てるみたいですし」


 聞き耳を立てていたウサギ型ライカンスロープの隊員が言う。

 騎士団第一戦闘班はただ真正面から戦うだけでなく、隠密行動や情報収集などの任務を遂行することもある。そのため、あらゆる状況に対応できる豊富な人材が揃っているのだ。


「しかし、聞き込みはうまくいくんですかね」

「どうでしょうね。記録保管庫に残っていない資料が、口伝でどれほど伝わっているのか……」


 正確に言えば記録保管庫にソロボルに関する情報が眠っている可能性は排除できない。とはいえ、今の段階では見つかっていないため、同じようなことだ。そこでレッジたちはコボルドやドワーフ、グレムリンといった種族にその知識を求めたようだが、それがどれほど成果を挙げるのかは誰にもわからない。

 例えばコボルドたちが何か思い当たることを話したとしても、それは口から口へ伝え聞いてきたことだ。その過程で変容している可能性は大いに考えられる。


「うーん。やっぱり有力な情報は得られていないようですね」


 耳を立てていたライカンスロープの隊員が言う。レッジとアイの表情が落胆しているのは、クリスティーナの目でも確認できた。

 しょんぼりと肩を落とすアイを、レッジが慰めている。


「いやぁ、体格差も相まって親子感がすごい」

「おっさんのおっさん感が異常なんだよな」

「副団長に聞かれてたらぶっ飛ばされそうね」

「この状況が見つかったらぶっ飛ぶだけで済まないだろ」


 アイのローズゴールドの髪を軽く撫でるレッジ。二人の様子を見て団員たちは口々に言葉を漏らす。

 とはいえ、まだ情報収集は始まったばかりである。レッジたちは気を取り直して歩き出す。クリスティーナたちも足音を忍ばせながら、その後ろをついていく。


「あの方々は、たしか騎士団の……」

「ほえ? なんであんな挙動不審なんだろ?」


 その姿を見て首を傾げる者がいることに、彼ら気付かないのであった。


━━━━━

Tips

◇ドワーフまん

 ドワーフの姿を模った焼印を押し付けた大きな饅頭。中身は粒あん、こし餡、カスタード、チョコレートの四種類。


Now Loading...

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る