第1024話「お守りを君に」

##第1024話「お守りを君に」

『ようこそ、封印杭管理拠点パイル01-クナドへ!』


 トロッコに乗ったまま〈窟獣の廃都〉の中心地へと入っていった俺たちは、発着場に降り立ったところでNPCの歓迎を受けた。


「パイル01?」

『第二次〈万夜の宴〉の活動成果として、この都市も正式にイザナミ計画惑星調査開拓団の管理拠点として認められたのです。そのため、拠点の名前も新たに封印杭管理拠点パイル01-クナドに改められました!』

「ほう。そんな感じになってるのか」


 確かに〈窟獣の廃都〉はこの地下空間全域を指し示すフィールドの名前であって、廃都そのものを表す名前ではない。調査開拓団が本格的に手を出して発展を遂げた今なら、相応しい名前を付けるのも当然の流れだろう。


「いつから名前が付いてたんですか?」


 アイもこの事情は知らなかったようで、驚きのままNPCに尋ねる。


『三日ほど前のことになります! でも、調査開拓員の皆さんにはなかなか浸透していないので、こうして新しく町へ訪れた方にご紹介しているのです』

「なるほど。広報担当だったのか」

『はい!』


 どうしてこんなトロッコの発着場に上級NPCが立っているのか不思議だったのだが、そう言うことだったらしい。せっかく名前を変えてもそれが定着しないと意味がないからな。


「というか、ここが正式に開拓団の拠点になったってことは、管理者もいるのか?」

『はい! 管理者はクナドが就任しております』

「ほう。随分出世したなぁ」


 クナドは元々、この町の中心に刺さっている杭の守護者だった。とはいえ、一連の事件の結果、重要参考人としてT-1が捕らえていたはずだ。それが元の古巣とはいえ、開拓団の拠点管理者を任せられるほどになるとは。

 まあ、彼女はほとんどブラックダークに巻き込まれて流れ弾を喰らっていたようなものだし、マシラの件などでは積極的に協力の姿勢を見せていたようなので、T-1たちからの心象も良かったのだろう。


『シード01-クナドは現在も精力的に開発が行われています! それに。調査開拓員の皆さんだけでなく、ドワーフ族、コボルド族、グレムリン族の方々との共生も考えられています。ですので、種族間でトラブルが発生した場合は身柄が拘束される可能性もありますので、お気をつけくださいね』

「なるほど。その辺の実験都市っていう側面もありそうだな」


 調査開拓団が初めて遭遇した現地住民のドワーフ族たち。今まで、彼らとは〈オモイカネ記録保管庫〉で協力することはあっても、都市で共に暮らすということはなかった。〈クナド〉は彼らと調査開拓員との共同生活を馴染ませる場所としても期待されているらしい。


『お困りのことがあれば、お近くのNPCにご連絡くださいね』

「分かったよ。じゃあ、早速〈クナド〉を回ってみるか」

「はい!」


 元気よく返事をするアイと共に、早速町の中へと繰り出す。『いってらっしゃいませー』と大きく手を振っていたNPCは、次なる訪問者を見逃すまいと再び直立不動の態勢に戻っていた。


「やはり、地下都市というだけあって、金属製品の店が多いようですね」

「ドワーフなんかも物作りが得意みたいだからな。コボルドは穴掘りが上手いし」


 〈クナド〉は三日前に名前が決まっただけあって、まだ中心地以外は建設途中といった印象だ。遠くから見れば立派な街並みだが、いざ通りに立ってみると、あちこちで足場が組まれ小型建築NPCたちがあくせくと働いている。

 建築系任務も報酬が手厚く用意されているようで、大工や鍛治師といった生産系ロールのプレイヤーも多い。

 同じく地下にあるということで〈ホムスビ〉と似ている点も多いが、あくまで地下資源採集拠点であるあちらとは違って、商業区画なんかもしっかりと確保されている。そしてそこでは、ドワーフ族やコボルド族が露店を開いていた。


「へぇ。これってクナドのログボじゃなかったか?」

「洞窟獣人のお守りですね。使用するとランダムで様々な効果が発動する消耗品です」


 流石に騎士団副団長ともなれば各管理者の褒賞品も全て頭に入っているらしい。アイはすらすらと澱みなく説明をしてくれる。

 コボルド族の伝統工芸品のようなもので、彼らの体表に僅かに生える毛を編んだものだ。宝石なども取り付けられていて、見た目にも美しい。まあ、コボルドたちは先天的に盲目であるため、見た目よりその匂いに重点を置いているらしいが。


『ガウゥ』


 道端で露店を広げていたコボルドが、俺たちに向かって吠える。俺もアイもレティのような野生の勘で意思の疎通を図ることはできないが、今は秘密兵器があるのだ。俺は早速翻訳機を起動して、もう一度話してもらう。


『親愛なるお客様、あなたは良い目をしています! 最高級の香毛を集めたお守りです』

「お、おう」


 コボルドの発声から若干遅れて、翻訳機から機械音声が流れる。お目が高いね、みたいなことを言ってくれているらしい。


「流石に開発途中というだけあって、直訳というか機械翻訳っぽさがありますね。でも結構合ってるみたいですよ」


 アイは懐から分厚い冊子を取り出して、ペラペラとページをめくりながら言う。

 どうやら、翻訳機だけでなく簡単な辞書のようなものもあるらしい。俺が翻訳機を手に入れたため使い道はないかと思ったが、正確性のダブルチェックには役立っているようだった。


「意味が通じるなら大丈夫だな。こっちから向こうの言葉にも変えられるみたいだしな」


 アイの言いたいことも分かるが、個人的には十分使える精度だと思う。コボルドの店主はこちらの言葉が分からないため首を傾げているが。

 俺は翻訳機を起動したまま、店主に話しかける。


「ここにあるお守りはどんな効果があるんです?」

――『バウ、バウグルゥブルブルバウムクーヘングルゥガウ』

『ガウゥ?』


 俺の言葉に合わせて翻訳機からコボルド語っぽい音声が流れる。こっちはどれくらいの精度で通じているのか分からないが、店主は一瞬「なんだこいつ」と言いたげな顔をした後に商品を指差しながら答えてくれたので意味は伝わっているらしい。


『このお守りは、灼熱の炎をあなたから遠ざけます。 これがあれば、しっぽが焼けず、飛び跳ねません』

「耐火性能アップってことか。〈鑑定〉だと効果は分からないけど、コボルドたちはちゃんと理解してるんだな」

「翻訳機があればちゃんと効果を選べるということですね」


 アイも翻訳機の威力が分かってきたようで、鷹揚に頷く。


『こちらは冷たいです。凍えます。鼻の奥まで熱が続くでしょう』

「なんて?」


 感心した矢先にトンチキな翻訳結果が返ってくる。おそらくは耐水性能アップのお守りを説明してくれたのだろうが、ちょっと不安になってきた。


「見たところ、クナドさんのログインボーナスで貰えるお守りよりも平均的な効果は上みたいですね。彼女のお守りは結構効果量に幅があって不安定ということもありますが」


 じっくりと〈鑑定〉スキルを使いつつ商品を眺めていたアイが言う。クナドのログボは一定期間無敵状態になれる強力なものから、逆に周囲の敵を呼び寄せてしまう呪いのアイテムまでランダム性がより強いらしい。

 ここに並んでいるお守りは基本的にどれもプラスの効果しか付かない、平和的な性能のものばかりだった。


「せっかくだし、何か買うか?」

「ええっ? そ、そうですね。こういうものを買って調査するのも騎士団としては重要ですし!」


 お守りもそこまで高いものでもない。冷やかして帰るのも店主に申し訳ないと思って言うと、アイも早口で頷く。やっぱり彼女はいついかなる時も騎士団としての責任を感じているのだ。


「アイに似合うのはどれだろうな」


 お守りは一つひとつデザインも違っていて面白い。俺はアイの姿と見比べながら、一番しっくり来るものを探す。ただ、デザインだけでなくせっかくなら性能も彼女のプレイスタイルに合ったものにしたい。


「お、これなんてどうだ?」

「ひゃいっ!」


 最終的に選び取ったのは、青とピンクの綺麗な石が連なったお守りだ。騎士団のイメージカラーの一つでもある青と、彼女の髪色に近い淡いピンクで、なかなか良いのではないか。効果は回避率アップと、細やかなダメージ減衰。戦闘の多い彼女に、わずかでも助けになればいい。


「あわ、あわわ。ありがとうございます。大切にします!」

「いや、消耗品だしなぁ。適当に使ってくれたらいいよ」

「そ、そんなことは!」


 若干アイが挙動不審だが、喜んでくれているようなら何よりだ。

 ついでに俺も、アイからお守りを選んでもらう。俺が送ったものと比べて深い青色と透き通った赤色の石が連なるお守りで、刺突属性攻撃力の上昇効果がある。


「ど、どうですか?」

「いいじゃないか。ありがとうな」

「えへへ……」


 二つのお守りをコボルドの店主から売ってもらう。自分で消耗品とは言ったものの、人に選んでもらったということもあって使ってしまうのが惜しくなってくるな。


『お二人共美しくフィットしています。まるで尻尾を噛んでいるようです』

「うん?」

「あははは。ほ、翻訳精度は今後に期待ですね!」


 コボルド店主の言葉の意味するところがいまいち分からなかったが、多分褒めてくれているのだろう。アイが嬉しそうなので良しとする。俺は彼にお礼を言って、露店を離れた。


「……あっ、普通に買い物を楽しんで海竜伝説について聞くの忘れてたな」

「あっ」


 二人して本来の目的を忘れていたことに気付いたのは、それから少し後のことだった。


━━━━━

Tips

◇“噛尾の仲”

 コボルド語の慣用表現用例。互いの尻尾を噛むことで、親愛を確かめること。相手に自身の弱点を晒す行為であり、信頼の証ともされる。もっぱら、婚姻関係にある両者を指し示して言う。

 ――出典:コボルド語辞典


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