第1023話「甦る闇の都」

 〈窟獣の廃都〉に向かうルートは二つ。俺たちが初めて足を踏み入れた時に使った〈オモイカネ記録保管庫〉から出発する道と、俺たちが脱出する時に使った〈アマツマラ地下坑道〉から向かう道だ。単純な距離で言えば前者の方が短いのだが、後者は途中をトロッコで高速移動することができるため、時間が掛からない。

 そんなわけで俺たちは〈ホムスビ〉へと向かい、そこからトロッコに乗って〈窟獣の廃都〉を目指していた。


『ナンダカコノアタリニ来ルノモ久シブリナ気ガシマスネェ』

『マダソンナニ離レテナイデショウニ』


 トロッコの両サイドを並走するナナミとミヤコも、心なしか楽しそうだ。やはり彼女たちにも故郷の概念があるのかもしれない。


「あの、レッジさん?」


 楽しげに話しながらランプを明滅させている二機を見ていると、アイが控えめに声を上げる。


「どうかしたか?」

「いや、その。なんで警備NPCが?」


 彼女は改造を重ねて随分と姿を変えているナナミとミヤコを見て困惑の表情になる。そういえば、彼女には言っていなかったか。俺は改めて二機を彼女に紹介する。


「ナナミとミヤコ。俺が一番最初のマシラ――ミートを抑える時に協力してくれた警備NPCだ」

『協力ト言ウカ、連レ去ラレタ訳デスガ』

「ええ……」


 細かくツッコミを入れてくるミヤコ。アイは困ったように眉を寄せ、そんな彼女を見る。


「俺は戦闘職じゃないし、アイも半分支援職だろ? レティたちもまだログインしていないみたいだし、護衛をしてもらおうと思ってな」

「護衛って……。わ、私だってこう見えてトッププレイヤーなんですけど」


 後半、彼女は何やら口の中で小さくつぶやく。聞き取れず首を傾げると、彼女は拗ねたように顔を逸らした。


「ミヤコとナナミもずっとウェイドのところで待機してもらってたからな。たまには体を動かさないと鈍るだろ」

『イエ、特ニソウイッタ事ハアリマセン』

『我々ハ常ニ出動デキル状態ヲ保チナガラ長時間待機スル事ガデキマスノデ』

「そんなこと言ってる割にはよく動くじゃないか」


 そっけない返事をするナナミとミヤコだが、坑道で原生生物と出くわすと争うようにして襲いかかっている。おかげで俺たちはトロッコに乗っているだけで楽なものだが、警備NPCにしても戦意が高い。


「レッジさんって、NPCもたらし込みますよね」

「たらしこむってなんだ……。まあ、二人とも地下空間での戦闘は得意だろうし、力強い味方になってくれると思うぞ」

「ふーん。私だって強いんですけどね」


 ミヤコもナナミも元々は狭小な地下空間での戦闘を想定された警備NPCだ。機体自体は汎用的なものだが、搭載している人工知能には地下坑道での戦闘に最適化された学習パッケージがインストールされている。


「それで、翻訳機は忘れてないですよね?」


 トロッコの縁に肘を置いて頬杖を突きながらアイが言う。俺はもちろんと頷き、首に掛けた小さな機械を持ち上げる。

 これこそが、今回のキーアイテム、“地下言語翻訳機”である。ドワーフたちがドワーフ語と調査開拓員の言語を翻訳するために作った翻訳機の技術を流用、発展させたものだ。コボルドの言語はドワーフ語とも共通するところが多少はあるため、このようなものが開発できたらしい。

 俺は今回、レングスたちwiki編集者の伝手を借りてこれを手に入れた。とはいえ一時借り受けているだけだが。翻訳精度がまだ完璧とは言えず、物自体も高価であるため、量産されていないのだ。


「本当にこれがあればコボルドとも話が?」

「そのはずだ」


 ドワーフから分かれたグレムリン、更にそこから分かれたコボルド。彼らは全て系統樹で繋がっている。そのため、できるならコボルド族からも情報を集めておきたい。

 ドワーフ語、グレムリン語、コボルド語は纏めて地下言語と呼ばれている。俺たち調査開拓員の使う言語は、それと対照させて地上言語と表すこともあった。


『モウスグデ門デスヨ』


 小難しいダイヤルやらボタンが並んだ翻訳機をいじっていると、ミヤコが知らせてくれる。トロッコの中から外を覗くと、ミヤコたちのビームライトが照らす先に白い石造の門が現れた。


「トロッコの路線もそのまま入ってるんだな」

『ソノタメニ多クノ重機NPCガ投入サレマシタカラネ』


 トロッコは勢いをそのままに門へ飛び込む。調査開拓員とNPCたちの地道な整備作業によって、このあたりもすっかり見違えてしまった。門の奥は道幅が狭くなるため、ミヤコとナナミはトロッコの前後を挟むように配置を変える。等間隔で並ぶライトの光が後方へ流れていくのを見ていると、やがて急に開けた空間に出る。


「おお、すごいことになってるな」

「〈窟獣の廃都〉の開発には騎士団も大きく関わっていますからね。レッジさんが発見した頃と比べればかなり発展しているでしょう?」


 広大な地下空間にあったのは、巨大な都市である。〈窟獣の廃都〉という名前でありながら、もはやそこに廃墟と呼べるようなものはほとんど残っていない。調査開拓員によって供給された大量の鉄材によって、その都市は他の前衛拠点にも負けないほど立派な姿に変貌を遂げていた。

 驚く俺に、アイが自慢げに胸を張る。〈窟獣の廃都〉のボスを最初に討伐してみせたのも彼女たち騎士団で、今でも継続的にリソースを注いでいる。最大手攻略バンドの厚い支援がなければ、ここまで急速な発展はなかっただろう。


「とはいえ、私も最近はソロボルの方に掛かり切りでしたから。最近はコボルドたちとの交流も始まったと聞きますが……」


 トロッコは軽快にレールを滑り、町へ近づいていく。中央に屹立する黒い塔――術式的隔離封印杭クナドの足元には、煌々と光を放つ街並みが広がっている。コボルドたちは種族的に盲目で、視覚の代わりに嗅覚と聴覚に頼って生活をしている種族だから、あの光は調査開拓員たちのためのものだろう。


『〈窟獣の廃都〉ノ地形データヤ生息スル原生生物ノデータハインストールシテイマス。ガイドモ私タチニ任セテクダサイ』

「お、頼りになるじゃないか」


 ピコピコとランプを光らせるナナミ。用意周到な彼女は、前もって必要なデータを頭に叩き込んできたらしい。


「ま、町のことなら私の方が詳しいと思いますよ。フィールドはともかく、まずは町で情報収集するのが先決では?」

「うーん、それもそうだな」


 そこへアイがずいと迫ってきて主張する。彼女の言うことも一理ある。


「ナナミ、ミヤコ。二人はとりあえず整備と点検と補給を受けて準備してくれ。俺たちは町中に入って情報を集める」

『了解シマシタ。デハ、ノンビリ待ッテイマス』

『オ土産ハシルバーオイルデ良イデスカラネ』


 ナナミとミヤコの二人も素直に頷く。元々が警備NPCで、更に特別な改造を大規模に行なっている二機は長時間の活動には適さない。〈ホムスビ〉から〈窟獣の廃都〉へと移動するだけでも点検整備が必要だった。幸いなことに各都市には標準的にNPCの整備拠点があるため、そこで待っていて貰えばいい。


「ふふっ。それじゃあ、張り切って情報収集しましょうか」


 アイも町が近づきテンションが上がっているようで、弾むような口調でそう言った。


━━━━━

Tips

◇地下言語翻訳機

 ドワーフによって開発された言語翻訳機を元に、ドワーフ語、グレムリン語、コボルド語の翻訳を行うために開発された翻訳機。地上言語を含めた四言語の円滑かつ相互的な翻訳を目指しているが、未だ発展途上。


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