第1022話「舞い踊る」
サクランボやクロウリたち、そして何よりネヴァの助けもあって祭壇を用意する目処は経った。彼らが順調に作業を進めてくれれば、今日明日中にも立派なものが6つ完成するはずだ。
「というわけで、次の問題は演舞だ」
「演舞、ですか」
遺跡島にある騎士団の陣幕に再び集まって、俺はアストラたちに向かって口を開く。それを聞いたアイが繰り返す。
祭壇を用意しただけではソロボルをどうにかすることはできない。その舞台で演舞を行わなければならない。例に倣って便宜上演舞と呼んでいるだけで、史料には特別な踊りとだけしか書かれていないわけだが。
「それは、具体的にはどういうものなので?」
「分からん」
「分からんって……」
騎士団員の一人に尋ねられたが、俺には何も分からない。現在も解析班が調べているはずだが、今のところ有力な記述などは見つかっていないようだ。
「とりあえず、ソロボル――というか海竜に海の恵みを賜った感謝を伝える踊りらしい。6つ祭壇があるってことは、6人くらいで踊るんじゃないか? 多分」
「多分」
そんな詐欺師に出会ったような顔をされても、分からないものは分からないのだ。
「詳細な手順が残ってないってことは、結構アバウトでも良かったんじゃないかなって」
「だいぶ希望的観測ですよね、それって」
「まあそうだけども」
アイに鋭く突っ込まれて、頷くほかない。
だって、残っているのは大体がドワーフ族による資料なのだ。奴らは建築物に関しては並々ならぬ情熱を注いで詳細に、それこそ微に入り細を穿つような図面すら残している。その反面、舞台を整えることにしか興味がなさすぎるせいで、肝心の儀式本番についての記述がまるでない。
「というわけで、ここはもう苦渋の決断をすることにした」
「苦渋の決断とは?」
首を傾げる一同に、俺は懐で温めていたアイディアを披露する。
「信頼と実績のあるアイ先生に、現代版フリースタイル演舞を――」
「絶対に嫌です!!!!」
「ぐべあっ!?」
飛んできた大戦旗が俺を包んで羽交締めにする。アイの名前が出た瞬間に拳を握り
腰を浮かした団員たちも、副団長の反応を見て即座に大人しくなる。
「あ、アイも前の〈万夜の宴〉で頑張ってくれたじゃないか……」
「アレは特別です! 匿名であるのが条件だったじゃないですか!」
「どうせソロボル討伐は騎士団がほとんどなんだろ?」
「そういう問題じゃありません!」
なんとか説得を試みるが、腕を組んで立ちはだかるアイは頑として頷かない。彼女の作る楽曲や歌詞や踊りはどれもとても素晴らしいのだが、いかんせん彼女自身が人前でそれを披露したがらない。
「いいじゃないか。前は弾き語りなんかも――」
「バカ兄貴は黙ってて!」
「ぐわーーっ!?」
肩を竦めて説得に乗り出したアストラも戦旗の直撃を受けて撃沈する。いくらダメージを受けないとはいえ、それくらい避けられるだろうに……。
「とにかく、絶対に嫌です! 普通に芸能系バンドに協力を要請したらいいじゃないですか」
「あっちはあっちでてんてこ舞いなんだよ。マシラの出現頻度が上がってるみたいでな」
「レッジさんがこちらに掛かり切りなのも大きいみたいですよ。“上覧試合”においてレッジさんの活躍は大きかったですから」
俺がこうしてソロボルに集中している間にも、調査開拓領域各地でマシラは出現している。それらを捕まえて保護拠点に送るだけでも、かなりのリソースを割いているのだ。今からそれに忙殺されている芸能系バンドに声を掛けても、彼らもなかなか動けないというのが実情だった。
「それなら、管理者の皆さんに踊って貰えば……」
「流石に管理者をフィールドボスの目の前に出すのはなぁ」
「どうせ壊れないじゃないですか! ていうかいっそのこと、管理者専用兵装でサクッとですね!」
「アイ、アイ。ちょっと興奮しすぎだ」
顔を真っ赤にして叫ぶアイを、流石にアストラが落ち着かせる。しかし彼女の意思は揺るがないようで、結局彼女に踊ってもらうという案は白紙に返ってしまった。
「それならどうしたもんかなぁ」
「もっとよく調べたら史料が出てくるかもしれませんよ」
「それを待ってる時間も惜しいくらいなんだが……」
チラッチラッとアイに視線を送ってみるも、彼女はそれを意図的に無視している。
〈オモイカネ記録保管庫〉に残されている史料は膨大なものなので、その中には儀式に関する史料もあるはずだが、そこへ辿り着くまでどれほど掛かるかも分からない。検索機でもあればいいのだが、そう便利なものもない。
「そうだ。なら、聞きにいけばいいんじゃないですか?」
「聞くって、誰に?」
自分が踊るのが嫌すぎてついに頓狂なことを言い出したかとアイの方を見る。彼女はいかにも名案を思いついたと言わんばかりの表情で、ハキハキと語った。
「儀式は確実に行われていたんですよね。なら、当時を知る人に聞けばいいんですよ」
「当時を知るって、そんなの……。ああ、そういうことか」
海竜伝説は数千年前の話だ。そんなものを見届けた者などいないと言おうとしたが、心当たりがあった。
「零期組だな」
「そうですよ!」
イザナミ計画惑星調査開拓団、第零期先行調査開拓団。俺たち一期団がやってくる二万年前に、まだ生物の存在すら確立されていなかったこの星に辿り着き、その環境を根本から作り替えた者たち。
彼女たちならば、もしかしたら何か知っているかもしれない。
「そうと決まれば、まずはコノハナサクヤのところにでも行ってみるか」
ここから一番近いところにいる零期団の調査開拓員はコノハナサクヤ。もともとはコシュア=エグデルウォンという名前だった管理者だ。
一気に元気を取り戻したアイと共に陣幕を飛び出す。今の時間であれば、彼女はちょうど隣のフィールドである〈黒猪の牙島〉にいるはずだった。
†
『は? 海竜伝説? 演舞? 知りませんね。何のことですか?』
「そんな……」
希望を抱いて突撃したアイは、3秒で撃沈した。
〈黒猪の牙島〉の一角で巡回拠点を開いていたコノハナサクヤは、不思議そうな表情で首を傾げる。彼女はソロボルのことも、海竜伝説や演舞、儀式といった単語の全てに聞き覚えがないと答えた。
「零期団のくせに、覚えてないんですか」
『なんで私は恨まれてるんです? ――申し訳ないですが、私たちはそれらの記憶をあまり保持していないんですよ』
「どうしてですか!?」
『第零期先行調査開拓員としての神核実体を、第一期調査開拓員管理者機体へとコンバートしたからですね。簡単にいうと記憶データのフォーマットが違うので、完全な移行はできないんです』
「ぐぬぬぬぬぬ」
コノハナサクヤの説明を聞いて、アイは本気で悔しがる。そんなに人前で踊りたくないのか……。
いつも怒っている印象のあるコノハナサクヤも、流石にそんな彼女を見て少し同情したらしい。よしよしと彼女の背中を撫でつつ、次善策を考えてくれる。
『そういうことであれば、もしかしたらドワーフやグレムリンたちの方が伝え聞いているかもしれないですよ』
「ドワーフに、グレムリン? 前はともかく、後ろは言葉が……。あっ!」
訝しげに眉を寄せていたアイが何かに気づく。コノハナサクヤは優しく微笑みを浮かべて頷いた。俺と話す時はあんな穏やかな感じじゃないのになぁ。
『あなた方はもう、翻訳機を作っていますよね』
「ありがとうございます、コノハナサクヤさん!」
それを聞いたアイは俄かに元気を取り戻す。勢いよく立ち上がると、希望を捉えた輝く瞳をこちらに向ける。
「レッジさん、今すぐ〈窟獣の廃都〉へ向かいましょう!」
「お、おう……」
普段は冷静な印象の彼女だけに、その勢いに圧倒された俺はただただ頷くしかなかった。
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Tips
◇銀翼大鷲の大戦旗
青色に大きく翼を広げた銀の鷲を描いた勇壮な戦旗。通常の戦旗よりも大型で、その存在感も一際強い。
翼を抱く騎士団たちの誇りと矜持の象徴であり、故に決して地に落ちない。決して粗雑に扱うことは許されないもの。
“この大戦旗が翻る時、騎士たちは咆哮を上げ、敵は絶望に打ちひしがれるであろう”
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