第1021話「集う職人団」
「荷物はどんどん降ろしてけ! 後ろがつかえてる!」
「ポートB空きます。着陸態勢取ってください」
「とりあえず倉庫にぶち込むんだ! 仕分けは後でやれるからな」
〈老骨の遺跡島〉近海に浮かんだフロートの上に、次々と大型の輸送機が降り立つ。丸い寸胴の中から大型の保管庫に詰められて運び出され、待機していた蒼氷船で陸へ運ばれるのは、サクランボによって供給される大量の木材だ。
〈ダマスカス組合〉の輸送能力を借りたピストン輸送で〈ホムスビ〉から前線基地まで運び込まれてくるそれを、仮設倉庫で仕分けしていく。
「鋼材は隣の倉庫に送ってくれ。鍛冶場の建設が進んでるはずだ。木工職人はもう来てるのか? なら広場に案内してくれ」
採集ガチ勢であるサクランボ氏の圧倒的な供給能力によって、木材確保の目処は立った。更に彼は同じくキヨウ推しの鉱夫や鍛治職人も紹介してくれたため、祭壇建設は一気に現実味を帯びた。まさに類は友を呼ぶと言うしかない。
俺は今回のソロボル討伐に向けた祭壇建築の総指揮という役職を任せられた。言い出しっぺである以上仕方ないと大人しく拝命し、こうして騎士団や集まったプレイヤーたちに指示を送っているのだ。
「大変そうね、レッジ」
「おっと。ネヴァも来てくれたのか」
呼ばれて振り返ると、そこには褐色のタイプ-ゴーレム。ネヴァがいつもの作業着を着て立っていた。祭壇の建築にはいくら人手があっても足りないと分かっていたため、ダメ元で声を掛けていたのだ。
「スケジュールは?」
「元々セーブしてたのよ。どうせレッジは今回も何かやらかすだろうと思ってたし」
「どういうことだよ……」
よく分からないが、ネヴァが来てくれたのなら百人力だ。俺は早速、彼女をフィールド上に築いた大工房へと案内した。
「また随分立派なのを建てたわね」
飛行機の格納庫に匹敵するような蒲鉾型の建物に、ネヴァも圧巻の声を漏らす。〈ダマスカス組合〉の建築科が総力を決して、大体30分くらいで建ててくれたものである。まだまだ足りないという予想の下、既に二号棟、三号棟の建設も進められている。
最近は飛行機を爆発させているイメージしかない〈ダマスカス組合〉だが、総合的な生産分野でトップを牽引する最大手であることには違いないのだ。
「それだけじゃないぞ」
騎士団の潤沢な財力と調査開拓員たちの攻略意欲にモノを言わせた大工房だ。当然その中も相応のものになっている。それをネヴァに見せようと歩き出した途端、工房の中から激しい怒号が飛んできた。
「だーーーからそこには高圧高温管を通すと言っとろうが!」
「うるっせーーー! ここにそんな邪魔なモン通したら折角の内装設計が台無しだろうが!」
「これじゃから未熟モンは! エネルギー効率ってモンを知らんのか!」
「テメェこそ耄碌しやがってジジイ! 工房は全体の効率を見て設計するんだよ!」
職人たちがあくせくと働く最中で元気よく罵詈雑言を投げ合っている二人のプレイヤー。〈ダマスカス組合〉のリーダー、クロウリと、〈プロメテウス工業〉のリーダー、タンガン=スキーがいつもの如く喧嘩している。
もはや両陣営のプレイヤーたちにとっても日常的な風景なのか、誰も止めようともせず、完全に放置している。ネヴァもそんな工房内の光景を見て、辟易したように肩を下げた。
「あの二人は相変わらず犬猿の仲ねぇ」
「それでもちゃんと仕事はするんだから、大したもんだよ」
大工房の建物自体は〈ダマスカス組合〉建築科によって造られたが、内部の設備に関しては〈プロメテウス工業〉が深く関わっている。広く浅くさまざまな生産分野に進出している組合よりも、工業の方が鍛治生産設備などの技術は一歩リードしているのだ。
クロウリは元々〈プロメテウス工業〉に所属していたが、タンガン=スキーとの方向性の違いによって独立し〈ダマスカス組合〉を設立した。そんな経緯もあって、二人は何かと顔を合わせれば衝突しているのだ。
「中には〈プロメテウス工業〉の最新式大型精錬炉とか、精密加工旋盤とかが揃ってるぞ」
「並の職人の工房よりもよっぽど充実してるわね」
風神と雷神のような騒ぎを起こしている二人のトッププレイヤーは放っておいて、軽くネヴァと工房を歩いて回る。
広い屋内にずらりと並ぶ大型の生産設備は、どれも試作機の検証も兼ねてという名目でタンガン=スキーが格安で提供してくれたものだ。試作機とはいえその性能は折り紙付きで、それを目当てに協力を申し出てくる職人たちも多かった。
「〈プロメテウス工業〉は高度上質精錬特殊合金の安定量産体制をいち早く整えようとしてるからな。今回のはそのデータ集めも期待してるはずだ」
「ま、あそこのお爺さんがタダで気前よく貸してくれるわけもないわね」
結局のところは利害の一致というわけではあるが、誰にとっても損しているわけではないのが素晴らしい。高度上質精錬特殊合金はいまだにアマツマラからのログボガチャをしなければ貰えないため、供給量が限られているのだ。精錬方法が確立されれば、正にブレイクスルーと言っていいだろう。
「それで、祭壇っていうのは?」
「wiki編集者とか解析班とかが頭を突き合わせてなんとか解読して、ダマスカスの建築科が中心になって設計図を引いてくれた。まだプロトタイプだが、こんな感じになるらしい」
そう言って、俺はクロウリから受け取っていた図面をネヴァに送る。それを見た彼女は目を丸くして、呆れたようにため息をつく。
「ちらっと聞いてはいたけど、見れば見るほどぶっ飛んでるわね」
「ソロボル相手にしようって言うんだ。これくらいは必要だろ?」
一辺16メートルの六角形、高さ30メートル。それが祭壇の概要だ。複雑な形状をした六本の柱によって支えられ、舞台が置かれている。ちょっとした、どころではないビルのような建築物を、6個も準備する必要があった。
「木材は足りてるの?」
「一応目処は付いたが、まだ集めてもらってる。サクランボが他の仲間にも声をかけて、各地の森を枯らす勢いで伐採してるはずだ」
「開拓という名の環境破壊も甚だしいわねぇ」
サクランボから何千何万枠という単位で買い付けた木材だが、それ以外にも多くの建材が必要だ。キヨウたち管理者にもウェイドを通じて掛け合って、納品任務を設置してもらい、彼らからその供給を受けている。
「一つ嬉しい誤算もあってな。ミート……マシラたちの食料に少し余裕ができた」
「あら、ちょっと寿命が伸びたわね」
ネヴァの言い方に苦笑しつつも頷く。
「伐採の副産物で木の実が採れるみたいでな。それも提供してくれたんだ。おかげで俺も猶予が一日くらい延びた」
ミートたちに味覚の嗜好があるとはいえ、純粋に食料が増えればそれだけ暴動の発生も遅らせられる。その意味でもサクランボ氏は救世主だった。
「いやぁ、ほんとサクランボには助けられたよ」
「ふーん。良かったわね」
改めて彼には何かお礼をしないといけない。彼がいなければ今頃泣きながらウェイドに土下座していたかも知れないのだ。
「ネヴァもありがとうな」
「んえっ?」
しかし、サクランボと会えたのはネヴァが紹介してくれたというところも大きい。彼女に相談して本当に良かった。俺が頭を下げて感謝を伝えると、彼女は虚をつかれた様子で硬直していた。
「そ、そんな、私は別に何も……」
「いやいや、ネヴァのおかげだよ。そうだ、今度なんかあったら言ってくれ。俺にできることなら何でもするから」
「な、何でも……」
ごくりとネヴァが喉を鳴らす。
彼女のことだからトンチキ生産装備のテストパイロットとかさせられるのだろうか。ちょっと背筋が冷たくなるが、自分から言い出したことを今更撤回できない。
「か、考えておくわ」
「お手柔らかにな」
何やら眉間に皺を寄せて俯いたネヴァに、俺は戦々恐々とする。
そんな中でも、ソロボル討伐に向けた準備は着実に進んでいた。
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Tips
◇水上浮動ヘリポート
メガフロートユニットの技術を流用して造られたヘリポート。大型輸送機が離発着するのに十分な浮力と安定性を持つ。大型特殊フィールド建築物に分類される。
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