第1020話「木こりガチ勢」

 〈冥蝶の深林〉は第一開拓領域の序盤にあるフィールドではあるが、特殊な性格を持つことで有名だ。〈占術〉〈霊術〉〈呪術〉といった三術スキルとの関わりが深く、ボスの“教導のパラフィニア”をはじめとする一部の原生生物はそれに関連した特殊な能力を持っている。また、今回俺が訪れた目的でもある、霊木やその上位種である霊樹の一大産地でもある。

 昼間でも異様なほどに暗い深林の中に足を踏み入れると、すぐにその音が耳に入ってきた。


「何の音だ?」


 コココココココーーーン、と何かが高速で衝突するような音が森中に響き渡っている。かなりの速度が出ているようで、普通にしているとコーンという一つの音にしか聞こえないほどだ。


「伐採音ですよ。〈万夜の宴〉開催中は常に鳴り響いているので環境音みたいなものとも言われてます」


 わざわざ俺に着いてきてくれたアイがその音の正体について説明してくれる。しかし、これは俺の知る伐採音とは大きくかけ離れている。


「巨人の木こりでもいるのか?」

「実際そのようなものだと思いますよ」


 アイと共に森の中を進むほどに、その音は大きく近づいてくる。

 あまりの騒音に原生生物たちも気配を隠している。〈冥蝶の深林〉に住む原生生物たちは、大体の場合において大人しいのだ。ペットとして原生生物を連れてくると、その生気を吸い取ろうと集まってくるらしいが。


「なに? もう着いたよ。いや、まだ会ってないけど。ていうか何回も掛けてこないで! レッジさんも元気だから!」


 アイが一人で話し始めたので何事かと振り返ると、どうやらアストラからTELが来たらしい。流石に騎士団長が前線から離れるわけにはいかないということで、彼は遺跡島の方に残っているのだが、10分おきにアイへ連絡を向けているのだ。流石の彼女も煩わしそうな顔をして、ウィンドウに向かって叫んでいる。

 兄妹で攻略バンドを運営するのも大変そうだなぁ、などと他人事のような感想を抱きつつ、一人で森の奥へ踏み入る。音はかなり近いし、アイに案内してもらわなくても大丈夫だろうと思ったのだ。


「うん? うぉっ!?」


 横たわる木の根を跨いだその時、頬がピリリとする。危機を報せる直感に身を任せ、アイの元へと走る。


「良いからさっさと仕事にもど――きゃっ!?」

「こっちに!」


 通話中悪いが、アイを抱き上げて近くの大木の影へと飛び込む。次の瞬間、台風が爆発したかのような暴風が襲来し、次々と深林の木々を薙ぎ倒していった。アストラが何やらTELで叫んでいるようだが、俺には聞こえない。おそらくアイも、耳を打つ轟音で聞き取れていないだろう。

 風の蹂躙とでも呼ぶべき突風が収まった時、周囲の細い木々は全て薙ぎ払われていた。原生生物の攻撃かとも思ったが、それにしてはLPにダメージを受けていない。それに、倒れた木々は全て“伐採”されたことになっていた。


「これも木こりが?」

「……みたいですね。環境リセットをしたみたいです」


 俺の胸に密着していたアイが、呆然とした声で言う。

 レアな採集オブジェクトを採った際には、そのリポップ時間を待つよりも周囲全ての採集オブジェクトを全て乱獲した上で強制的なリポップを引き起こした方が早いことがある。そこまで行くにはかなり高レベルの採集系スキルが必要であることは事実だが、トッププレイヤーであれば必須の技術でもある。

 とはいえ、森の広範囲を切り払うほどの伐採とは、なかなかダイナミックな木こりである。


「あれが木こりの家か?」


 視界が広がったことにより、森の奥にあったログハウスを見つけた。俺が指を伸ばして指し示すと、アイも頷く。暴風の後は伐採音も聞こえなくなったため、ひとまずそのログハウスを目指して歩くことにした。


「いいテントだなぁ」


 近づき、細部が鮮明になるほどに、ログハウスがとても良く考え抜かれたものであることを知る。耐久値の高い堅木をメインに据えつつも、重量を抑えるため軽い木材も併用している。俺が使う戦闘向けにテントとは違う理念の下で設計されており、一時的な倉庫として無駄のない作りになっているようだ。

 きっと、さぞ名のある木工職人によるものなのだろうと感心しながら見ていると、背後で足音がする。振り返ると、巨大な斧を背負ったタイプ-ゴーレムの男性が不思議そうな顔で立っていた。

 見上げるほどの大柄で、下は丈夫な布地の作業着、上は麻のシャツ一枚というシンプルな服装。頬骨の張った厳つい顔つきに、片目が切り傷によって潰れている。調査開拓員は傷があれば機体を変えればいいだけなので、隻眼はファッションだろう。それにしてはどこぞのwiki編集者とタメを張れるほどの威圧感だが。


「このテント、なかなか良いですね」

「はぁ……?」


 ファーストコンタクトは重要、というわけでできるだけにこやかに切り出してみたのだが、木こりの男性には首を傾げられてしまう。彼は背中の巨大なリュックを地面に降ろすと、中から次々と丸太を取り出して、ログハウスの中にある大型簡易保管庫へと運び込んで行った。


「貴方、レッジさんですよね。それに騎士団の副団長さんまで。私に何かご用で?」


 彼は当然の如く俺やアイのことを知っているようだった。丸太を移す作業をしつつ、来訪の目的を聞いてくる。


「少し頼みがありましてね。ええと……」

「私はサクランボ。キヨウたそを信奉するしがない木こりです」

「さ、サクランボさん。よ、よろしくお願いします。……キヨウたそ?」


 名前が分からず言い淀んでいると、察してくれた男性がフレンドカードを渡してくれた。彼の口上に違和感を覚えながらカードを見ると、ギラギラのホログラムデコレーションがされており、びっくりしてしまう。

 フレンドカードは名刺代わりに使われることもあり、ステッカーやホログラムなどで装飾することもできるので、このようなものも珍しくはない。俺が驚いたのは、その至る所にキヨウの写真やイラストが貼られているところだった。


「私はシード03-スサノオの管理者キヨウたそを敬愛しております。故に彼女の繁栄と躍進を祈りながら、日々この森で木を切っているのです」

「はぁ……」


 サクランボ氏がキヨウ推しのプレイヤーであるのは事前に聞いていたが、これはなかなか、なかなかだな。優しげなひとつだけの黒い瞳が、底知れぬ闇を孕んでいるようにすら見えてくる。


「失礼。レッジさんにはまず感謝をせねばなりませんね」

「俺に? 何かやりましたっけ?」

「あの至高なる存在が生まれたきっかけとなったのは、他ならぬレッジさんでしょう」

「……あー? そう、なるのかな」


 確かにキヨウはウェイドを前例にして生まれた管理者で、ウェイドの誕生には俺が関わっているわけだが。流石にそれで感謝されるとは思わなかった。


「そう言うわけですので、気を楽にしていただいて結構。私はもとよりこのような喋りなので」

「わ、分かった。じゃあお言葉に甘えて……」


 サクランボ氏はタイプ-ゴーレムの中でもかなりの巨体だ。男性型と女性型でも若干の体格差はあるのだが、彼はそこに更に〈換装〉スキルで人工筋繊維の増設などを行なっているのだろう。2メートル弱程度のネヴァやエイミーと比べて、彼は3メートルに匹敵するほどの巨躯である。

 流石にそんな体格に迫られると、ちょっとドキドキしてしまう。


「話が逸れましたね。立ちっぱなしというのも何ですから、こちらへどうぞ。あまりおもてなしはできませんが」

「いや、そんな、お構いなく」


 荷物を移し終えたサクランボ氏はログハウスの一角に小さく設けられた休憩スペースへ案内してくれた。テーブルに椅子がひとつと小さい簡易保管庫だけ、という簡素な内装だが、どれも質の良い木工製品で統一されている。


「椅子が足りませんね……」

「ああ、俺が持ってるから大丈夫」

「なんでレッジさんが持ってるんですか?」


 アイに不思議がられながら自前の椅子を二つ取り出す。ここにある椅子は大柄なタイプ-ゴーレムのサクランボ氏の体格に合わせたものだから、そもそも俺やアイには合わないわけだし、ちょうどいい。キャンパーたるもの、いついかなる時でも椅子くらい出せるようにしておくのが基本である。


「タイプ-フェアリー用の椅子まで……」

「普段はラクトが使ってるやつだよ」

「……ふーん。そうでしたか」


 ついでにお茶やらコーヒーやらを取り出し、手土産として用意したバウムクーヘンも差し出す。


「申し訳ない。これではどちらが客か分かりませんね」

「アポもなく押しかけたんだ。これくらいさせてくれ」


 大きな体をキュッと縮めてサクランボ氏が恐縮する。外見とは裏腹に、随分と物腰の柔らかな人だ。

 飲み物とお菓子を用意していると、サクランボ氏の視線が揺れたのを見つける。何だろうと疑問が顔に出たのだろう、彼が手を後頭部にやった。


「申し訳ない。普段はずっと配信をしておりまして」

「ああ、そういえばそういう話も聞いてたな」


 サクランボ氏の事はアイから少し聞いていた。彼は普段から配信も行っており、伐採の風景も終始無言でありながら常接数万人という人気を誇っているのだという。


「すぐに切りますね」

「俺は別にいいですけど」

「私も大丈夫ですよ。むしろ、現状を多くの人に知ってもらえるのなら助かるくらいですし」

「そ、そうですか?」


 わざわざ配信を止めるほどのことでもないし、ソロボル討伐には多くの人手が必要なのも事実だ。数万人に向けて一気に説明できるのであればむしろ好都合である。そんな俺たちの言葉に、サクランボ氏は戸惑いながらも納得し、コメントウィンドウを俺たちにも可視化してくれた。


◇リスナーあんのうん

おっさん何でも出せるな


◇リスナーあんのうん

そのバウムクーヘン、ウェイドのめっちゃ人気な店のやつじゃん


◇リスナーあんのうん

副団長羨ましいいい!


◇リスナーあんのうん

うわ気付かれた


◇リスナーあんのうん

おっさん今なんで察知したんだよ


◇リスナーあんのうん

いえーいおっさん見てるー?


◇リスナーあんのうん

すげぇ絵面だなぁ

おっさんとおっさんとふくだんちょとは


「あ、どうも、こんにちは」


 次々と流れるコメントにどう反応していいものか困る。配信者というのはこういうのに対応しながらプレイするのだから、大変だ。あまり構わなくていいとサクランボ氏に教えられ、ひとまず目の前のことに集中する。


「実は、早急にソロボルを討伐して第三開拓領域へと進出したいと思っていて。そのために大量の木材が必要なんだ。特に霊樹や鋼鉄樹が欲しいと思ってる」

「なるほど。それは、レッジさんの特別任務ですか?」

「まあ、そうだな。ウェイドからの依頼だ」


 別段隠すことでもない。ウェイドが空腹のマシラたちに迫られて危機的な状況であることを知らせると、サクランボは深く頷いた。ついでにリスナーたちにもウェイドの窮状が伝わったため、食料納品をしてくれるプレイヤーもいた。


「分かりました。昨日、まとめてキヨウたそに納品してしまったので、あまり在庫はないのですが……」

「少しでも集められるなら集めたい。金は……」

「騎士団が支払いましょう」


 流石のアイさんが助け舟を出してくれる。騎士団の潤沢な資金が使えるなら不安はない。後々の借金地獄に関しては考えない。どうせ第三開拓領域へ進出できればいくらでも稼げるのだから。

 サクランボはそれならばとウィンドウを開く。〈取引〉スキルがいくつかあれば制御塔のストレージに預けているアイテムも確認できるから、木材の在庫を見ているのだろう。


「今すぐであれば、霊樹は諸々まとめて7000枠、鋼鉄樹なら10000枠ほど用意できますよ」

「い゛っ!?」


 彼の口から飛び出した巨大な数に、アイが声を上げる。

 1枠は1,000個集めた1単位。つまり7,000,000本の霊樹と10,000,000本の鋼鉄樹の丸太を、サクランボ氏一人で保有している。俺もかつて採集系スキルで稼いでいたから、その途方もなさがよく分かる。


「採集ガチ勢ってすごい」


 思わず口をついて出たのは、率直な感想だった。


━━━━━

Tips

◇鋼鉄樹

 非常に硬い木材。生半可な斧では歯が立たないどころか、硬さに負けて破壊されてしまうほど。それだけに加工すれば鉄よりも硬く軽量な上質の素材となる。

 あらゆる物理攻撃に対する80%のダメージカット能力を持つ。


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