第1019話「祈りと共に切る」※
まず、祈る。
深い森の中、木々に阻まれその姿は見えないが、心では彼女の存在をしっかりと感じている。そのたおやかな笑みを、とろけるような声音を、全くの無防備な五感で感じ取る。
長くも短い祈りを終えて、ようやく斧を手に取る。我が手に馴染んだ、旧来の相棒である。何度も修理を繰り返し、もはや当初の存在とは全く異なっているのかもしれないが、そこには歴史と感情が残っている。
斧を肩に担ぎ、落ち葉を踏みながら森の奥へと進む。霊蝶たちが燐光を放ちながらゆらゆらと漂っているのを横目に、木を探す。
彼女へ献上するのにもっとも適した銘木があるはずだ。
「……これだな」
見つけたのは、“龍骸樹”。霊樹の中でも最高等級と称される希少な木。龍の鱗とも称される肉厚な樹皮が非常に硬く、加工も困難な代物だが、名工が丹念に削れば生半可な金属では太刀打ちできないほどの武器に仕上がる。しかも、これは三術系スキルとの相性も良い。霊術師の霊装や、呪術師の呪具などに使用すると、それらの能力を大幅に底上げする。まさしく、彼女にこそ相応しい。
「これも貴女の導きだろう。我が身に表せる最大限の感謝を」
目的のものを前にして、再び彼女に思いを送る。じっくりと、ゆっくりと、手を抜くことなど考えもせず、ただただ一心不乱に。
祈りを終えて、顔を上げる。“龍骸樹”は未だそこにある。
「喝棌流、一の枝。――『柏』」
コォォォォォォン――……。
全身の力を斧に注ぎ、祈りと共に振り抜く。入念に研いだ斧が龍骸樹の厚い樹皮を叩き、澄んだ音が〈冥蝶の深林〉に響き渡る。
嗚呼、この音を聴くだけで荒ぶる心が落ち着いていく。彼女の神々しさに沸騰しかけていた頭が冷えていく。一度ごとに祈りを捧げながら、ただ黙々と斧を振るのみだ。
コォォォォォォン――……。
コォォォォォォン――……。
『柏』のクールタイムが終わるごとに、澄んだ音が響き渡る。まさしく樹木の霊が歌っているようだ。LPには余裕がある。というより、装備やスキルを調整しているため、伐採のLP消費より自然回復量が優っている。つまり無限に木を切り続けられる。
祈り、感謝、尊敬、バブみ。あらゆる感情が溢れては流れ出す。それらは全て、彼女に向けられるために生まれた熱い感情だ。それらを全て斧に込めて、ただ木を切り倒す。
「……」
気が付けば、“龍骸樹”が倒れていた。切り株に残るのは滑らかな断面である。
『柏』による一打で与えられるダメージはおよそ250。龍骸樹のHPは300万。更に80%のダメージカット能力を持つ。概算で6万回ほど叩いたことになる。しかし、断面はまるで一刀の下に両断したかのように滑らかであった。
しばらく微かな満足感と共に断面を撫でる。祈りが深ければ深いほど、心が乱れなければ乱れないほど、この断面は平らになる。つまりこの滑らかな断面は、私の彼女への信仰の証なのだ。
「次」
龍骸樹を回収し、再び祈りを捧げる。これもまた彼女の導きによるものである。
顔を上げ、周囲を見渡し、気付く。
「もはや龍骸樹もないか」
彼女へ送るに相応しい樹は全て採ってしまった。残るのは雑多な樹木のみである。ではれば、どうするか。
「喝棌流、九の枝。――『欅』」
斧を担ぎ、振り回す。足を軸にして、独楽のように。
業風が落ち葉を吹き上げ、木々の枝葉をしならせる。真空の斬撃が全方位に向かって放たれた。次々と幹の軋む音が上がり、やがてメキメキと根本から倒れていく。
風が収まる頃には、森の中はとても見晴らしが良くなっていた。
再び祈りを捧げながら、一歩ごとに祈りながら、木々を拾い集めていく。一定範囲内の樹木を全て切り倒せば、リポップ時間を無視して再び木々が生えてくる。数時間単位の樹木を効率よく集めるためには、こうして環境ごと伐採するのが定石だ。
全ての木々を集めれば、ちょうど重量限界近くなる。背中のリュックサックを背負い直し、近くにあるテントへと向かう。ログハウス型の嵩張るテントではあるが、アセット容量が大きいため、木材を置いておく簡易保管庫を多数並べておけるのがよい。また、木材で修理ができるという点でも、私のプレイスタイルに合致している。
短い帰路に就きながら、私は再び沈黙の中で祈る。
━━━━━
◇リスナーあんのうん
わこつ
まだ木切ってるのか(呆れ
◇リスナーあんのうん
まだっていうかなんというか
普通に宴始まってからずっとなんじゃない?
◇リスナーあんのうん
流石にリアル体が保たんから6時間ごとにログアウトしてるけどな
◇リスナーあんのうん
それでも十分長時間プレイなんだよな
どれだけいいヘッドセット使ってんだ
◇リスナーあんのうん
普段の配信で言ってたけどシェル買ったらしい
◇リスナーあんのうん
まじかよあれうん百万するだろうに
◇リスナーあんのうん
宴のために買ったって言ってたしなぁ
◇リスナーあんのうん
狂気だよ
◇リスナーあんのうん
ファンの語源はファナティックなんだぜ
◇リスナーあんのうん
ていうかあの馬鹿でかい斧はなに
◇リスナーあんのうん
ただの特大伐採斧だよ
◇リスナーあんのうん
ただの特大伐採斧ってなんだよ
◇リスナーあんのうん
長さで3メートルくらいないか?
重量幾つだよ。いくらゴーレムでもあんなん振り回せるの?
◇リスナーあんのうん
まあこの人は斧とリュックと服以外の荷物ないからね。
リュックも木材特化型だし。
◇リスナーあんのうん
木材特化リュック
◇リスナーあんのうん
木材系アイテムを入れるときだけ重量が40%削減される神アイテムやぞ
◇リスナーあんのうん
代わりに木材以外のアイテム入れたら120%の重量になるけどな!
◇リスナーあんのうん
斧おっさんの何がそこまでさせるんだ……
◇リスナーあんのうん
キヨウちゃんやろ
◇リスナーあんのうん
キヨウ
◇リスナーあんのうん
キヨウちゃんに決まってるだろ
◇リスナーあんのうん
ちゃんをつけろよデコ助野郎
◇リスナーあんのうん
配信タイトル100回見直せ
◇リスナーあんのうん
このゲームのおっさんはみんなぶっ飛んでるなぁ
◇リスナーあんのうん
おっさんがみんなあんなんだと思うなよ
◇リスナーあんのうん
俺、ちゃんとおっさんになれるか心配になってきた
◇リスナーあんのうん
ちなみにさっきの『欅』で累計176,000本伐採達成しました
◇リスナーあんのうん
おっさんもおっさんだけど、伐採本数数えてるリスナーも怖えよ
◇リスナーあんのうん
なんでこんなBGMもないしおっさんも黙ってクソデカ斧振ってるだけの配信に5万人もいるんですかね?
◇リスナーあんのうん
なんやかんやでみんながいるし……
◇リスナーあんのうん
キヨウ関連の情報だとここで集めるのが一番手っ取り早い
◇リスナーあんのうん
作業のお供に最適すぎて・・・
◇リスナーあんのうん
深林もそろそろ禿げてきそう
◇リスナーあんのうん
誰がハゲやねん
◇リスナーあんのうん
自然破壊不可避
◇リスナーあんのうん
これは開拓だからセーフだっつってんだろ
◇リスナーあんのうん
開拓って言えばなんでも許されると思うな
◇リスナーあんのうん
斧おっさんのテント、ログハウスになってて草
◇リスナーあんのうん
テント(ログハウス
◇リスナーあんのうん
まああんだけ木切り倒してりゃね
◇リスナーあんのうん
これがちっちぇえキャンプセットに収まるんだから不思議だよな
◇リスナーあんのうん
2階建てだけど九割は倉庫になってるクソデカログハウス
◇リスナーあんのうん
大体5万本、50枠の木材がここに収まります
◇リスナーあんのうん
質量保存の法則とは
◇リスナーあんのうん
インベントリある時点でね
◇リスナーあんのうん
斧おっさんのおかげでこの時期は霊樹の価格が死ぬほど下がってて助かるわ
呪具とかまとめ買いしてる
◇リスナーあんのうん
俺も杭買っとかないとなぁ
◇リスナーあんのうん
一人で物価に影響を与える男
◇リスナーあんのうん
あれ、ログハウスの前に誰かいない?
◇リスナーあんのうん
おるな。ファンか?
◇リスナーあんのうん
たまに凸ってくる奴いるけど
◇リスナーあんのうん
どっかで見たことあるおっさんだな
◇リスナーあんのうん
あのおっさん、一体何ジなんだ……?
◇リスナーあんのうん
おっさんがおっさんと!?
◇リスナーあんのうん
おっさんのツーショットじゃん
◇リスナーあんのうん
なんでここにおっさんが!?
◇リスナーあんのうん
おっさんの登場で色めきたつコメント欄
◇リスナーあんのうん
流石のおっさんもおっさんの登場には驚きを隠せていないな
◇リスナーあんのうん
おっさんコラボじゃん
◇リスナーあんのうん
元祖おっさんが来ました
◇リスナーあんのうん
おっさん、なんで?
◇リスナーあんのうん
わこつ
なんでおっさんがおっさんとあってるの?
◇リスナーあんのうん
神 回 確 定
◇リスナーあんのうん
「このテントなかなかいいですね」
◇リスナーあんのうん
おっさん、開口一番それかよ
◇リスナーあんのうん
まあテントと言えばこの人だけども
◇リスナーあんのうん
ログハウステントの始祖もこの人だっけ?
◇リスナーあんのうん
しかしおっさんは何のためにおっさんのところへ来たの?
◇リスナーあんのうん
画面におっさん二人ってちょっと濃すぎる。
━━━━━
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Tips
◇龍骸樹
霊樹の一種。龍の鱗に似た非常に硬質な樹皮があらゆる攻撃を阻む。伐採、加工共に非常に困難で、高い技術がなければ手も足も出ない。故に龍すら征伐せしめる武具となりえる。
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