第1018話「頼れる専門家」

 アイが持ってきてくれた水を飲み、体調を落ち着ける。花山からものすごい量の通知が来ているが、そっちは一旦置いておく。


「それで何が分かったんですか?」


 期待の目で身を乗り出すアストラを手で制し、ギリギリのところで書き残しておいたテキストファイルを呼び出す。情報を調べている時は過集中状態で、考えをまとめるところまで意識が割けなかった。俺も今から自分が残した暗号を解読するような気分だ。


「まず各地に残っている遺跡から。あれはやっぱり、ソロボルを祀るための祭壇だったみたいだ」


 〈オモイカネ記録保管庫〉に残っていた海竜伝説の逸話、遺跡に残った壁画や紋章の解析などからそのように結論付けた。それらが直接繋がるわけではないが、いくつかの別の史料を経由すれば関連が認められる。


「ということは、やはりソロボルはギミックボスだったんですね」

「みたいだな。たぶん、かつて行われていた神事を再現すれば討伐――というよりは鎮めることができるんだろう」

「神事ですか」


 アイが俺の言葉を繰り返す。

 神事というのは俺が便宜上名付けた仮称だ。実際に何かが行われていたということは分かっているものの、その具体的なことはほとんど失伝しているか未解読のままである。


「なんというか“御前試合”みたいですね」

「ソロボルはマシラじゃなさそうだけどな」


 やはりアストラも“御前試合”のことを思い出したようだ。エネミーに対して何かしらの儀式を行うことで平和的な関係を結ぶというのは、マシラと関係性が似ている。


「それで神事はどんなことをやるんですか?」

「詳しいことは分かってないが、かつてのドワーフたちの作業記録を当たってみたらそれらしい記述があった。そこから分析していく方がいいだろうな」


 遺跡島に残る人工物は、どうやらかつてのドワーフ族が作ったものも多いらしい。難解な言語で書かれているドワーフの作業記録に、遺跡とほぼ同じ形状の建築物に関するものもあった。


「そうだな。まず、土を舐めます」

「は?」


 書かれていることをそのまま読み上げると、アイが物凄い顔になる。なんだか物凄い誤解をされているような気がして、慌てて言い換える。


「ええっと、土を舐めて色を感じて、素敵な場所に石を置くって書いてあるな」

「つまりどういうことなんです?」


 彼女の表情が疑問に変わった。


「よく分からんが、多分地脈関連だろ。〈占術〉スキルの『地相観』なんかで条件にあう場所を見つけて、そこに祭壇を設置しないと意味がないんだと思う」

「よくそこまで解読できますねぇ」

「当てずっぽうだから、検証はしないといけないけどな」


 古代ドワーフ語を現代の調査開拓員が使う言語に直したものを意訳するのだ、その過程で意味が変わっていてもおかしくはない。


「占師に指示を送りました。そもそも遺跡島の地脈はほとんど記録できていますよ」

「流石アストラ、仕事が早いな」


 まだ確証がついていない段階にも関わらず、アストラは即座に指示を出してくれていた。時間が惜しい今の状況では、彼の即断即決がありがたかった。


「遺跡は石材しか残ってないが、もともとは木材も使ってたらしいな。結構特別な木材で、それも大量に必要とか……」

「木材ですか。どの種類がどれくらい必要なんでしょう」


 メモを頼りにwikiを探っていくが、木材に関しては俺もアイたちも専門外だ。騎士団にも木工職人は所属しているが、彼らは本拠地の方で活動している。


「専門家に聞いてみるか」

「専門家?」


 俺はフレンドリストを立ち上げて、リアルタイムを確認する。今の時間なら彼女もログインしているはずだろう。


「もしもし、今大丈夫か?」

『レッジじゃない? 何やらかしたの?』


 ワンコールで繋がったネヴァは、開口一番に失礼なことを言い放つ。俺は少しむっとしながら、連絡した要件を彼女に伝える。


「遺跡島に祭壇を作りたいんだが、それに必要な木材の種類と量が分からなくてな」

『なるほど、これからやらかすのね。何かヒントはあるの?』

「とりあえず資料を送るけど、これだけで分かるか?」


 俺は集めた資料を纏めてネヴァに送る。しかし、ほとんど暗号のような文字列ばかりで、解析班でもないネヴァも困ったように唸ってしまった。


『流石にこれだけじゃ何も分かんないわよ』

「だよなぁ。多分、三術関連のものが多いと思うんだが」

『三術関連ねぇ。――“白霊樹”とか“星導樹”とか、色々あるけど』


 やはりネヴァに問い合わせて正解だった。彼女の口からは聞いたこともない木材の名前が次々飛び出してくる。これでも、俺も昔は伐採で稼いでいたはずなのだが、最近のアップデートでも色々増えたのだろう。

 こう言う時は日頃から様々な木材に触れている生産職に聞くのが手っ取り早い。


『〈冥蝶の深林〉が霊樹の名産地よ。色んな種類があるけど』

「一辺16mの六角形、高さは大体30メートルくらいの祭壇だな」

『大きすぎない?』

「資料を読んだ限りではそんな感じなんだよ」


 遺跡島に築かれていた祭壇は、島を覆うほど巨大なもののようだった。各地に残る遺跡は全て、それを支える礎石にすぎない。

 しかも、その祭壇が島の各地に六つ並ぶという。ソロボルを祀るに相応しい大規模な祭壇だ。


「できれば1日で作りたいんだが」

『馬鹿なの?』


 希望を伝えるとシンプルな罵倒が返ってきた。

 俺だって、冷静に考えれば無理難題を言っているということくらい分かる。しかし、これを完遂させなければウェイドが腹ペコのミートたちに襲われてしまうのだ。


『そんなの作ろうと思ったら、木材だって何十枠も必要よ? そんなの……あっ』


 呆れた様子だったネヴァが、何か思い当たった様子で声を上げる。


「何かあったのか?」

『そういえば、今は宴の最中だったわね。〈冥蝶の深林〉産の木材なら大量発注できると思うわよ』


 彼女は笑みを含んだ声で言う。その意味するところの分からない俺は首を傾げるしかなかった。


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Tips

◇霊樹

 科学では解明できない特殊な力を内部に蓄積する樹木。科学とは全く異なる理論の中で存在しており、様々な不可思議な能力や特性を発揮することがある。


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