第1017話「叡智の結晶」

「いやぁ、惨敗だったな!」

「まさか一度だけなら全孔一斉射撃ができるとは」


 騎士団と共にソロボルへ挑んだ俺は、開始10分も経たないうちにあっさりと負けて帰ってきた。孔部から体内に潜り込めるのではないかと予測を付けて挑んだものの、結局のところ奴は全然本気ではなかったのだ。

 俺とアストラはなんとかギリギリでレーザーを避けられたものの、ついてきてくれた騎士団第一戦闘班の約半数程度は〈ミズハノメ〉に死に戻っている。


「二人ともお気楽ですね……」


 陣幕へと戻ってリザルトを行う俺たちを見て、アイが眉を寄せる。


「一回の失敗で凹んでも居られないだろ。そもそも、このデータもアイたちが負け続けてきた記録なんだから」

「それはそうですけど」


 所詮、素人の浅知恵でそう簡単に倒せるほどソロボルは甘くないということだ。この程度でやられるのなら、とっくに騎士団が討伐しているという話でもある。

 俺が提案した作戦による敗北の記録はすでに騎士団の解析班に送られている。数分後には膨大なデータの一ページに加えられることだろう。


「それで次の案はあるんですか?」


 騎士団も普段から不屈の精神で攻略に邁進しているのだろう。アイは当然ありますよねといった語調でこちらに差し向けてきた。俺は先ほどの戦闘の際に感じたソロボルの印象を思い返しながら、次の作戦について吟味する。

 第一に、ソロボルは積極的に戦闘を仕掛けてくる性格のボスではないようだ。ボスは基本、ネストと呼ばれる領域にプレイヤーが立ち入ると激しく襲ってくるのだが、彼にはそのような動きはない。

 まあ、ソロボルの巣がどこかと問われれば〈老骨の遺跡島〉全域と言わざるを得ないのだが。

 ともかくソロボルは好戦的ではない。レーザーやら噛みつきやらを仕掛けてくるのも、俺たちが敵意を持って攻撃を向けた時だけだ。それ以外の時は、島に頭を乗せて穏やかに佇んでいる。その様子が甲羅を干す亀のようにも見えて、満足したら海に帰ってしまうのではないかとも思ってしまう。

 第二に、ソロボルは強い。それはもうべらぼうに強い。アストラ率いる騎士団ですら、勝機を見出していないほどに途方もなく強い。それも小手先の強さではなく、圧倒的な防御力と絶対的な攻撃力による比類なき強さだ。開発を急いでいる特殊弾丸も、ただソロボルの鱗を一枚貫いただけでしかないのだ。

 この強さは、これまでの流れを考えると異常なほどだ。一つ手前のフィールド〈黒猪の牙島〉のボスエネミーと比較しても、いっそ笑ってしまうほど強い。


「となると、やっぱりギミック説が濃厚かもしれないな」

「ギミックも色々検証はされているんですけどね」


 アイが肩をすくめる。

 討伐に何かしらの特殊な条件を満たすことが必要なのではないかという意見は、ソロボル出現の直後から言われていた。しかし、多くの攻略組プレイヤーが検証を続けている現在に至っても、その条件が何なのかは分かっていない。だからこそ騎士団は力技で捩じ伏せようとしているのだ。


「うーん……」

「やっぱりレッジさんでも難しいですか。まあ騎士団ウチの解析班数十人でもなかなか糸口が掴めていませんからね」


 アイに慰めの言葉をかけられるが、まだ俺は諦めていない。

 ソロボルの資料と共に、〈老骨の遺跡島〉の詳細な地図を広げる。


「アストラ、島の調査はどれくらい進んでるんだ?」

「島の調査ですか。エネミーの記録はほぼ全種類終わっているはずですが」

「そうじゃなくて、遺跡の方だ」


 名前に冠している通り、この島には遺跡がいくつも点在している。どれも風化が激しいものの、未詳文明由来のものであるというのが現在の通説だ。


「ソロボル出現前は遺跡の調査も行っていましたが、今は止まっていますね。元々、あまり情報も得られていなかったので」


 アストラの言葉に考え込む。

 地図に記された遺跡の位置を眺め、そこにソロボルの位置を重ね合わせる。

 蒼枯の、と名前にあるくらいだ。ソロボルの巨体を見ても、かなりの老齢であると思っていいだろう。ならば、――こういうこともあるかもしれない。


「記録保管庫になにか情報があるかもしれないな」

「記録保管庫ですか。そちらにも解析班の人員は回していますよ?」


 騎士団が遺跡とソロボルの関係性に関して調べていないはずもない。当然の如く、現在も〈オモイカネ記録保管庫〉では史料の解読が進められている。


「解読済みの史料はwikiにアーカイブがあるよな。そっちを見てみよう」


 俺は残念ながら〈鑑定〉スキルくらいしか情報解析系のスキルを持っていないし、それもドロップアイテムの簡単な情報を確認するためだけのものだ。本職ほどの史料解読はできない。

 だが、FPOの公式wikiには〈オモイカネ記録保管庫〉や各地の情報資源管理保管庫から集められた情報をテキストや画像形式のデータとしてアーカイブしているページがある。そこを見れば、〈鑑定〉や〈解読〉といったスキルを持っていない一般人でもその情報にアクセスできるわけだ。


「そこにアップされているのは既知の情報ばかりですし、今更調べても……」

「まあ、ものは試しだ」


 期待薄な表情をするアイを宥めて、ウィンドウを開く。ページを自動で開いてスクロールするプログラムをささっと組んで、自動的に情報が流れていくようにする。そのウィンドウを12枚ほど展開して、視界を埋める。


「れ、レッジさん? 何を……」

「何って、情報収集だが?」

「マルチウィンドウにも程があるでしょう!? それに、こんな高速で流して読めるんですか!?」

「FPOは4096FPSって噂もあるからな。これくらいならちゃんと表示されるさ」

「そういう話ではなくって!」


 アイが賑やかになっている間にも、12枚のウィンドウに大量の文章が流れる。別に俺も、これら全てを熟読しているわけではない。ざっと俯瞰して、興味深そうなものをピン留めしていくようなイメージだ。


「流石はレッジさんだ。頭にスパコン搭載していると噂されるわけだ」

「兄さんはもう全然驚かないね……」

「この程度、多分DAFシステムの全力起動よりは楽だろうしな」


 今日まで解析班の皆が集めてきたデータは膨大だ。全てを巡るには時間がかかる。ざっと浚いながら更にもう2枚ほどウィンドウを追加して、キーワード検索もかけていく。

 だんだんと頭が熱くなってくるが、一定の閾値を超えたところですっと冷めていく。おそらく、リアルの方で花山か桑名が冷却措置を取ってくれているのだろう。あとでお礼を言っておこう。


「もうほんと、レッジさんだけいればいいんじゃないかな……」

「そういう訳にもいかないさ。俺たちは総体としての万能家なんだ」


 アストラとアイに見守られながら、情報の海に潜る。


「すみませーん、次の物資輸送計画なんですけど……。うわああっおっさん!?」


 テントの中に入ってきた騎士団員が何やら驚きの声を上げているが、そちらに反応する余裕はない。とにかく今は時間が惜しいのだ。


「ほら、おっさんが……」

「またなんかやらかしてんな……」

「何あのバリアみたいなウィンドウの数」

「あれ全部制御してるの?」


 さっきの彼が呼んだのか、テントの入り口からいくつかの視線を感じる。それに意識を削がれないように、更に数枚のウィンドウを展開していく。

 ソロボル、龍、海、深海。歴史、遺跡。舞台。

 手当たり次第に単語を集め、ピックアップし、空間に配置していく。関連のありそうなものほど近く。徐々に情報が立体的になっていく。その形を次々に変えていきながら、パズルのピースを模索する。

 ジグソーパズルのピースを一から削り出して嵌めていくような作業だ。前提が間違っていれば全て砕き、再び作り直していく。

 花山から鬼のように通知が来ている。申し訳ないが通知音をオフにする。


「レッジさん、汗が……!」

「問題ない」


 アイが悲鳴を上げる。

 頭が茹だるような熱を感じていた。体調の悪化による強制ログアウトの警告が現れる。あともう少しだけ耐えてくれ。


「――これか!」


 見つけた。

 同時に全てのウィンドウを掻き消す。掴んだ尻尾の先を離さないようにしながら、テキストを書き出す。頭の中でガンガンと騒音が響いていた。


「すまん、水を……」

「あっ、わっ、分かりました!」


 フラフラと近くの椅子に倒れ込みながら、俺は乾き切った口でなんとか声を吐き出した。


━━━━━

Tips

◇全記録アーカイブ

 FPO公式wiki内に存在するページ。FPO内で収集されたあらゆるデータが全て格納されているアーカイブ。収集日時、収集場所、本文のみの簡素なデータ構造であるため、そこから目的の情報を探索するのは至難を極める。


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