第1016話「突破口へ」

 ウェイドからの勅命を受けて、俺は術式的隔離封印杭を探すこととなった。とはいえ、既に見つかっているクナドの他に最低でも七本は存在しているはずのものが、いまだにひとつも発見できていないあたり、その所在を明かすのはなかなか困難であることが分かる。

 術式的隔離封印杭は、黒龍イザナギを封印するために作られた。一本に一人ずつ第零期先行調査開拓団の幹部が姿を変えて管理者として入っている。クナドも元々はこの惑星イザナミを18に分割したうちのひとつ、第一開拓領域と第二開拓領域に跨る“第一開拓領界”という広大な土地の統括管理者だった。


「第壱がここで見つかったんなら、第弐以降はその外にあると考えた方が良さそうだな」


 一番縮尺の大きい地図を広げて腕を組む。

 〈万夜の宴〉における“術式的隔離封印杭探索作戦”の対象範囲は既知の調査開拓領域全てである。しかし封印杭は未知の領域にあるのではないかと俺は睨んでいた。


「となると……」


 未知の領域に踏み出さなければ、封印杭を見つけられない。であるならば、俺がするべきことは決まっている。



「そういうわけで、今日中にソロボルを倒したい」

「なるほど。わかりました」

「何も分かりませんよ!!!!」


 第二開拓領域最前線〈老骨の遺跡島〉に築かれた立派な拠点の陣幕で、俺は〈大鷲の騎士団〉と対面していた。突然の飛び込みにも関わらず、討伐準備で忙しそうにしていたアストラはわざわざ時間を作ってくれた。彼に思惑を伝えると、二つ返事で頷かれたものの、隣に座っていたアイが激しく突っ込んでくる。


「ソロボル討伐のための特殊弾はまだ数が圧倒的に足りていません。騎士団の予測では、あと二日は必要です」

「そこをなんとか」

「なんとかできる話でもないんです!」


 データを示して如何に困難であるかを力説するアイだが、俺もはいそうですかと退くわけにはいかない。ここで二日も掛かっていると、ウェイドが困ってしまうのだ。


「レッジさんがいれば、きっとソロボルもすぐに倒せますよ」

「バカ団長は黙ってて!」


 爽やかな笑顔で言い切るアストラはアイに一蹴される。


「とりあえず、ソロボルに関して分かってる事を教えてくれないか? 何か協力できるかもしれない」

「…………特別ですからね」


 疑念の目をこちらに向けながら、アイは渋々といった様子で膨大なデータを送ってくる。最前線に立ちはだかるボスエネミーに関する情報は、攻略バンドである〈大鷲の騎士団〉にとっては機密中の機密だろう。騎士団員であっても容易には見られないそれの閲覧を許してくれた彼女には頭が上がらない。


「やっぱり回復能力が厄介なんだな」


 騎士団が情報収集戦闘によって集めたデータを眺め、ソロボルの最も分かりやすい能力を口にする。

 月蝕の夜、突如海から現れて島をぐるりと取り囲んだ“蒼枯のソロボル”は、その後ほとんど動かない。当然攻撃を受ければ反撃してくるのだが、すぐそばに立派な陣営を築いても我関せずの姿勢を貫いている。

 それでもいまだにソロボルを倒せていないのは、純粋に回復能力を突破できるほどの火力がないからだ。そもそもかなり高い防御力を誇っている上、多少の傷を受けても即座に回復してしまう。その回復力を上回るほどの火力を、今だに騎士団以下調査開拓団員たちは保有していない。

 現在有力視されている特殊な弾丸も、量産できなければ意味がない。


「デバフで回復能力を止めるってのも……」

「それが成功していれば、今頃は第三開拓領域に雪崩混んでますよ」


 〈支援機術〉スキルや〈呪術〉スキルなどの一部に、エネミーへ強力なデバフを付与するものがある。そこには回復能力を止めるようなものもあるのだが、それも功を奏していないようだ。


「毒はどうだ?」

「注入するのにかなり時間と手間を要する上、回復能力はそちらにも効果があるようで数分で分解されてしまいます。“麻痺”“気絶”“睡眠”“裂傷”“寒冷”“酷暑”エトセトラ、色々な状態異常も総当たりで調べてきましたけど、どれも芳しくないですね」


 アイの口から語られるのは絶望的なまでの検証結果である。本当に倒される気があるのかと問いただしたくなるほど、“蒼枯のソロボル”は堅牢だ。


「矢弾も弾くし、剣も鎚も歯が立たない。まるでレッジさんを攻略してるような気持ちでしたよ」

「なんかワクワクしてるな、アストラは」

「挑む敵が強いほど楽しいですからね」


 青い目を怪しく光らせるアストラに思わず背筋が冷たくなる。彼からは今もことあるごとに対人戦の勧誘が来ているのだ。ゲーム内最強の騎士団長ともなれば、挑戦者には困らないだろうに。


「それで、体内は?」

「……体内?」


 膨大なデータを読み込みながら、次なる手を口にする。しかし、アイたちの反応が予想とは違った疑問型だったので、俺は思わずウィンドウから顔を上げた。


「ソロボルの体内だよ。あれだけでかいんだから、中に入れるだろ?」

「…………」

「さすがはレッジさんですねぇ」


 困惑する俺に対して、アイは絶句しアストラは満面の笑みになる。


「まさか、体内には入ってないのか?」

「そんな発想はありませんでしたよ」

「ええ……。〈水蛇の湖沼〉でもオイリートードに飲み込まれれば簡単に倒せるし、常識じゃないのか」

「そんな常識は知りません!」


 ともかく、騎士団はソロボルの体内に侵入するという案は試みていないようだった。それはとてももったいない。


「しかし、ソロボルが口を開ける時は大体において頭を高く持ち上げた時ですよ。どこから飛び込むんですか?」

「別にわざわざ正面から入る必要はないだろ」

「正面って……。まさかっ!?」


 何か察したらしいアイが顔を真っ赤にさせる。ローズピンクの髪の毛を膨らませ、目を吊り上げる。


「お、おし――」

「身体中にある孔部、ちょうど一人が入れるくらいだろ」

「えっ?」


 ソロボルは厚い鱗で全身を覆っているが、その隙間に等間隔で穴を開けている。臨戦態勢になると大きく膨らむそれは、雨のようにレーザーを撃ち出す厄介な器官だ。しかし、ソロボル自身の巨大さもあって、その穴はヒューマノイド程度であればなんとか潜り込めそうなサイズになっている。


「あそこに飛び込めば、鱗は貫通できるんじゃないか?」

「だ、ダメですよ! あそこからは高出力のレーザーが出てくるんですから、一瞬で丸焦げです!」


 きょとんとしていたアイに提案してみるも、彼女はぶんぶんと頭を振って否定する。

 俺は再びデータを見直し、過去の情報収集戦闘の記録を分析してみる。


「ソロボルの孔部は全部で180個、けど、同時に使うのは最大でも120個。それもパターンが決まってる。孔部は三つのラインで構成されているとして、二つ同時に使うことはできても一つは必ず使われない。それに、レーザーは最短でも6秒持続する。その時は2秒程度の切り替え時間を挟んで別ラインの孔部から再度レーザーを打ち出していた。だから、一度レーザーを撃ってしまえば8秒間の猶予がある。ってことじゃないのか?」

「ええ……」

「流石レッジさんですね!」


 アイさんがドン引きしているし、アストラのテンションが天井を破っている。

 情報解析の中で示されていたデータではないが、戦闘ログを読み解く限りでは、ソロボルのレーザー攻撃には結構な隙があるように見える。そこを突けば、反撃できるのではないか。


「まさに突破口ってな」

「レッジさんはそういうところですね」


 得意な笑みで言うも、アイのしょっぱい目しか返ってこない。

 俺は少し泣きたくなりながら、早速騎士団と共にソロボル攻略に向けて動き出した。


━━━━━

Tips

◇銀鷲の大陣幕

 〈野営〉スキルレベル70以上の調査開拓員5人以上が共同で設営する巨大な野営地。掲げられた銀鷲が戦士たちの最後の休養を保証する。

 収容している調査開拓員の総戦力の五割以下の強さの原生生物が一切侵入しない。効果範囲内の全調査開拓員のLP回復速度が著しく大きく上昇、防御力が著しく大きく上昇、満腹度減少速度が半減、30秒ごとに中レベルのバッドステータスを全て解除する。


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