第1015話「腹へり暴動」

 プロトコル“形代写し”の確立に伴って、ウェイドが管理する〈マシラ保護隔離拠点〉の様相も一変した。ミートのようにかなり小さな体格へと変化したマシラが増えたため、区画の一部を大規模に改装し、スペースを圧縮できるようになったのだ。


『リソースが! 溶けてます!』


 そして第二次〈万代の宴〉三日目。俺はウェイドに呼び出され、〈マシラ保護隔離拠点〉の制御塔で正座させられていた。対面するのは腕を組んで仁王立ちするウェイドさん。その傍らにはイザナギも立っている。


「リソースが溶けてるって、“形代写し”で節約できるようになったんじゃないのか?」


 なぜ呼び出されて説教を受けているのか分からないまま、新たなプロトコルの効果について尋ねる。“形代写し”は現在も行われているし、それなりのメリットは認められているはずなのだ。


『たしかにプロトコル“形代写し”によってリソース消費は削減されました』

「それなら――」

『ですが、新たなマシラはドンドコ運び込まれてきますし、“形代写し”の結果むしろ大きくなった個体もいます。何より問題なのは、変異したマシラは食事を必要とすることです』


 ウェイドは切実な表情で現状を語る。

 ミートは“形代写し”によって可愛らしい女の子に変わった。頭に付けたでかい花のぶん存在感があるが、大きさとしてはタイプ-フェアリーと同じくらいだ。しかし、全てのマシラが彼女のようになるわけではない。大型プールを必要とするクジラ型のマシラや、直径20メートルはある眼球型のマシラなど、単純な質量として大きくなってしまったマシラもちらほら存在する。

 スペースの削減という意味では、プラスマイナスで若干マイナス、といったところで落ち着いているようだ。

 そしてウェイドが最後に挙げた問題。プロトコル“形代写し”によって形態変異を起こしたマシラは、食事を求めるようになった。


『マシラは元々の状態であれば自己完結サイクルが確保されている。けれど、術力を放出したことで不完全な状態となり、栄養を補給しなければ自己を維持することができなくなった』


 そう補足してくれるのは、この数日で随分と成長したイザナミさんである。

 身長はヒューマノイドより頭ひとつ分小柄な程度まで成長しているし、全体に丸みを帯びて健康的になった。特筆すべきは額に生えた五センチほどの小さな二つのツノと、背中から飛び出した翼、そして腰の後ろから垂れ下がった尻尾だろう。黒い鱗に包まれたそれは、イザナギが元々は黒龍イザナギと呼ばれていたことを思い出させる。

 マシラが形態変異の際に放出した術力は、現在のところ全てイザナギが回収している。そのため、彼女は現在成長期に突入していた。

 ともかく、彼女の言う通りマシラは単独で活動し続けられる存在ではなくなった。そのため、ミートを筆頭にして食料を寄越せと大合唱していた。


『おにくーーー!! にく食べたい!』

『うおおおおっ!』


 というか、今も猛烈に要求されている。

 緊急閉鎖状態に移行した中央制御塔は防護シャッターを下ろしてバリケードを展開し、脱走してきたミートたちの襲撃を凌いでいるところだった。変異後のマシラたちが中心になっているため警備NPCたちも遠慮なく威嚇射撃を行っているのだが、変異したとはいえマシラたちなので、そんなものは何の効果も得られていない。


「これ、あとどれくらいで破られるんだ?」


 バンバンと叩かれて若干凹んできている防護壁に戦々恐々としながらウェイドに尋ねる。彼女もあまり余裕のない表情で唇を噛んでいた。


『耐久値は70%を下回っています。このままならあと20分もしないうちに破られるでしょう』

「流石のマシラだなぁ」


 変異後のマシラでもその攻撃能力は健在だ。ミートが全力を出せば、並の防護壁など紙に等しい。


『言ってる場合ですか!』

「しかし何もできないだろ。食料を渡せばいいんじゃないのか?」


 ミートたちの要求は腹が減ったから食い物を寄越せ、という単純明快なものだ。だったら食料を差し出せばこの暴動も収まるだろう。しかし、ウェイドは沈痛な面持ちでゆっくりと首を振る。


『備蓄されていた食料は一晩で消えました』

「ええ……」


 衝撃的すぎる事実に、流石の俺も絶句してしまう。

 〈マシラ保護隔離拠点〉はそもそも食料を消費する想定はなかったとはいえ、近くにはウェイドの本拠地であるシード02-スサノオもある。いざとなればそこからいくらでも食料を供給できるはずだ。


「まさか、〈ウェイド〉の方も……?」

『あちらが正常に運営できる最低限のリソースを残して、全てこちらで消費しました』


 非常な現実を告げるウェイド。

 彼女の言葉が事実なら、ミートたち変異マシラはレティもびっくりな大食い集団である。


「ミートたちにもう食べ物はないって伝えたら?」

『最悪暴動になるでしょう。彼女たちが拠点の外に出てしまうことだけは避けねばなりません』


 ようやくウェイドの頭痛の種が分かってきた。

 拠点管理者としては危険なマシラを野放しにはできない。しかし食料が枯渇した今、ないものは出せない。彼女は今、どっちに転んでも地獄の崖っぷちに立っている。


「……それで、俺は何をしたらいいんだ?」


 窮地に立たされた彼女がわざわざ俺を呼んだということは、何か意味があるはずだ。俺も腹を括り、彼女の言葉を待つ。ウェイドは浅く頷くと、こちらにウィンドウを見せてきた。


『現在、他の管理者にも食糧支援の緊急要請を出しています。ですが、現在の目算で十分に希望を持っても、三日もあれば枯渇するでしょう。プロトコル“御前試合”もプロトコル“形代写し”も止められるわけではありませんから、リソース消費速度は更に上がっていくことも覚悟しなければなりません』


 つまりは時間はないということだ。

 おそらく、各都市では食料納品系の任務が高レートで出されているはず。それでも追いつかないほど事態は逼迫している。


『そこで、我々はイザナギ、ブラックダーク、クナド、コノハナサクヤ、オモイカネに意見を求めました』


 マシラは元を正せばイザナギに行き着く。よって、第零期調査開拓員に助けを求めるのは自然な流れだろう。


「結果は?」

『マシラたちは変異したとしても、実際のところは高度術式集合体であることに変わりはない。だから、それをどうにかできれば、なんとかなる』

「ふわふわしてるなぁ」


 ウェイドの代わりに答えたイザナギだったが、どうにも具体的な言葉が出ない。ウェイドもそこを歯痒く思っているようで、複雑な表情だ。


『現在、三術連合をはじめとした三術系スキル保持者に術式解析の特別任務を出しています』

「ミカゲが忙しそうにしてたのはそういうことだったのか」


 黒ミミズの時も〈占術〉スキルを持っていたシフォンが活躍した。であれば今回も三術スキルを持つ調査開拓員が大きな力となるだろう。しかし、俺はそっちにはいっさい手を出していない門外漢である。


「俺はなんで呼ばれたんだ?」


 まさかミートを変異させた責任を取って、お前が喰われてこいとでも言われるのだろうかとちょっと身構える。


『妙なことを考えてますね……。別に取って食おうという話ではありませんよ』


 ウェイドは呆れ顔で言って、俺への任務を口にした。


『現時刻より二日以内に、新たな術式的隔離封印杭を発見、確保してください。その際、対象の破壊や機能喪失は避け、状態を維持したままその術式構造を解析できるように』


 単純明快ではあるが、それだけに難しい。

 最初の印象はそれだった。

 第壱術式的隔離封印杭、つまりはクナドを見つけた実績が買われたのだろう。それにしても、かなりの無理難題だ。封印杭の捜索は第二次〈万代の宴〉が始まる前から行われていたが、いまだに見つかっていないのだから。


「理由を聞いても?」

『クナドやブラックダークも、元々は高度術式集合体でした。封印杭にはそれを収める機能があることが分かっています。その技術を解析し、応用することができれば、変異マシラにリソースを注ぐことなく保護することが期待できます』

「なるほど。――二日以内にねぇ」

『それ以上は待てません。もし期限を迎えても成果が挙がっていない場合は……』


 ウェイドは言い淀む。彼女の顔を窺って、イザナギが言葉尻を引き継いだ。


『マシラは術式解体――イザナギが全て吸収する措置を取る』


 無駄飯喰らいを置いておく余裕はない。だから、ミートたちを抑えきれなくなったその時は、彼女たちそのものを消すしかない。きっと調査開拓団としても苦渋の決断だろう。ウェイドも、わざわざこんな大規模な施設を作っているのだ。マシラを消すということは、第零期選考調査開拓団や〈白き光を放つ者ホーリーレイ〉に関する手掛かりを失いことでもある。


「分かった。任せとけ」


 だったら、俺がなんとかするしかない。

 俺はウェイドのさらさらとした銀髪を撫でて安心させる。


「杭の一本くらい、すぐに持ってきてやるよ」


 そう言うと、小さな管理者は怒ったような表情で笑うのだった。


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Tips

◇基礎栄養素固形物

 調査開拓用機械人形が活動する際に必要となるエネルギーおよび栄養素を全て過不足なく揃え、圧縮した固形食品。体積あたりの栄養価、および保存性、運搬性、量産性に秀でている。

 そのため、都市における食料貯蓄の基本単位として使用される。

 このままでは非常に硬質かつ無味無臭であり、食用には適さない。通常は〈料理〉スキルを用いて加工することが推奨される。


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