第1012話「マシラのお願い」

 〈マシラ保護隔離拠点〉は立派な制御塔や複数の都市防壁を有しているものの、都市として数えられているわけではない。あくまで地上前衛拠点シード02-スサノオに付属する施設という形で存在している。

 そのため、ここの管理者もまたウェイドであった。


『それで? どうしてマシラ一号の身体から未確認の原始原生生物が萌芽しているんですか?』


 白亜の塔を貫くエレベーターに乗り込んだ瞬間、ウェイドがギロリとこちらを睨み上げる。

 マシラ一号、ミートの体に生えている植物はほとんど全てが俺の機体に格納されていた種瓶から取り込まれたものだ。彼が手足として使っている“蟒蛇蕺”はともかく、頭上に大きく花開いている“魁星喰らう夜天の大花”などはバッチリ未確認原始原生生物である。

 もともとはアレを回収するためにわざわざ予備機で強行したわけだが、いろいろあって失念してしまっていた。

 その結果、こうしてウェイドに詰められているわけだが。


「いやぁ、坑道に生えてたのかも……」

『そんなわけあるか! 坑道なんてホムスビが常に目を光らせてるんですからね!』

「だよなぁ」


 儚い可能性を掲げてみるも、目を釣り上げたウェイドはそれを一蹴してしまう。


『全く、本当に全く! 貴方という人は、私にどれほど苦労を押し付ければ……!』


 ウェイドがぐちぐちと呪詛を吐き出し続けるせいで、エレベーターの空気がどんよりと重たくなる。

 危険が強く懸念される〈マシラ保護隔離拠点〉を何処に置くか、という議論は管理者の間で激しく行われたらしい。結果として、同じく非常に危険な原始原生生物を多く収容して安定しているウェイドの手腕が認められて、彼女の下に建設されることとなったわけだが。


『スサノオたちも、みんなで結託して私に押し付けてきて!』

「ウェイドのことを信頼してるんだよ」

『投げつけてるだけでしょう!』


 うーん、ウェイドも随分とフラストレーションが溜まっているらしい。管理者というのもなかなか大変な仕事だな。


『ともかく、マシラ一号をなんとか抑える収容プランを考えてください』

「収容プランねぇ。ミートは賢いから放っておいても良いんじゃないか?」

『それができないからわざわざ〈鎧魚の瀑布〉を切り開いてこんな大施設を作ってるんですよ』


 ウェイドは唇を尖らせてため息を吐く。

 エレベーターが一階に到着し、扉が開く。塔の周囲に現れるのは、堅牢な鋼鉄の建造物だ。四角形の構造物がいくつも列を成し、町を形成している。町と言っても〈ウェイド〉のように風光明媚なものではない。舗装された道路にいくつもバリケードが用意され、大型機術機砲を備えた監視塔がずらりと並んでいる。ただマシラという存在を押し込め、抑えるためだけに作られた、質実剛健な収容所である。


「お、俺たちの方が早かったのか」


 上空で響くティルトローターの音に気付いて顔を上げると、モスグリーンのずんぐりとした輸送機が収容棟の屋上へ降り立つところだった。後方のハッチが開いて、重武装の警備NPCによって引き摺り出されたのは、俺が〈花猿の大島〉で相手取った猿型マシラの入ったコンテナである。

 “御前試合”によってここに連れてこられたマシラは、それぞれに一つ割り当てられた収容棟へと入れられる。分厚い装甲壁で覆われた箱の中には大型のディスプレイが取り付けられており、彼らの無聊を慰めるための映像が流されている。


「今の所収容は上手くいってるんじゃないのか?」

『今さっき一号が監視塔を破壊したんですが。……当初の予想よりは損害は軽微ですよ。試合映像であれば〈アマツマラ地下闘技場〉に膨大なデータがありますから、それをランダムに見せておけばいいので』

「頼むから大人しくしててくれって感じだな」

『貴方にもその言葉を送りたいですが』


 相変わらずなウェイド節に苦笑しつつ、収容棟一号へと向かう。そこには立ち入り禁止区域を示す物々しい黄色のテープが張り巡らされ、重機NPCが急ピッチで仕事をしている。壁に大穴が空き、天井が崩れた収容棟の中で行儀よく座っているのは、この惨状を引き起こした張本人であるミートである。


『レッジ!』

「よう。ちゃんと大人しくしてないとダメじゃないか」


 塔の方からやって来た俺たちを目敏く見つけたミートが立ち上がる。近くで作業していた重機NPCが緊急避難し、警備NPCたちの間に緊張が走るが、彼は暴れ出すわけではない。ミートは賢いのだ。


『ウゥ。だって、面白くないから』

「面白くないってなぁ……」


 ウェイドの方を見ると、彼女は肩をすくめる。

 一番最初に収容されたマシラであるミートは、収容プランの改善も多く経験しているはずだ。言語によるコミュニケーションも取れるから、ウェイドは彼とも意見交換はしているはずなのだが。


『ずっと研究ばっかりなんだもん。もっと血湧き肉躍るような闘いが見たいよう』

「物騒なおねだりだなぁ」


 つまるところ、ミートにとって試合の映像では物足りないということなのだろう。もっと過激な闘いを見せろと言っているわけだ。しかし管理者のウェイドとしては、そのような要望はなかなか認められない。

 ウェイドはどうにかしろと視線で語ってきた。


『パパ!』

「うおっ? イザナギじゃないか」


 どう説得しようか悩んでいると、背後から声を掛けられる。聞き覚えのある声に振り返ると、目の前に瞬間移動してきたイザナミが胸に飛び込んできた。


『久しぶり』

「ははは、今朝会ったばかりだろ」


 イザナギはこの〈マシラ保護隔離拠点〉でマシラの研究に参加していた。先ほどミートが言っていた研究ばかりという言葉も、イザナギたちが行っているもののことだ。

 マシラも元を正せばイザナギと同じ、というブラックダークの発言もあり、この拠点ではマシラ研究も進められている。


『ウゥゥ……』

「なんだミート?」


 イザナギの黒髪を撫でてゆっくり地面に降ろすと、頭上でミートが低く唸っていた。無数の口と目があからさまに不満を表している。


『レッジはソイツと仲良しなんだね』

「まあ、そうだな」

『ふん。レッジは、イザナギのパパだから』

『ウゥゥゥゥ』


 よせばいいのにイザナギはミートを挑発するように胸を張る。案の定ミートは余計に不機嫌になってしまった。

 二人とも俺を慕ってくれるのは嬉しいが、なんでこんなに仲が悪いんだ。


『イザナギずるい! ミートもレッジと一緒がいい! 抱っこ!』

「うわーーっ!? 待て待て、体格差を考えろ!」


 腕を乱暴に振り回して警備NPCたちを吹き飛ばしたミートが、こちらへ覆い被さってくる。体長5メートル以上のデカブツを抱っこできるわけがない。

 慌てて両手を振ってストップを掛けると、ミートは全身で不満を表す。


『ウゥゥゥゥゥ……』

「落ち着けってミート。ずっと一緒は難しいかもしれないけど、ちょくちょく会いに来るから」

『イヤだ! ミートこんなところに居たくない! ウェイドもきらい!』

『はぁっ!?』


 突然罵倒されたウェイドが目を釣り上げる。

 ミートからすれば彼女がここに隔離している張本人だから、そりゃあ心象は良くないだろうが……。


「まあまあ。ウェイドだってミートたちが心地よく過ごせるように色々考えてくれてるんだから。ちゃんと仲良くしとけ」

『ウゥゥゥ!』


 ミートは不満があると唸る癖がある。その声が非常に恐怖を煽るもので、なんなら硬直のバッドステータスなんかも発生しているのだが、どう言っても止めてもらえない。ちらりとレティの方を見ると、ちゃっかりミートの唸りの範囲外に退避していた。こう言う時、彼女の危機回避能力が羨ましい。


『――あっ』

『待ちなさい。今何を思いついたんです、いや全部忘れなさい』


 何やら不穏な動きをするミートに、ウェイドが叫ぶ。ミートはそれをさっくりスルーして、無数の目をこちらに向けた。


『ミート、分かった。ミートもちっちゃくなればレッジと一緒』

「うん?」

『ミート頑張る!』

「うん!?」


 何やら張り切って体を震わせるミート。ウェイドが緊急事態を宣言し、アラームがけたたましく鳴り響く。重機NPCたちが蜘蛛の子を散らすように撤退し、入れ替わりに警備NPCが続々とやってくる。


『区画封鎖! 隔壁、バリケード展開!』


 ウェイドの指示で町が動き出す。バリケードが展開し、一号棟を取り囲む。監視塔の機術機砲が照準をミートに定める。

 そんな中で、ミートは急激に姿を変えていく。


『ウウウウゥゥゥウウッ!』


 力むような唸り声が広がり、警備NPCたちが次々と不調を露わにする。


『ウパッ!』


 次の瞬間、頭に大きな花を載せた小さな少女が飛び出してきた。

 彼女は満面の笑みを浮かべながら、真っ直ぐに俺の方へと飛び込んできて――。


『ヤッ!』

『ギャアアアアアッ!?』


 立ちはだかったイザナミに羽交締めにされて悶絶の声を張り上げた。


━━━━━

Tips

◇マシラ保護隔離収容棟

 マシラを保護、隔離、収容するために設計された堅牢な建造物。特殊な多層装甲壁によって覆われ、70TB級攻性機術の直撃にも耐える。

 収容違反が発生するたびに改修と改善が検討され、より堅固になっていく。

 内部にはマシラを勾留するための各種設備が取り揃えられている。

“これ一つの建設と維持でどれだけのリソースが吹き飛ぶのか、きちんと確認して下さい”――管理者ウェイド


Now Loading...

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る