第1013話「同じ高さで共に」
突然ミートが少女に姿を変えて飛び込んできたかと思ったら、間に割り込んできたイザナギが捕まえて、ミートがものすごい勢いで絶叫した。あまりの展開の激しさに、俺やレティどころかウェイドでさえ反応が遅れてしまう。
『ふ、二人とも大人しくしなさい!』
はっと我に帰ったウェイドが慌てて声を飛ばした時には、ミートはぐったりとした様子でイザナギに寄り掛かっていた。
「イザナギ、何をしたんだ」
慌てて二人の元へ駆け寄り、ミートの具合を確かめる。マシラの健康状態など診られるわけではないが、少なくとも呼吸はしているようだ。
それでも、イザナギに説明を求める声が少し固くなってしまう。
彼女は俺の方へと振り向いて、冷静な瞳で見る。
『マシラのケガレを取り込んだ。これで、イザナギも少し力を取り戻せた』
「なに?」
彼女の顔を見て気づく。傷だらけで蒼白だった肌が、僅かではあるが癒えている。更に言えば、痩せぎすだった腕も丸みを増しているし、身長も少し伸びている。全体的に、ちょっと成長しているような印象を受ける。
マシラの素となったのは黒ミミズ――公式にはケガレと呼ばれているものだ。特別な力がなければ見ることもできないものだが、その根源は黒龍イザナギにあるという。であれば、イザナギがそれを取り込んで自身の力に変えることも不思議ではないか。
「それなら、何故今まで……」
『ミートの自己防衛術式が強固だった。安易に取り付けば、イザナギの方が吸収されかねない』
呻くミートをそっと抱き寄せながらイザナギが述懐する。
『ミートは緩んだ封印の隙間から数千年流れ続けたケガレが蓄積して凝固した高濃度の術式集合体。元々は自我もなく、自然法則の一部として流転する存在だった。それが存在として認められたことで、マシラになった。でも、マシラはまだ術式に近い存在だから、純粋な力の結晶体として存在を維持している。マシラがミートになって、ミートが形を確定させたことで、その殻に入り切らない余剰分をイザナギが吸収することができるようになった』
「待て待て待て。イザナギ、いきなり随分賢くなってないか!?」
突然流暢に話し始めるイザナギに反応が追いつかない。
おそらくはミートが人型になったことで、元の巨体よりも省エネルギーになった。そこの余剰分をイザナギが吸収し、本来の力を取り戻した。ということでいいんだよな?
「ええと、つまり、イザナギが力を取り戻すためには他のマシラも人型にした方がいいのか?」
『人型である必要はない。重要なのは、形を定めること。そうすれば、余りが出る』
マシラというのはクッキー生地で、ミートが人型になったのは型を抜いたようなもの。そして余った生地の切れ端をイザナギが貰い受ける。彼女にとって重要なのは切れ端が発生するということ自体なので、型が星型だろうが四角型だろうが関係はない。
「なるほど」
「レッジさんの理解力も大概ぶっ飛んでますね……」
言い換えてみれば分かりやすいと思って頷くと、近くにやってきたレティが眉を下げる。
『それで、マシラ一号はどうなっているんですか』
この拠点の管理責任者であるウェイドの関心はミートに寄っている。彼女の追及に、イザナギは問題ないと首を振る。
『大幅に力を失ったことでショックを受けているだけ。力が形に馴染めば目を覚ます』
『本当でしょうね……? とりあえず、一号の新しい収容棟を設計しないと』
『マシラ一号は、ミートになった』
今までも頑なにマシラ一号と呼称していたウェイドにイザナギが訂正を求める。
ミートは俺が勝手に付けた名前だが、ミートは自らの意思でマシラからミートとなった。イザナギもそんな彼女の意思は蔑ろにしてはならないと考えているようだった。
イザナギの黒い瞳に見つめられ、ウェイドも思わずたじろぐ。しばらく沈黙の睨み合いがあったのち、ウェイドが白旗を上げた。
『分かりました。現時点よりマシラ一号はミートへと改称します』
「ありがとな、ウェイド」
『貴方のためじゃありません!』
マシラ一号改めミートは、イザナギの胸の中で眠っている。呻きも穏やかな寝息に変わり、ひとまず安心できる状態ではあるようだ。
ウェイドは突然の事態で色々と仕事が激増してフラストレーションも爆増しているみたいだが。
『イザナギはミートが目を覚ますまで監視を。一号収容棟は解体し、ミートの体格に合わせたサイズに改築します。それまではレッジがその辺にキャンプテントを建てて凌いでください』
「ええっ。俺が?」
『ミートがこのようになったのは全部貴方のせいでしょう。責任取りなさい』
「はい……」
目を三角にして額から角を生やしそうな勢いで言うウェイドには反論できない。まあ、俺にできるのはそれくらいだし、喜んで協力しよう。
重機NPCたちが戻ってきて早速解体が始まる現場から離れ、道路の真ん中にテントを建てる。なかなか見られないシチュエーションだが、背に腹はかえられぬといったところだろう。
ついでにベッドも取り出して、ミートはそこに寝かせておいた。
「ミートは、イザナギとおんなじ様な存在なのか?」
椅子を並べ、イザナギから更に詳しい話を聞き出す。
彼女は他の管理者たちと似たような姿はしているが、正真正銘生身の体だ。そのため、傷だらけでも安易に機体を乗り換えて終わり、というわけにもいかない。黒い衣服は術式で生成していると言っていた。
彼女はミートの額をそっと撫でながら頷いた。
『イザナギもミートも、高度術式集合体。調査開拓用機械人形と比べれば、生物に近い』
ミートも意識は失っているが、体だけでなく衣服や靴をすでに着用している。これらも全て、術式によるものらしい。彼女はこれまでの学習のなかで、服飾品の文化などについても学んでいたようだ。
「これ、他のマシラも名前を付けたらミートみたいになるんですか?」
『そうとは限らない。ミートのように、明確に形を定める意思がないとダメ』
レティの疑問にもイザナギは率直に答える。
「命名しただけで形が変わるんなら、ジャンプとかスピンとかも変わるもんな」
「もしかしてレッジさん、今まで捕まえたマシラ全員に名前付けてます……?」
「いやぁ、つい愛着が湧いて……」
俺のやっている“御前試合”がマシラとの交流を密にするような手法だから、余計に名前を付けたくなってしまうのだ。名前を付けたところで、それを呼ぶ機会なんてほとんど来ないと思ってはいるのだが。
「今後、ミートはどういう扱いになるんでしょうか」
少し不安そうにレティがこぼす。
ミートは管理者ともイザナギとも違う、微妙な存在だ。原生生物であるとも言えるし、調査開拓員であると言えないわけでもない。その処遇に関しては、すでにウェイドがT-1たちに上げて議論しているのだろう。
彼女たちの決めたことに、俺たちが反論できるものでもない。少なくとも、抹消というような展開だけはやめて欲しいものだが。
『安心して。ミートもイザナギと一緒。みんな、イザナギと一緒だから』
鬱々とした俺たちに向かって、イザナギは確信をもった口調で断言するのだった。
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「……ところでイザナギ」
レッジがウェイドに呼ばれ、テントを出て行った。レティとイザナギ、そして眠るミートのみが残って、レティがおもむろに口を開いた。
「なんか、おっぱいでっかくなってません?」
『……』
レティの目は鋭い。狩人の研ぎ澄ました鏃のような眼光が、イザナギの胸元に向かっていた。
ミートの余剰術力を取り込んだイザナギは、僅かではあるが外見的にも成長している。黒い衣服の下、ふくらみも一回り大きくなっていた。
『何のことか分からない』
「絶対嘘ですよね!? さっきの沈黙なんだったんですか!」
『成長は意思によって左右できるものではない。よってこの変化はイザナギの関与するところではない』
「全部術式でできてる存在が何言ってるんですか! れ、レティだってパーツ増設すればですね……」
『バランスが変わったら動けなくなる』
「ぬぬぬぬぬっ!」
すんと澄ました顔のイザナギに、レティは悔しげに唸る。仮想現実ではラクトのように現実との体格に大きな差があっても許容できる者と、そうでない者に分けられる。
Lettyがレティの体をほぼ完璧に模倣しながらも胸部だけは変えられなかったのと同様に、レティもまた胸部を重たくさせると思うように動けなくなってしまうのだ。
『パパはきっと、大人の女性が好み。イザナギは少なくとも20,000歳』
「確信犯じゃないですか!!!」
勝ち誇って胸を張るイザナギ。
レティは拳を固く握りしめ、生意気になった少女を威嚇した。
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Tips
◇胸部増設パーツ
胸部に追加することのできる増設パーツ。〈換装〉スキルによって用いる。
衝撃緩衝クッション内蔵の防御装甲や、衝撃反応爆発物内蔵の自動反撃装甲など、多くの種類が存在する。
増設パーツは身体の比重が変化し、機動に不調をきたす可能性もある点に留意するべきである。
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