第1011話「鎮まり賜え」

「はい、俺の勝ち。なんで負けたか明日までに考えてくるんだな」

『ウォオオオッ!!』


 マシラの肩に手を置くと、ダンダンと地面を叩いて悔しがる。

 〈花猿の大島〉で生まれた猿型のコイツは、発見時にパニックに陥った調査開拓員によって攻撃され、凶暴化した個体だった。“御前試合”のために駆けつけた芸能系スキル保有者たちが次々と返り討ちに遭ったのち、俺に対応の要請がやってきのだ。


『イヤー、厳シイ戦イデシタネ』

『CPUガアト3℃冷エテイレバ私ノ勝チデシタ!』

『フッフッフ、結果ガ全テデスカラネ。グチグチ言ウノハミットモナイデスヨ、ミヤコ』


 “御前試合”用のアタッチメントを身につけたナナミとミヤコが戻ってくる。

 プロトコルが次々と改善されていく中で、俺は当初からあまり変わらない手法でマシラの相手をしていた。具体的に言えば、ナナミとミヤコによる試合を見せて、そちらに注意を逸らすというものだ。

 最初から変わったことといえば、重機NPCから剥ぎ取ったパーツによる急場凌ぎだったものを、ネヴァやクロウリ、タンガン=スキーたちに頼んできちんと作り直してもらったことくらいだ。武器ではない武器という妙な注文をしたせいで、優秀な職人たちでもなかなか開発に難航したようだが、なんとか形にはなった。

 ナナミとミヤコが自由に戦えるようになった後は、彼らの勝敗を一緒に予想するだけだ。ここでイカサマしようものならマシラは目ざとく見抜いてしまうから、毎回真剣勝負ではある。

 ともあれ、今回も無事にマシラに僅差で勝つことができたのでよしとしよう。


「さ、賭けに勝ったのは俺だからな。約束通りこれに乗ってくれ」

『ウゥゥゥ……』


 他のプレイヤーは歌や踊りなんかでマシラを落ち着かせるようだが、賭けを持ち掛ける方式には唯一無二のメリットがある。マシラはなんだかんだで賢いし話が通じるので、賭けに勝てばすんなり言うことを聞いてくれるのだ。


「はーい、こっちですよー」


 レティが用意してくれていたコンテナに、猿型のマシラはノシノシと入っていく。扉を閉じて鍵をかけても、暴れる様子はない。


「それじゃあ、後はよろしく頼む」

「はいよ」


 コンテナは〈ダマスカス組合〉の輸送機に積み込まれ、そのまま保護施設へと送られる。それが無事に飛び立つのを見送れば、俺の仕事は終わりだ。


『オツカレサマデシタ』

『今回モナントカナリマシタネ』

「二人もお疲れさん。しもふりからBBも補給してくれ」

『ヤッター!』


 “御前試合”で活躍してくれたナナミとミヤコも労う。ただの試合なら調査開拓員同士でもできないことはないのだが、見せるための演武となれば警備NPCたちの方が上手い。ホムスビから許可をもらって、“御前試合”での使用に限り二人を連れ回すことができるようになったのは僥倖だった。


「レッジさんもお疲れ様でした。これでもう6体目ですか?」

「そんなところかな。昨日の今日で増えたもんだ」


 レティからスポドリを受け取り、喉を潤す。

 “上覧試合”では彼女の出番はないのだが、物資の輸送や機動力、ナナミたちへのエネルギー補給といった面でしもふりが八面六臂の大活躍をしてくれている。彼女自身もマシラ相手には補佐役として働いてくれていた。

 実際、マシラの出現は急激に増えているようで、俺もレティとしもふりの機動力が無ければ通報に間に合わないレベルになっている。少しでも負担を減らそうと我流の“上覧試合”の手法を広めようとしても、みんな顔を顰めてしまうし。


「さて、俺たちも一旦帰って――」


 猿マシラが荒らしまわって無惨な状態の森を見渡しながら撤収の準備を進めていると、突然着信のSEが鳴ってウィンドウが開いた。発信者を見てみると、ウェイドである。


「厄介ごとの予感がするな……」

「出ないほうが面倒なことになりますよ」


 レティに諭され応答する。

 ボタンをタップした瞬間に、怒涛の勢いで声が飛び込んできた。


『レッジ今どこにいますか! マシラは鎮圧できたんですか! できているなら今すぐに来てください!』

「待て待て待て。とりあえず落ち着け」


 いつも冷静沈着なウェイドがここまで取り乱すというのも珍しい。俺は暴れ馬を宥めるような気持ちで彼女により具体的な説明を求める。


「何がどうなってるのかさっぱり分からん。何をそんなに慌ててるんだ?」

『貴方が捕まえた最初のマシラ、一号が暴走してるんです!』

「暴走!? なんでまた……」

『原因は分かりません。とにかくレッジに会わせろと叫んで、もう警備NPCの損失も無視できません! ていうか、見たことのない植物らしき部位を生成しているんですが!』

「あっやべ……。分かった、すぐに行く」

『ちょっと待て今やばいって、ああもうとりあえず早く来なさい!』


 ウェイドに怒鳴られ、俺は慌てる。それを見ていたレティが、しもふりに飛び乗った。


「保護施設で良いんですよね? 行きましょう」

「すまん、頼む!」


 俺がしもふりの背に跨ると、彼は一気に駆け出す。ナナミとミヤコもその後ろをついてくるが、速度が足りない。


「二人は後で合流だ。ゆっくりでいいからな」

『了解デスー』


 しもふりは更に加速する。俺たちはものの数分で〈ミズハノメ〉へと到着し、大橋の袂で止められる。待ち構えていた管理者専用機へと押し込まれるようにして乗り込み、一気に〈ウェイド〉近郊まで飛ばされる。

 雲の下に戻って見えてきたのは、現在も重機NPC数百機を投じて急ピッチで建設が進められている大規模な施設、〈マシラ保護隔離拠点〉である。

 周囲を二重三重の堅固な都市防壁で覆い、更に等間隔で物々しい監視塔が並んでいる。プロトコル“御前試合”によって鎮静化されたマシラはここに送られ、暴走しないように管理されるのだ。

 マシラの出現から数日でここまでの施設を作るあたり、指揮官や管理者がどれほどその存在を危険視していたのかがよく分かる。


「うおお……」


 保護施設の中央に立つ白い制御塔が、根元から黒煙に包まれている。至る所でサイレンが鳴り響き、警備NPCや救急NPCなどが奔走している。


「レッジさん、あれ!」


 窓に張り付いていたレティが何かを見つける。彼女の指差すのは、施設内に等間隔で並ぶ監視塔の一つだった。頑丈な鉄骨が歪んだそれの頂上に巨大な肉塊のような物体がある。それは体から生やした太い蔦で鉄塔に絡みつき、無数の瞳をめぐらせている。

 周囲にはミヤコたちと同型の警備NPCが殺到しているが、それらの警告に耳を貸す様子はない。


『あっ! レッジ! おーい!』


 無数の目のうちのいくつかが、上空からやってくる飛行機の中の俺に気付く。それはぶんぶんと蔦を振り回して、無邪気に声を上げた。


「随分流暢に喋るようになったなぁ、ミート」

「そんなレベルですかねぇ?」


 公式にはマシラ一号と呼称される彼には、ミートという名前をつけて呼んでいる。一番最初に出会ったマシラということもあるし、仲良くなって情が湧いてしまったのだ。ミートは俺と仲良くなった直後から片言で話せるようになっていた。それが今ではもうミヤコたちよりよく喋る。会話ができるというのも、彼に名前を付けてしまった理由の一つになるだろう。

 ミートはおおよそ卵形の体に蔦や木を生やし、分厚い苔も纏っている。頭上の大きな花は“魁星喰らう夜天の大花”だろうか。うん、原始原生生物だな。それもウェイドには見せていない、というかつい最近開発したばかりのやつ。


「レティも見たことない植物がいろいろ生えてるみたいですが」

「結局種の回収忘れてたんだよな……。ウェイドにどう言い訳しよう?」

「普通に怒られてください」


 今すぐ逃げたくなってきた俺を乗せて、飛行機は制御塔の屋上に着陸する。警備NPCに背中を押されながらタラップを降りると、腕を組んで般若の表情をしたウェイドが立っていた。


『いろいろ言いたいこと聞きたいことはありますが、まずはマシラ一号をどうにかしてください』

「はい……」


 反論などしようものなら、この制御塔の天辺から放り出される。流石にそれは勘弁願いたい。

 俺は彼女の要請に易々諾々と従い、鉄塔からこちらを見ているミートに呼びかける。


「すぐにそっちに行くから、自分の部屋で大人しくしててくれ!」

『ウゥ……。分かった……、すぐ来てね!』

「ちょっとお話ししたら、すぐに行くよ!」


 ご丁寧にウェイドが用意してくれていた拡声器を使って頼み込むと、ミートは渋々ながら鉄塔を降り始める。彼が荒々しく破壊された隔離室の中に入っていくのを見て、ようやくサイレンが収まった。


「よし、一件落着だな」

『では二件目と参りましょうか』


 当然、それで許されるはずもなく。

 俺は長い銀髪をゆらめかせるウェイドに連れられて、塔の中へと入っていった。


━━━━━

Tips

◇〈マシラ保護隔離拠点〉

 地上前衛拠点シード02-スサノオ近郊を切り開いて建設された大規模な保護隔離施設。非常に危険な存在であるマシラを収容し、その性質の研究も行う。

 マシラの収容には高度な知識が必要であると判断され、植物型原生原生生物管理研究所で得られた知見を活かすことを期待して管理者ウェイドに運用が任せられた。

 まだ全体は未完成ではあるが、すでに16回の大規模な収容違反が発生している。


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