第1010話「御前試合」

 第二次〈万代の宴〉は二日目を迎え、早速各地で新たな展開が起こった。〈老骨の遺跡島〉では“蒼枯のソロボル”討伐に向けた準備が着々と進み、〈白き深淵の神殿〉では新たな部屋の開放作戦が進行している。〈窟獣の廃都〉ではコボルドの翻訳機が精度を高め、拠点化に向けた大規模な土木工事も急ピッチで進められている。

 そんななか、最も大きな変化の一つとしてプロトコル“御前試合”の発令があった。


「猿出てきた!」

「猿出ました。通報よろ」


 三術系スキルの千里眼系と分類される特殊なものを可視化するテクニックによって発見される黒い靄、通称“ケガレ”が一定以上の濃度まで蓄積することによって発生する謎の敵性存在“マシラ”。調査開拓員からは猿とも呼ばれるそれは、異常な能力をいくつも持っている。


「極力戦うな。争いの味を覚えさせたら厄介だぞ」

「ひょえーーー」


 生まれたばかりの“マシラ”は純粋無垢な存在だ。周囲の環境を探り、あらゆる外的刺激に反応する。そして、生まれ持った驚異的な学習能力によって、それを取り込んでいく。

 何も分からないまま攻撃してしまえば、戦いの楽しさを覚えてしまう。そうなれば、常人では手が付けられない暴走する化け物となる。

 だが、T-1が制定したプロトコル“御前試合”に基づいて対応することで、平和的に抑えることができる。


「来たぞ!」


 〈角馬の丘陵〉にて発生した“マシラ”を、付かず離れず包囲していた調査開拓員たちの元へ、上空から響く爆音が届いた。流星の如く尾を引いて飛んできたそれは、空中で爆散する。だが、広がる爆炎の下で大きなパラシュートが開き、続々と調査開拓員たちが降りてくる。


「通報を受けてきました。マシラに刺激は?」

「与えてない。なんとか大人しくしてくれてるよ」

「分かりました。では結界を設置します」


 パラシュートのハーネスを脱ぎ捨てて現れたのは、白と朱の装束に身を包んだ一団だった。彼女たちは草原の真ん中で大人しくしているマシラを見つけて口の端を結ぶ。

 “マシラ”は“ケガレ”を凝集させ、原生生物の死体を足がかりとして現れる。言ってしまえば、調査開拓員たちが普通に狩りをしているのが偶然ケガレが溜まっている場所であれば、“マシラ”が現れるのだ。

 今回のマシラも〈角馬の丘陵〉に生息する馬型の原生生物を核にしたものだった。目は虚で体は傷だらけだが、全身から黒い靄を滲ませながら、落ち着きなく蹄で地面を掻いている。

 通報者と入れ替わりマシラの前に立った巫女装束の調査開拓員たちは、マシラが動き出す前に場を整える。

 まずは観覧席を用意する。


「地をめぐり廻り現れたるマシラ様、荒ぶる御魂を落ち着かせ、我らが歌、我らが舞い、我らが奏でに酔いしれたまえ」


 しゃらんと鈴の音を響かせながら、巫女の一人が流麗に言葉を紡ぐ。その滑らかな音に、マシラが首をもたげる。耳をピコピコと揺らして、彼女の声に聞き入っているようだった。

 マシラの注意が巫女に向いている隙に、他の仲間たちが地面に杭を打ちつける。マシラを取り囲むよう四カ所を定め、それを注連縄で繋ぐ。ここより先へ出てはならぬと、マシラに告げるのだ。


「やっぱ〈ミコミコクラブ〉の御前試合が一番だよな」

「ロールプレイが堂に入ってるもんな」


 後方へ下がっていた通報者たちも、楽しそうに巫女たちを見ている。

 そんな中でも、粛々と神事のようにプロトコルは進められる。


「御神酒を」

「はい」


 酒が振り撒かれ、草原に舞台が整う。

 笙の音色が空に広がり、鈴と鼓が響く。

 始まるのは、巫女たちによる軽やかな舞踊である。マシラの前で少女たちが裾を翻して踊る。音楽も徐々に拍子を上げていき、踊りにも熱がこもっていく。

 マシラの方へと目を向ければ、あちらも巨馬の躯体を揺らし、楽しげに尻尾を振っていた。


「いいぞ!」

「ミッちゃん可愛いよ!」


 周囲で見守っていた観客たちも一体となり、フィールドは一時華やかな空気に包まれる。

 マシラの物々しい雰囲気は溶け、そこにはただ歌と踊りを楽しむ馬の姿があった。それを認めた巫女の長が、そっと側に控えていた仲間に視線を送る。


「駕籠へ、駕籠へ」


 踊りを終えた頃、マシラの側に立派な駕籠が用意されていた。驚異的な学習能力を持つマシラは、それだけで巫女たちの求めていることを知る。そして、従順にそれに従う。

 彼はもっと自分を楽しませてくれるものを見るため、彼女たちとの信頼によって、自らその駕籠の中へと入っていく。

 即座に施錠され、駆けつけた輸送機へと載せられる。マシラが送られるのは、T-1が急ピッチで用意した保護施設である。


「“御前試合”、つつがなく完了いたしました」


 最後に〈ミコミコクラブ〉のリーダー、ミミが通報した調査開拓員たちに恭しく一礼する。

 T-1によって定められた対マシラ用鎮静化手順、プロトコル“御前試合”。それは、出現したマシラに一切の危害を加えず、〈舞踏〉〈歌唱〉〈演奏〉スキルといった芸能系スキルによって楽しませるというものだった。当初は調査開拓員同士による演武だったものが、初期の改善案によってこのようになった。

 今まではただの趣味スキルと揶揄されていた芸能系スキルにスポットが当たったことで、界隈にも大きな変化が起きた。〈ミコミコクラブ〉は数ある芸能系バンドの中でも、いち早く“御前試合”へ対応したことで一躍有名となった集団だった。


「ミミさん、さ、サイン貰えますか!」

「ええ。今後とも〈ミコミコクラブ〉をよろしくお願いします」

「は、はひぃ」


 淑やかな気品のある少女に微笑みを向けられ、サインを書いてもらった男は茹で蛸のようにのぼせあがる。


「まだ二日目だけど、〈ミコミコクラブ〉も忙しいんじゃない?」


 通報者のパーティに居た女性が仲間を蹴飛ばしてミミに話しかける。

 マシラが発見され、“御前試合”が定められたのはリアル時間で昨日のことだ。それからまだ1日しか経っていないとはいえ、ゲーム内時間ではその数倍の時間が流れている。マシラの出現報告は徐々に頻度を上げており、〈ミコミコクラブ〉は〈ダマスカス組合〉と契約して輸送機を借りなければ手が追いつかないほど忙しくなっていた。


「マシラ様の出現頻度は上がっていますね。ただ、“御前試合”に対応する他のバンドも増えていますし、一人で“御前試合”を完遂する方もいらっしゃいますので」

「〈リリックリリック〉とか〈ワンダージャーニー〉とか、普段はコンサートしかしてないところも続々参入してるもんね」


 女性が挙げたのは、どちらも数十人規模のメンバーを抱える大手芸能系バンドである。構成員の多いバンドは数の利を活かし、いくつかの班を並行させて各地に派遣している。いわゆる“推し”に来てもらえるということで、張り切ってマシラを召喚しようと狩りに精を出すプレイヤーも増えた。


「ですが、そうですね」


 ミミは女性の言葉に同意しつつも、遠くへ目を向ける。


「やはり、おじさんには敵いませんね」

「あー……」


 その一言で何を指しているのか分からない者は、調査開拓員でもそういない。

 プロトコル“御前試合”成立以前に初めてマシラの鎮静化に成功した立役者。それも、一度は戦闘の味を覚えた凶暴な個体を、たった一人とNPC二機だけで抑えた手練れ。

 彼はその後も、特別な改造を施した警備NPC二機を引き連れて調査開拓領域の各地を回っているという。彼が担当するのは、不慮の事故などで交戦してしまい手がつけられなくなった凶暴なマシラばかりだ。それでも次々と“御前試合”を行い、鎮静化させているのだから、その技量は他の追随を許さない。


「噂では、賭博の快楽を覚えさせて、ギャンブル漬けにさせているとか」

「ええ……。大丈夫なの、それ?」

「結果的にはほとんど損害を出さずに終わらせているようですが」


 渦中の人物がいったいどんな手段で荒ぶるマシラを抑えているのか。彼の行う“御前試合”の内容を知りたいようで知りたくないと、女性は体を震わせた。


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Tips

◇厄払いの御神酒

 穢れを祓い、清められた神聖な酒。口に含むことで邪気を祓ううえ、フィールドに振りまくことで荒ぶる原生生物を落ち着かせる。

 飲むとバッドステータスを軽減する。

 散布すると一定時間原生生物の再出現を抑える。


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