第1009話「ご笑覧あれ」
『喰ラエ! メガボンバーハリケーン!』
『甘イデスネ。エレクトロノイズ!』
重機NPCから剥ぎ取った部品を装着したナナミとミヤコが、口々に適当な技名を叫びながら戦っている。ナナミがぐるぐると猛烈な勢いで回転しながら4本のアームを伸ばして迫るところへ、ミヤコはバッテリーの過剰稼働による放電を利用して防ぐ。
どちらも警備NPCの威信に賭けて負けられないと息巻いており、一進一退の激しい攻防が続いていた。
『ウッ! ウッ!』
「いいぞ、もっとやれ!」
二人の試合を眺めて、“Unknown”が大きな体を揺らす。蕺蟒蛇を束ねた蔦の触手で地面を叩き、熱い応援を送っていた。
俺も彼と一緒に、ナナミとミヤコの二人を応援する。拳を掲げ、吸い込んだ息を声援に変えて放つ。
『何やってるんですか!』
「うおっ!? なんだ、ウェイドか」
熱中していたところ、突然耳元で叫ばれる。驚いて立ち上がりながら振り返ると、顔を真っ赤にしたウェイドが立っている。背後にはレティたち、更にはアストラやラッシュまで。みんな勢揃いだ。
「どうしたんだ?」
『こっちのセリフですよ!? 何がどうなって、こうなってるんですか!?』
「何がと言われてもな……」
怒髪天をつく勢いで捲し立てるウェイドに、俺は困って後頭部に手をやる。事情を説明しようにも、目の前で行われていることが全てだ。
「とりあえず、レッジさんは無事なようでなによりですよ」
「レティ。わざわざ来てくれたんだな」
プンプンと怒るウェイドを宥めながら、レティが前に出てくる。彼女は、アストラが呼びかけて俺を救出するための部隊が結成されたこと、そして俺の下へと急いでくれたこと、“Unknown”との交戦は絶対に行わないよう厳命されていたことを手短に話してくれた。
わざわざそのためだけに〈ダマスカス組合〉が特別なトロッコまで作ったようで、俺の知らない間にずいぶんと迷惑をかけていたらしい。その点については申し訳ないと陳謝する。
「謝罪もいいですが、とりあえず現状について教えてもらえますか?」
「なぜ“Unknown”と一緒にいるのか、というか何故敵対していないんでしょう?」
やって来たトーカも疑問を呈する。俺は顎に手をやり、順序を追いながら話し始めた。
「坑道で死んだ後、予備機のままトロッコに乗って坑道に戻ったのは知ってるよな。その時に、あそこの警備NPC――ナナミとミヤコって呼んでるんだが――二人も連れて来たんだ」
「警備NPCって下級NPCですよね。ずいぶんと賢そうですが」
今も目まぐるしい戦いを展開している蜘蛛型警備NPCを眺めて、レティが呆れたようにいう。
実際、あの二人は下級NPCではあるが、賢さにおいては上級NPCと遜色ない。等級の区別は、言語を流暢に扱えるかなどの高度なコミュニケーション能力によるのかもしれない。
「警備NPCにしては姿が変わってますね」
「いいところに気付いたな」
トーカの鋭い指摘に思わず笑う。
ナナミとミヤコの二人は、当初の姿から随分と変わっている。八本足の蜘蛛型という点では共通しているが、全体的に一回り大きくなっている。それは、お互いに重機NPCの装甲やバッテリーを装着しているからだ。
ナナミは近接特化ということで全体的に装甲を分厚くし、アームにはドリルやハンマーといった掘削用アタッチメントを取り付けている。逆にミヤコは中遠距離からの戦闘を行うため、機関砲を増設し、更に大型の杭打ち機やネイルガンなども搭載した。
鈍色の機体は黄色と黒の装甲に包まれ、どちらも高さ1.5メートルほどと重量感のある姿だ。
『なぜそんなことを……』
機能停止した重機NPCからパーツを剥ぎ取ったことを話すと、ウェイドが不可解な顔をする。
「武装が心許なかったんだよ。俺は槍っぽい棒しか持ってなかったし、ナナミたちの武器も頼りなかったから」
『それなら大人しく待機するか、帰還してください』
「そういうわけにもいかないだろ」
ともかく、俺は先へ急ぐ必要があった。
幸い、ナナミたちの手先の器用さは俺の武器を作ってくれた点から分かっていた。二人は次々と警備NPCを分解して、使えそうなパーツをそれぞれ自身に装着していった。そのあたりの武器選択でも二人の性格の違いが現れたのは面白い。
「ポイントなのは、二人の装備の中で武器と言えるのが機関砲と電磁警棒くらいなところだ」
「武器ですか?」
「全身武器みたいな姿ですが」
レティたちが揃って首を傾げる。
だが、よくよく考えれば納得できるだろう。
「重機NPCは戦闘用NPCじゃないんだ。当然、使っているのは武器じゃない」
「はぁ」
あれ、あんまり納得してもらえてないな。
『……また妙なことを』
「お、ウェイドは分かってくれたか」
唯一、管理者だけが察してくれた。
現実ならいざ知らず、こと惑星イザナミにおいてはアイテムに付与された属性というものが絶対の法則だ。どれほど武器っぽく見えないフライパンでも、ハンマー属性が付与されていればハンマーのカテゴリに入り、それで原生生物を軽く叩けばダメージ計算が行われる。逆に、どれほど槍に似ていても、ただ原生生物の骨を寄せ集めただけの棒切れでは、ダメージは与えられない。
もちろん、棒は棒でも槍のように使えば原生生物を叩けるし、喉元に突き刺すこともできる。しかし、それは武器を振るったことにはならないため、HPにはダメージを与えられない。
俺がナナミたちに作ってもらった即席槍で戦っていたのは、あくまで機関砲と電磁警棒でダメージを与える二人をサポートするためだ。
「つまりどういうことです?」
「重機NPCのパーツを使って攻撃をするかぎり、“Unknown”にダメージを与えられない。つまり、“Unknown”と戦闘せずに戦える」
「トンチみたいな話ですね……」
これを思いついたときは自分が恐ろしく思えたものだ。
標準武装である機関砲と電磁警棒を縛って戦えという俺からの指示に、ナナミとミヤコの二人は難色を示していた。そりゃあまあ、慣れた道具を使えないというのはたとえNPCであってもやりにくい。しかし、彼女たちはなんとかやり遂げた。
「なるほど、戦わずして戦うとはなかなか面白いですね」
「お、アストラ。わざわざすまなかったな」
そこへアストラやアイたちもやってくる。周囲の安全確認をしてくれていたようで、俺が改めて感謝を伝えると、相変わらずの爽やかな笑顔を返された。
「レッジさん、結局それは何が利点なんですか?」
結局戦ってますよね、とアイが首を傾げる。
「戦ってはいるが、戦ってない。つまり、“Unknown”にダメージが入らないし、彼の戦闘経験値にもならない。それなのに妨害はされるんだ」
「まるで幽霊と格闘しているような話ですね」
クリスティーナが肩をすくめる。まあ、言いたいのは大体そんなところだ。
ダメージは入らないのに、叩かれると痛い。当然体に傷はつくし、血液は流れる。それなのに体はピンピンしている。これはちょうど、非戦闘区域で調査開拓員同士が戦うのに似ている。衝撃は伝わるのに、LPは一切削れないのだ。“Unknown”からしてみれば不可解極まりないだろう。
「戦っても戦っても、ダメージが入らない。“Unknown”にとってこれほど面白くない戦いはないだろ」
戦いというのは、自己と自己のせめぎ合いだ。お互いに血肉を削ぎながら、力と技を競い合う。あらゆることを学習する“Unknown”はレティたちとの初戦において、その楽しさを学んだ。そして、更なる戦いを求めて彷徨っていた。
俺たちが“Unknown”を見つけたのは、この地下空洞だ。今ではすっかり消えているが、ここには無数の原生生物の死体が積み上がっていた。モンスターハウスだったこの天然の闘技場で、彼は戦いを享受していたのだ。
「だから、“Unknown”には観戦の楽しさを教えてやったんだ」
「観戦の楽しさ……?」
レティが言葉を繰り返す。バトルジャンキーな彼女には、あまり分からないかもしれない。
しかし、例えば〈アマツマラ地下闘技場〉や〈コノハナサクヤ監獄闘技場〉の一番大きな収益源は観戦客からの売り上げなのだ。熱い戦いを求めてやってきた観戦者たちの熱気が、他の都市の経済規模に匹敵する売り上げを叩き出している。
『グワーーーッ!?』
地下空洞の中央で悲鳴が上がる。
レティたちが目を向けてみれば、ちょうどナナミがミヤコの放った鉄杭によってアームを吹き飛ばされたところだった。
俺は一旦話を中断して、二機の間に割って入る。
「そこまで! 勝者、ミヤコ!」
『ウォオオオオオッ!』
レフェリー役の俺が勝敗を宣言すると、“Unknown”が全身を震わせる。レティたちがその迫力に唖然とする中、ミヤコはいそいそとナナミのアームを拾って修理を始めた。
『クッ。コレデ七勝六敗、マダ弊機ガ勝ッテイマス』
『私ハスデニ三連勝デスヨ。学習能力デハ圧勝ト言ッテイイデショウ』
『成績デ並ンデカラ言ッテ下サイ』
素早く修理が完了し、二人は再びリング状で対峙する。“Unknown”が期待に吠え、足元に置いていた石をいくつか前に出した。
「お、次もミヤコか。じゃあ俺はナナミに賭けよう」
『ちょっと!』
俺も自分のところから石を出そうとすると、ウェイドが飛び込んでくる。
「なんだよ?」
『なんだじゃありません! もしかして、賭けまでしてるんですか!?』
「当然だろ。戦いの楽しみ方といえば賭博だからな」
『はぁああああ』
胸を張って答えるも、ウェイドは大きなため息をつく。“Unknown”が早く試合を始めろと触手を揺らして来たので、ナナミとミヤコに向かって試合開始を宣言する。再び激しく戦い出した二機を見て、“Unknown”が楽しげに身を揺らした。
「あ、“Unknown”をギャンブル漬けにしてる……」
何やらレティたちがぽかんと口を半開きにしているが、“Unknown”に観戦の楽しさとギャンブルの喜びを教えたおかげで、平和的に彼を抑えることができたのだ。
『まったく、奇妙奇天烈なことをするのう』
「うおっ!? T-1か、びっくりした……」
突然隣に立っていたウェイドの様子が変わって驚く。管理者や指揮官はお互いの機体を共有できるから、それを使って意識だけここに来たのだろう。久しぶりにこの多重人格みたいな現象を見た。
「ともあれ、なかなか効果的だろう?」
『それもそうじゃなぁ。だからこそ扱いに困るのじゃが』
ウェイドの顔を顰めさせて、T-1が言う。彼女は今一度、警備NPCたちの試合と“Unknown”の様子を眺める。そうして、俺だけでなくレティたちにまで伝わるように声を張り上げた。
『今しがた、イザナギやブラックダークたちからの情報共有を受けた。それと、他の地域で活動中の調査開拓員からも“Unknown”に似た存在の報告がポツポツと挙がっておる』
「ええっ!? “Unknown”が複数いるってことですか?」
T-1からもたらされた情報に、レティたちは驚きを隠せない。ただでさえ厄介な“Unknown”が複数存在するとなると、もはや調査開拓団が敵う相手ではなくなってしまう。
だからこそ、T-1は決断した。
『“Unknown”は正式呼称を“マシラ”とし、その鎮静手段としてプロトコル“御前試合”を策定したのじゃ。今後発生する“マシラ”には、このプロトコルの実行をもって対処するのじゃ』
“Unknown”あらため“マシラ”、おそらくは貪欲に真似をするところからその名が付けられたのだろう。T-1によって、彼らを抑える手段が認められた。今後は更に改善と検討が続けられていくはずだが、ひとまずの危機は去ったと言って良いだろう。
『ウッ! ウッ!』
一番目の“マシラ”は激しい戦いを眺めて触手を叩いている。
『ウォ! イケ! ソコダッ!』
━━━━━
Tips
◇マシラ
〈アマツマラ地下坑道〉第二十八番大坑道深部にて確認された敵性存在。並外れた再生能力と遺伝子模倣能力、学習能力を備えている。そのため、殲滅を目的として交戦した場合は非常に手強い相手となる。
T-1によってマシラへの効果的な対抗手段としてプロトコル“御前試合”が策定された。
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