第1008話「救助隊は見た」

 猛烈な勢いを付けて、大きなトロッコは坑道を駆け抜ける。その振動は尋常ではなく、トーカがしっかりと押さえつけてくれなければウェイドはあっという間に振り落とされてしまいそうだった。

 危険なのはウェイドだけではない。三連結を構成する最後尾の大型ジェットが景気良く青い炎を吹き出し、二両目に搭載された特大型超高濃度圧縮BBバッテリーが湯水のようにエネルギーを消費していく。通常規格のレールに想定された速度を大幅に超過した暴走トロッコそのものも、何もしなければ即座に道を踏み外して坑道の壁に激突してしまう。


「右!」

「せいりゃあああっ!」


 それを必死に抑えているのが、トロッコの両サイドに構えるレティとLettyである。二人はトロッコの傾きを注視しつつ、アストラの指示を受けてハンマーで車体を叩くことで、なんとか溢れ出しそうな勢いをレールに押し戻していた。


「左!」

「とりゃあああっ!」


 レティとLettyのハンマーがトロッコを叩くたび、揺れが大きくなってウェイドの軽い体は箱から飛び出してしまう。


『うわああっ!?』

「しっかり掴まっていてくださいね」


 目を白黒させる管理者をトーカが掴んで離さない。

 あらゆる安全装置を取っ払った暴走トロッコに、ウェイドは既に同行したことを後悔しはじめていた。


「――うぅわああっ!」

『ぴっ!?』


 聴覚センサーがショートしそうなほどの騒音の中、時折それを塗り消すような大声が張り上げられる。口を大きく開いて胸を膨らませたアイの声だ。

 それはトロッコの速度を超えて坑道の奥へと広がり、壁や天井、そしてレール上の障害物などの当たって反響する。


「前方に原生生物!」

「了解!」


 それにより、アストラたちは進路上の構造を把握する。彼の声に合わせて、トロッコを先導していたクリスティーナがぐんと加速する。前に突き出した長槍に光を纏い、暗がりから現れた巨大なワームを貫く。


「『ラッシュブラスト』ッ!」


 衝撃波が広がり、瞬く間に硬い表皮を持つワームが爆発四散する。速度が上がれば上がるほど攻撃力も増加する特殊な装備を身に付けたクリスティーナの一撃は、この状況下において最高の攻撃力を誇っていた。


「ウィイイイイアアッ! ハァアアアアアッ!」


 そして、騎士団が誇る最速を超える最速もまた、この状況を楽しんでいた。奇声を上げながら走るフルフェイスの青年ラッシュが、次々と線路近くの原生生物を吹き飛ばしていた。彼の武器もまた、クリスティーナと同じ長槍にカテゴライズされるものである。しかし、クリスティーナのそれがシンプルな3メートルほどのものであるのに対して、ラッシュの槍は6メートルの長さを誇る。


「遅い遅い! 欠伸が出ちまうぜぇ!」


 大坑道とはいえ、限られた閉所において長い武器は不利である。故にレティも普段の特大ハンマーから取り回しの良い片手持ちのものへと変更している。

 だが、ラッシュはその長すぎるほどの長槍を軽やかに扱っていた。


「ラッシュさん、すごいですねぇ」

「進行方向が決まってるから、一撃で当てれば振り回す必要はない、という理論でしたか。なかなか良い美学です」


 トロッコに陣取るレティたちも、ラッシュの戦いぶりを見て感心していた。

 槍を振るスペースがないのなら、振らなくてもよい動きをすれば良い。そして、高速で走るラッシュにとって方向転換とはすなわち減速であるため、極力それを避けるための戦い方とも言える。

 よって、彼は細やかに槍の穂先を動かし、的確に敵の急所を貫くテクニカルなスタイルを洗練させていた。


「全員、そろそろ対ショック姿勢の準備を」


 ラッシュとクリスティーナによって障害物が取り除かれ、トロッコは順調に進む。そんな中、アストラが救出部隊の各員に声を伝えた。


『もう到着ですか』

「そうみたいですね。ウェイドは私にくっついていて下さい」


 やっとこの地獄のようなドライブが終わるのか、とウェイドが表情を弛緩させる。

 トロッコレールは大坑道内にしか敷設されていないため、レッジを迎えにいくには下車しなければならない。事前の打ち合わせでもそのことは知らされていたが、トロッコの時間が永遠と思えるほど長かった。

 ここまで法定速度など軽くぶっちぎって走っていたトロッコだが、復路にも使用するため安全に減速して終点でピッタリ止まるようになっている。


「パラシュート展開!」


 アストラが手元の操作盤を動かす。パネルが跳ね飛び、内蔵されていたパラシュートが勢いよく膨らむ。空気を抱き込みパンパンに張ったそれが抵抗を生み、トロッコは勢いを落としていく。


「流石〈ダマスカス組合〉、なかなかいい仕事しますねぇ」


 ブレーキも併用し、火花を散らしながらレールの上を滑るトロッコ。最大手の生産系バンドによって作られたそれは、徐々に速度を落としていく。レティとLettyももはや姿勢制御を行う必要はなくなり、あとは完全に止まるのを待つだけだった。

 その時。


「にゃっ?」


 後方で見張りを行っていたケット・Cがヒゲを震わせる。彼の勘が、何やら警鐘を鳴らしていた。こういう時は直感に従った方がいいということを経験的に知っていた彼は、軽やかに飛び上がって二両目へと移る。次の瞬間、猛烈な勢いで炎を吹いていたBBジェットエンジンの吸気口にパラシュートが吸い込まれ、窒息。けたたましい轟音と爆炎が広がり、爆発した。


「にゃあああっ!?」

『きゃああああっ!?』


 爆炎がヒゲ先を掠めたケット・Cと、突然の爆発に顔面を蒼白にしたウェイドが悲鳴を上げる。


「やばい。全員飛び降りて!」

「流石は〈ダマスカス組合〉ですねぇ」


 アストラの指示を受けるまでもなく、レティたちはぴょんとトロッコから飛び降りる。ウェイドを抱えたトーカも危なげなく着地し、よしよしと彼女の銀髪を撫でる。

 その時、爆炎が二両目のバッテリーに引火し、トロッコは完膚なきまでに破壊された。


「帰りはどうしましょうか」

『どうしてそんなに冷静なんですか!?』


 何事もなかったかのように肩を回すレティを、ウェイドは恐ろしげな目で見る。


「まあ、これくらいの爆発はレッジさんの農園だと日常茶飯事ですし」

「私もそろそろ慣れてきましたね」

『また強制家宅捜索を行う必要がありそうですね……』


 〈白鹿庵〉に加入したばかりのLettyまで涼しい顔をしているのを見て、ウェイドは決意を新たにする。


「ともかく、ここまで辿り着けたのは良かったです。物資保管庫の方は無事みたいですから、アイテムを補給して進みましょう」


 アストラは黒煙を上げるトロッコから簡易保管庫を引き摺り出して、そこに納めていたアイテムをインベントリに移す。レティたちもそれに倣い、ここからは徒歩で行くことになる。


『合流したらレッジに損害賠償を請求しましょう』


 銀色の長い髪の先がわずかに焦げているのを見つけて、ウェイドは口をへの字に曲げる。そんな彼女の様子にレティたちは笑いながら、枝道へと入って行った。

 トロッコから降りたとは言え、時を急ぐのは変わらない。ウェイドはトーカが背負い、救出隊は狭い坑道の中を走り抜けていく。時折現れる原生生物は、ラッシュとクリスティーナによって排除されるため、危険はあまりない。


「レッジさんの位置は近づいてますか?」

『順調に。この先にある地下空洞にいるようです』


 ウェイドは今一度レッジの位置を確認する。

 何やら重機NPCをいじっていた彼は、それも終えて地下空洞で休息しているようだった。地下空洞は坑道掘削時に時折見つかる空間で、大抵は原生生物の巣となっている。モンスターハウスなどといった通称で鉱夫たちからは忌み嫌われている場所だが、うまく整備すれば休憩所にもなる。

 流石のレッジと言えど、やはり予備機体での単独行動は大変だったのだろう。道中はともあれ、なんとか彼を確保できる目処が立ち、ウェイドは胸を撫で下ろす。


『さあ、この先ですよ!』


 ゆるく曲がった枝道を進めば、そこに地下空洞が現れる。予備機体の反応を頼りにすれば、そこにレッジが――。


『ハイパーネイルガトリングッ!』

「わははっ! いいぞ、ミヤコ!」

『ナンノ、エクストラパイルバンカーッ!』

「ナナミも間合いの取り方が上手くなってきたな!」


 そこには景気良く大型重機NPCのパーツを振り回す二機の警備NPCと、少し離れたところからそれらに歓声を上げる一機の予備機体の姿があった。


『ウッ、ウッ……!』


 そして、黄色い予備機体の隣。そこには黒い靄を纏った蠢く肉塊が身を縮めるようにして座っている。

 肉塊――“Unknown”は時折触手を叩き合わせ、楽しげな声を漏らす。その眼前で、警備NPCたちが踊るようにして戦っていた。z


『は?』


 あまりにも予想外な状況に、ウェイドが短い言葉をこぼす。そしてそれは、レティたち救出部隊全員の心境を端的に表していた。


━━━━━

Tips

◇緊急減速パラシュート

 〈ダマスカス組合〉によって開発された緊急用パラシュート。試験用航空機などに取り付けることで、エンジントラブル等で制御不能となった機体を安全に減速させることができる。

 非常に強靭かつ軽量な素材で作られており、展開は瞬間的に行われる。

 “エンジンの吸気口に注意すること(8敗)”――ダマスカス組合設計課


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