第1007話「それ行け救出隊」

 地下資源採集拠点シード02-アマツマラのトロッコ発着場に、レッジ救出部隊の面々が揃った。三連結の大型トロッコには続々と物資が積み込まれ、技術系の調査開拓員たちが線路の最終確認を行っている。


『もうすぐ予定時刻ですよ』


 現在時刻を確認し、管理者ウェイドは忙しなく方々へ指示を出していたアストラへと声をかける。急拵えの予定表に目を落としていた青年は、彼女の言葉に笑顔で反応した。


「大丈夫です。こちらの準備ももう終わります」

『絶対に戦わないんですよね?』


 トロッコへ積み込まれるアンプルや大型バッテリーを眺め、その不穏な気配に疑念を隠せないウェイド。T-1から救出部隊には“Unknown”との交戦を必ず避けるように厳命されている。

 アストラは再三の念押しにも関わらず、爽やかな笑顔で頷いた。


「もちろん。俺たちは戦うつもりはないです。もし“Unknown”と接触しても、逃走離脱を第一に考えて行動します」

『それならいいのですが……』


 部隊を率いるリーダーがそう断言するのならば、ウェイドとしてもそれ以上のことは言えない。それでもまだすとんと腑に落ちたわけではなく、視線を残してはいたが。そんな管理者に、今度はアストラの方から話しかけた。


「ウェイドも救出部隊に参加するというのは本当ですか」


 彼の問いかけに銀髪の少女は頷く。その表情は不承不承と言いたげなものだったが、意を翻すつもりも毛頭ないことはよく分かる。

 管理者ウェイドが危険が大いに予想される救出作戦に参加するという話は、アストラもホムスビから先ほど聞いたばかりだった。寝耳に水の急報に、さすがの彼も本人に確認しないわけにはいかなかった。


『管理者がいなければ、レッジの正確な位置は分からないでしょう』

「それはそうですけどね」


 調査開拓員はフレンド登録をしている別の調査開拓員の現在地をフィールド単位で知ることができる。しかし、それ以上の詳細な位置に関しては、パーティメンバーでなければ分からない。そして、レティたち〈白鹿庵〉の面々もレッジが一度死亡したことによりパーティ関係が解除されてしまっていた。

 他との繋がりがなくなってしまったレッジの正確な座標を知ることができるのは、その権限を持つ管理者以上の存在だけ。指揮官クラスが出ていくのは流石にリスクが高すぎるため、危険は承知の上でウェイドにその任務が渡された。


『管理者機体は頑強に作られていますが、万一ということもあります。防衛は任せますよ』

「頑張りましょう」


 この特例的な管理者の出動が認められたのは、救出部隊を構成する面々の力量によるものも大きい。その中でも特にアストラの戦力は絶大だ。ウェイドの怯えのない澄まし顔に苦笑しつつ、彼は臆することなく頷いた。


「アストラさん、積み込み終わりましたよ」


 そこへトロッコの側で荷物の積み込みを手伝っていたレティの声が届く。アストラとウェイドが目を向けると、救出部隊の力自慢たちが手を振っていた。


「出発ですね」


 トロッコに物資を積み込めば、後は動き始めるだけだ。

 アストラはトロッコまで歩み寄り、今一度部隊の仲間たちを見渡す。


「出発前に配置の確認だけ。斥候はクリスティーナとラッシュ、お願いします」

「了解」

「任せとけ!」


 トロッコの前を走るのは、救出部隊きっての俊足ふたり。〈大鷲の騎士団〉第一戦闘班の“伝令兵オーダリー”クリスティーナと、ゲーム内最速と謳われる“閃光”ラッシュ。

 クリスティーナは全身に密着する黒いラバースーツと濃緑のケープを身につけ、長い槍を携えている。金属製の靴底のブーツは真新しく、その長い髪は一束にまとめられている。騎士団内で最速を誇る彼女の、本気の武装だ。

 隣に立つラッシュの出立ちは、銀色のライダースーツというべきものだった。頭も銀色のフルフェイスヘルメットですっぽりと覆い、素顔は定かではない。くぐもった声は若い青年の溌剌としたものだ。何よりも速さだけを追い求め、故に最速を手にした、まごうことなきトッププレイヤーの一人である。


「今回の作戦は速度が肝です。ラッシュとクリスティーナはトロッコに先行して、線路上の障害物の除去を」

「はいよ。一応坑道の地図は頭に入れてるが、照明はどれくらい残ってるんだ?」

「あまり期待しない方がいいですね。代わりに、アイを使います」


 トッププレイヤー同士の真剣な会話がウェイドの頭上を飛び交う。彼らの口から飛び出した言葉に彼女が疑問を覚えていると、それを認めたレティが補足した。


「坑道内は薄暗いですからね。ラッシュさん程となると視認と回避が追いつかないんですよ。なので、今回はアイさんに大声を出してもらって、その反響で事前に障害物の位置を把握することになってます」

『は?』


 レティの補足を聞いても理解が進まなかったウェイドの声である。彼女は珍妙なものを見るような目で、トロッコの前に集まった調査開拓員たちを巡る。


『それは、いわゆるエコーロケーションというものですか?』

「ま、そうですね。イルカとかがやってるんでしたっけ」

『調査開拓員にそのような技能は搭載されていないはずですが……』


 困惑するウェイド。当然、彼女の言う通り大半の調査開拓員はそんな人外じみた曲芸はできない。重要なのは、この場に集まった者どもは普通の範疇にとどまらない者ばかりということだ。


「個々人間で精度に差はありますが、全員ある程度は音の反響で空間を把握できますよ」

『すごく当たり前のように言いますね……』


 あっさりと言い切るアストラに、ウェイドが憮然とした表情になる。そんな彼女を置いて、事前の最終確認は進む。


「道中のメインアタッカーは〈白鹿庵〉の皆さんにお任せします。俺たちはトロッコの制御にかかりきりになると思うので」

「任せてください。――とはいえ、ほとんどラッシュさんとクリスティーナさんが轢いちゃいそうですけど」


 速度は単純に威力となる。そのため、道中遭遇する中型程度までの原生生物は立ち止まらず轢き殺すか突っ切ることになっていた。

 取り回しを考えて片手用ハンマーを握るレティと、刀を背負い目隠しも付け臨戦状態のトーカは残念そうに肩をすくめる。


「ケットは背後に注意しつつ、あとは流れで」

「僕だけ雑だにゃあ」

「あんまりガチガチに縛っても動かないだろ?」


 自由気ままを信条とするケット・Cは基本的に放任である。そちらの方が双方にとって良いということを、全員が了承していた。


「それじゃあ最後に、ウェイドからレッジの現在の様子を聞いておきましょう」


 アストラに話を向けられ、ウェイドは通信監視衛星群ツクヨミのネットワークへとアクセスする。日頃から専用の識別タグを付けているため、レッジの情報にアクセスすることは容易い。彼女は即座に座標を確認し、地下坑道のマップと照合する。そして現在地を口に出そうとしたその時、違和感に気がついた。


『レッジは――』

「どうかしましたか?」


 Lettyが首を傾げる。

 ウェイドは情報を精査し、知らず知らず額に手を当てた。


『……ひとまず、無事ではあるようです』

「もしかして、何かやってるんですか?」


 何かを察したレティが耳をピクンと跳ねる。アストラは瞳孔を大きく開き、口角を上げていた。


『坑道内で放棄されている重機NPCを解体しているようです』

「ええ……」

「何やってんだおっさん」


 アイが呆れた声を漏らし、ラッシュが混乱を全身で表す。


「元気そうで何よりですね。“Unknown”とも接触していないようですし、今のうちに迎えに行きましょう」

『そうしましょう。レッジが何かやらかす前に回収します』


 アストラがトロッコに飛び乗り、ウェイドもレティに抱え上げてもらって乗り込む。他の面々も鉄の箱に収まったところで、彼らは後方に控えていた技術者たちに手を上げた。


「出発準備完了! カウントスリーでお願いします!」

「了解!」


 トロッコに接続されていた極太の大容量ケーブルにブルーブラストが供給される。このためだけに並べられた大型回転車に乗り込んだ男たちが唸り声を上げて走り出していた。

 メーターが急激に青く染まる。

 アストラが数字を三つ、数え終える。


「射出!」


 合図と同時にトロッコを繋ぎ止めていたストッパーが、爆砕ボルトによって破壊される。勢いよく飛び出すトロッコ。

 それを追いかけ、瞬く間に追い越す二人の影。


「ひゃっはあああああっっ!」

「はああああああああっ!」


 ラッシュとクリスティーナが先行し、線路上を占拠していた原生生物を鎧袖一触に弾き飛ばしていく。


『ばばばばばばっ!?』

「ウェイドさんは蹲ってた方がいいですよ」


 吹き飛ばされそうな風圧にまともに言葉も発せないウェイドを、レティが背中で守る。銀髪を乱したウェイドが荒い息をしながら振り返った頃には、すでに〈ホムスビ〉は見えなくなっていた。


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Tips

◇特殊装甲BBジェットトロッコ

 〈万代の宴〉の関連作戦にて製作された特殊な三連式トロッコ。一両目が定員八名の操縦車、二両目に特大型超高濃度圧縮BBバッテリーを六個搭載し、三両目を構成する高出力BBジェットによって爆発的な加速を行う。操縦は非常に難しい。軽量化のためまともな風防なども搭載していないため、特殊な訓練を受けていない場合は床に蹲らなければ吹き飛ばされかねない。

“とりあえず要求されたマシンスペックは確保できたのでよし!”――ダマスカス組合設計課


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