第1006話「意思を継いで」

 闇の中、雷撃が迸る。高圧の電流が粉塵を伝って拡散し、猛然と迫り来る獣を貫いた。


『スタンシマシタ!』

「良くやったっ!」


 筋肉が焼け、激しく痙攣して倒れる獣の元へと飛び込み、急拵えの槍を突き込む。原生生物の生の素材で作られた槍は天叢雲剣と比べて脆く鈍いが、それでもベーシックスピアよりは多少は使える。

 柔らかな喉元を貫かれた獣は笛のような悲鳴を上げて血を吹き出す。


「全然削れないな……」


 だが、〈アマツマラ地下坑道〉の深層に生息する原生生物は総じて強靭だ。喉に穴が空いた程度では死なない。電流によるスタンも早々に解け、牙を剥きながら立ち上がる。

 脆い予備機体ではその鋭牙を受け止められない。俺は槍を引き抜くと一気に距離を取る。獣は当然追いかけてくる。


「今だ!」

『固定射撃ッ!』


 石を蹴り上げ飛び込んできた獣。肋の浮いた無防備な横腹に、鉛玉が飛び込んだ。

 警備NPCが標準的に搭載している軽機関砲による単射。通常なら牽制程度の役にしか立たない弱い攻撃だが、狙いを澄まして叩き込めば一定の成果を上げる。

 事実、最も柔らかな内臓を抉られた獣は絶叫を穴の中に響かせて倒れる。ミヤコが潜んでいた枝道ブランチの向こう側の壁には、獣の血がべっとりと張り付いている。


「死んだか?」

『状況確認中。原生生物ノ生命活動停止ヲ確認シマシタ』


 反撃に備えて槍を構える俺の前で、ナナミが獣の状態を精査する。それがすでに拍動を行っていないことを確認し、俺たちはようやく一息ついた。


「ふぅ。全く、自分の非力さが嫌になるな」

『ナラバサッサト帰還シマショウ』

「それはできないんだよ」


 相変わらずのミヤコに返しながら、槍を短く持って倒したばかりの原生生物――“黒炭狼コークスウルフ”に近づく。


『コレモ解体スルノデスカ?』

「もちろん。牙も骨も、皮も肉も使えるからな」


 ナナミの疑問に頷き、槍を突き刺す。できるだけ品質の良い状態でアイテムを回収したいが、解体ナイフがない今は運任せだ。狼のドロップアイテムを回収して立ち上がる。血の匂いに他の原生生物が引き寄せられる前に、ここから撤収しなければ。


「しかし、Unknownも見えないし、どうしたもんか」


 枝道を奥へ奥へと進みながら、つい愚痴をこぼしてしまう。謎の原生生物“Unknown”を追いかけて坑道の枝道を進み始めて、すでに30分は経っている。奴は一心不乱に移動しているようで、なかなかその背中に追いつけない。その上、原生生物のリポップも始まっているようで、俺はナナミとミヤコの力も借りながらなんとかそれを撃退しつつ追跡を続けている。


「ほら、肉は食っていいぞ」

『ワァイ! アリガトウゴザイマス!』

『早クシード02-ホムスビニ帰還シテ、アッサリシタブルーブラストヲ補給シタイデスネェ』


 警備NPCであるナナミとミヤコも、機械である以上活動限界はやってくる。あんまり長い時間動き続けるように設計されていないこともあって、定期的なエネルギーの補給が必要だ。

 幸い、二人は調査開拓用機械人形ほど高性能なものではないものの八尺瓊勾玉に似たようなエネルギー変換炉を積んでおり、原生生物の肉なんかを渡せば喜んで食べる。とはいえ、ナナミは特に抵抗なくアームで千切ったフレッシュな肉を変換炉の口へ運んでいるが、ミヤコは仕方なくといった様子だ。普段はケーブルか何かでブルーブラストエネルギーを直接補給しているようなので、その辺に好みもあるらしい。


『シカシ、レッジモ変ワッテイマスネ。普通、調査開拓員ハ生肉ナドヲ忌避スルノデハ?』


 二人と一緒に生肉を齧っていると、ミヤコにそんなことを言われる。彼に表情というものはないが、カラーランプなどからなんとなく感情のようなものを見ることができた。今は呆れと驚きが半々といったところだろうか。


「まああんまり好き好んで食べるわけじゃないけどな。腹が減っては戦はできぬって言うし」


 生肉なんかはデバフが掛かるし、正直あまり腹に溜まらないのもあって普段はまず食べない。とはいえ、今は状況が状況だ。火を起こせる環境でもないし、そんな余裕もない。それでも動いていれば腹が減る。

 口元の血をぬぐい、LPが徐々に回復しているのを確認する。

 初期ステに毛が生えた程度のステータスに、あらゆるアクティブスキルとアイテムの使用不可。俺がこうして坑道を進めているのは、警備NPCの二人によるアシストのおかげだ。


「ミヤコ、残弾はどれくらいだ?」

『残リ102発、心許ナイデス』

「厳しいなぁ」


 ミヤコとナナミは戦闘を想定した警備NPCとして、機体にさまざまな武装を搭載している。その中でもメインウェポンと呼べるのが背中の軽機関砲なのだが、銃器の常として弾丸には限りがある。各自が100発1セットのマガジンを3つ、合わせて600発。

 別に機術封入弾でもないただの金属弾で、威力としては牽制用途が主になる程度。本来なら連射でばら撒くようなものだが、物資に乏しいこの状況ではそうも言っていられない。ナナミの弾丸は今の所温存できているが、ミヤコはすでに2/3を使っている。

 まだ“Unknown”に追いついてすらいない状況で、これは厳しいと言わざるを得ない。


『ヤハリ、スタンロッドヲメインニ運用スルベキデハ?』


 ナナミの言う電磁警棒スタンロッドは、彼ら警備NPCの標準装備だ。調査開拓員相手にも使える非殺傷武器であり、対象に高圧電流を叩き込むことで動きを封じる。こちらは機体で生産した電力を蓄えるため、肉さえ食べればいくらでも使える。


「しかしなぁ。間合いはできるだけ取りたい」


 俺がスタンロッドの運用に難色を示してしまうのは、その射程の短さ故だ。

 そもそも警備NPCは警備を担当しているのであって、フィールドでの戦闘は想定していない。だから仕方ないといえばそれまでなのだが、スタンロッドは取り回しの良さを優先しており、全長が30cm程度しかない。ミヤコたちはそれをアームで掴んで振り回すわけだが、それでも半径1m程度しか範囲に入らない。

 結論、それを運用するとなるとミヤコたちは原生生物に近寄らざるを得なくなり、そうなると反撃、ひいては損傷のリスクも高くなる。

 俺自身の戦闘能力が皆無で、二人に頼り切りの状況下では、その展開は避けたい。


『マッタク、アマリ我々ヲ見クビラナイデイタダキタイデスネ』


 眉間に皺を刻む俺に向かって、ミヤコが言う。鈍色の機体に光る小さなランプは赤く明滅していた。


『我々ハ警備NPCデスヨ。対原生生物戦闘ノトレーニングデータモインストール済ミデス』

『我々ノ存在意義、行動原理ハ調査開拓員ノ安全確保デス。ドウカオ任セ下サイ』

「ナナミまで……」


 なんとも頼もしい言葉だが、それだけに不安が募る。流れだったとはいえ、二人をトロッコに乗せたことに少し罪悪感も覚えている。ここまで来れたのは二人のおかげだが、共に歩き言葉を交わし、同じ釜の飯を食った仲となると親愛も覚えてしまう。

 自分勝手な感情に苛立ちさえ覚えてしまうな。

 もはや二人の覚悟は決まっている。そもそも、量産機である警備NPCの下級人工知能には、恐怖や自己生存本能などは搭載されていないのだろう。俺が前に進むと決めた時点で、二人に俺を見捨てるという選択はない。

 どうにか原生生物が現れないようにと祈りながら歩く。その時だった。


『オヤ?』


 前方をライトで照らして警戒していたナナミがランプを光らせる。何かを発見した時のサインだが、危険なものではないらしい。


「何かあったのか」

『ハイ。既ニ撤退シテイタト予測シテイマシタガ、危険区域ニ設定サレタタメ、自己放棄シタヨウデスネ』


 ナナミの差し向けたライトの先に、黒と黄色の目立つカラーリングをした、大きな機械が現れる。太くて頑丈な油圧シリンダ、鋭い爪のついたバケット、泥だらけの履帯。

 大きな体をきゅっと縮めて沈黙している、重機NPCがそこにいた。


枝道ブランチ延伸用の重機NPCか。自己放棄ってことは、機能は停止してるのか?」

『“Unknown”ニ能力模倣能力ガアルト判明シタ時点デ、コノ辺リ一帯デ活動シテイタ全NPCニハ不戦闘撤退指令ガ伝達サレマシタ。シカシ、コノ枝道ハ入リ口ガ即時封鎖サレタ上、重機NPCニモ自衛用サブウェポンハ搭載サレテイルノデ、次善策トシテ機能停止シタヨウデスネ』


 ナナミに言われて見てみれば、デカい油圧ショベルのような外見の警備NPCも片隅に機関銃のようなものが取り付けられている。“Unknown”との戦闘が可能だったため、それを避けるよう動いたのだろう。


「こいつのマガジンは使えるか?」

『解体スレバ取リ出セマス。規格ハ共通シテイルノデ、流用デキルデショウ』

「ならちょっと申し訳ないが使わせてもらおう」


 機能停止した重機NPCが復活することはないとナナミが言う。わざわざ復活させるより、新たに作った方がいいからだろう。もはや役目を果たし眠り続けるだけならば、その体を使わせてもらいたい。

 ミヤコとナナミは早速巨大な重機NPCに取り付くと、アームの先端に工具アタッチメントを取り付けて分解していく。警備とは関係のない動きだろうに、芸が達者だ。

 瞬く間に筐体の板金が剥がされ、内部構造が顕になる。


『弾丸ハ未使用デスネ。オオ、600発モアリマスヨ!』


 図体が大きいからか、サブウェポンであるはずの弾丸も警備NPCより多く積んでいたらしい。次々と黒いマガジンを掘り出すミヤコのホクホク顔が見えるようだ。


「重機NPCはこいつだけか?」

『少々オ待チ下サイ。……直前ノNPCノ行動記録ヲ参照シタトコロ、近クデ何機カ活動シテイタヨウデスネ』

「なら、そいつらのところもまわろう。武器はあればあるほど良いからな」

『了解! セメテ弾丸ハ有効活用シテアゲマショウ!』


 弾薬の補給ができると分かり、ミヤコのテンションが上がる。真っ先に射撃役に名乗り出たのも彼だったし、トリガーハッピーの気質でもあるのかもしれない。


『オー、BBモ結構残ッテマスネ。バッテリータンクモ持ッテイキタイクライデス』


 ナナミも重機NPCのポートにケーブルを繋いで機体に残っていたBBを流し込んでいる。重機NPCも彼らの仲間と言っていい存在であるはずだが、躊躇なく解体して有効活用していくのは機械らしい無情さがある。


「うーん。うん?」


 電動ドライバーの音が響き、重機NPCが解体されていく。それを見ていた俺は、ふと気づく。


「なあ、これってもしかして――」


━━━━━

Tips

◇重機NPC

 土木工事など、大規模なフィールド開拓を担当する大型のNPC。掘削や削岩、地面の圧着など、調査開拓員には難しい作業を行う。フィールドで活動することが多いため、最低限の自衛用兵装も搭載している。

 搭載している人工知能は低級であるため、調査開拓員による監督を必要とする。


Now Loading...

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る