第1004話「部隊結成」
『ぬぁあああああにをやっとるんじゃあああっ!?』
〈大鷲の騎士団〉本拠地〈翼の砦〉、大会議室。円卓を管理者たちが取り囲む物々しい空間で、T-1の絶叫が響き渡った。彼女が食い入るように睨みつけているのは、大型スクリーンに映し出されたマップに光る一つの光点だ。
『調査開拓員レッジの予備機体は現在、警備NPC、SDG19-A02-0773およびSDG19-A02-0385と共に〈アマツマラ地下坑道〉第二十八大坑道、第九坑道の枝道を進行中のようです』
ウェイドが読み上げた現状報告に、T-1は髪を逆立てる。
『そんなことは分かっておるわ! どーしてこうなったのか聞きたいのじゃ!』
『た、立ち入り制限は設定してるっす。でも、救援のため自動運転で出発したトロッコに乗り込んでしまったみたいで』
『警備NPCは何をしとるんじゃ。レッジが暴走するのを見越して、データを詰め込んでおったはずじゃろ!?』
『ゆ、誘拐されたみたいで……』
気まずそうに声を絞り出すホムスビ。彼女の説明になっていない説明を聞いたT-1は、思わずぐったりと円卓に突っ伏した。
『誰ぞ、おいなりさんを持ってきてくれ。食べぬとやってられん……』
アストラが部屋の外で控えていたメイドロイドに稲荷寿司を運ばせる。打ちひしがれた声を聞いては、流石のウェイドたちも稲荷寿司の摂取制限を指摘することはできなかった。
『まったく! なんなのじゃレッジは! せめて説明するべきじゃろう! 報連相は組織の基本じゃぞ!』
騎士団のメイドロイド、タマさんが持ってきた山盛りの稲荷寿司をやけ食いしながら、T-1はぐちぐちとこの場にいない男に向かって文句を投げる。しかし、その間にも彼女の本体である〈タカマガハラ〉は高速で動いており、次々と状況の解析と対応の検討を進めていた。
『レッジに連絡は取れるかの?』
『一方的に通信が拒絶されています。おそらく〈制御〉スキルで予備機体のプログラムをクラックしたのかと』
『あああああっ! 今後は予備機体のファイアウォールも調査開拓人形並みにアップデートしておくのじゃ!』
頭が痛そうなウェイドの報告を聞いてT-1が絶叫する。
レッジは常に鳴り響く退避勧告のアラートが煩わしくなってスイッチを切ったわけだが、そのせいでT-1たちとの連絡手段も無くなっていた。
『警備NPCを二機随伴させているのでしょう? そちらを経由しては?』
『試してみるっす』
T-3の提案を受け、ホムスビが連絡を試みる。管理者は管轄する都市のNPCと自由に通信することができる。権限的にも、管理者の指示を跳ね除けることはできない。ホムスビはツクヨミの通信網を経由して、レッジに同行している二機の警備NPCにコールを送る。
『おや?』
『なんじゃ。今度はNPCが反乱でも起こしたか?』
眉を寄せるホムスビに、T-1がぶすくれた表情で尋ねる。彼女が稲荷寿司を口に放り込むのと、ホムスビがぎこちなく頷くのはほとんど同時だった。
『は?』
まさか当たるとは思わなかったT-1が目を丸くする。
『SDG19-A02-0773とSDG19-A02-0385、どちらも応答がないっす……』
『なんでじゃ!?』
『わ、分かんないっすよぅ。状況を確認したところ破損してるわけではないみたいっすけど、レッジさんを強制退却させる指示には従わないっす』
『ああああっ! ぬぁあああにを! やっとるん! じゃぁぁ!!』
管理者の命令には絶対服従であるはずの警備NPCまでレッジの側に付いている。そんな不可解な事実を受け止めきれず、T-1は円卓にガンガンと額をぶつけた。
『SDG19-A02-0773から応答があったっす! ええと、“我々は調査開拓員レッジおよび調査開拓団全ての安全を確保するため行動する”と……』
『その! 行動の! 理由を! 説明! せいっ!!!』
大会議室に響き渡る指揮官の絶叫。あまりにもド直球の正論に、管理者たちのみならずレティたちまで申し訳なさそうに身を縮めていた。
「T-1、俺から提案が」
どんよりとした空気を打破するように、爽やかな声が響く。声のする方へ、一斉に視線が集まった。
『なんじゃ? レッジを止めて、この状況が少しでも好転するならなんでもいいぞ』
少し投げやりなT-1の反応にも関わらず、アストラはにこやかな笑みを湛えて頷く。
「俺たちでレッジさんを救出するというのはどうでしょう」
『何を……。“Unknown”の厄介さは分かっておるじゃろ』
辟易とした顔で首を振るT-1だったが、アストラは詰まらず答える。
「分かっています。ですので、“Unknown”とは戦いません。あくまで目標はレッジさんの救出です。ついでに、二機の警備NPCも回収しましょう」
『それができれば苦労はせんのじゃがな……。何か算段はあるのか?』
“Unknown”は驚くべき能力を持っているが、戦わなければ戦術を取り込まれることもない。一切矛を交えず逃げに徹するのであれば、影響は少ない。T-1もそこに思い至り、アストラの提案に興味を示す。
「〈大鷲の騎士団〉だけでなく、横断的に人員を集め、機動力に特化した救出隊を結成します。“Unknown”よりも早くレッジさんたちと接触し、離脱すれば被害は最小限に収まるはずです」
『ぬぅ……。それしかないか』
レッジが“Unknown”と交戦する前に、彼を羽交締めにして引き摺り戻す。シンプルな作戦だが、有効的だ。T-1はしばらくウンウンと悩みぬき、最後にアストラへ目を向ける。
『メンバーの候補は決まっておるのか?』
「騎士団からは俺、アイ、クリスティーナ。〈
「レティも連れてってください!」
速度に秀でた面々を挙げていくアストラに、レティが手を挙げる。彼女は真剣な表情で、ピンと耳を立てていた。
「機動力なら、レティも負けていません。レッジさんの救出に参加させてください」
「そ、それならLettyも!」
「私も遅れは取りません」
彼女を皮切りに、Letty、トーカも前に進み出る。エイミー、ラクト、シフォンの三人は歯痒そうに彼女たちを見ている。
『ダメじゃダメじゃ! お主ら、どうせ“Unknown”と目が合ったら戦うじゃろ』
「た、戦いませんよ! レティ約束守ります!」
『日頃の行動を省みてから言うのじゃ!』
レティたちの参加を拒否したのはT-1である。彼女たちの日頃の戦闘狂っぷりを間近に見ていたT-1には、攻撃力に特化した血の気の多い〈白鹿庵〉のアタッカーを参加させて、無事に済む可能性を見出すことができなかった。
「レティ、いけます! 行かせてください!」
『絶対殴るじゃろ!』
「殴りません!』
『信じられぬ!』
「殴ったら稲荷寿司500個奢ります!」
『……ぬぅ』
しつこく食い下がるレティに、T-1は眉間に皺を寄せる。小柄な彼女に目線を合わせて懇願するレティ。その赤い瞳には強い意志の光が宿っていた。
「……レティさんの機動力は確かです。俺からもお願いしたいですね」
「アストラさん!」
膠着を破ったのはアストラの一声だった。
『いいでしょう。アストラをリーダーに、レッジ救出部隊の結成と活動を認めます』
『T-3!?』
頷いたのは、T-3だ。
驚くT-1に、彼女はしっかりとした声で話す。
『事態は一刻を争います。ここで戸惑っている暇はないでしょう』
『それはそうじゃが……』
『仲間を助ける、これもまた立派な愛ゆえの行動でしょう。であれば、私たちはそれを信頼するべきです』
『ぬぅ……』
T-1、T-2、T-3は同等の権限を持つ。T-3の発言は、T-1も無視することはできない。そして、彼女の言葉は真実であった。
『分かったのじゃ。救出隊に任せるとする』
「ありがとうございます!」
T-1の決断にレティたちが飛び上がる。浮き足立つ彼女たちに、指揮官はすかさず釘を刺す。
『いいな、絶対に“Unknown”と戦うでないぞ! お主らが“Unknown”と交戦して、下手に学習されては、なす術がなくなる可能性もあるのじゃからな!』
「分かってます! 大船に乗ったつもりで任せてください!」
『穴が空いてるか泥でできているか……。不安じゃのう』
心配そうなT-1をよそに、アストラは早速動き出す。この場にいない調査開拓員たちにも連絡を取り、突如始まった難しい任務を遂行するべく話をまとめていく。
『絶対に戦うでないぞ!』
T-1は慌ただしく走り出す彼らに、もう一度強く言いつけるのだった。
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Tips
◇おかか稲荷
具材として鰹節を混ぜ込んだ稲荷寿司。〈大鷲の騎士団〉上級メイドロイド、タマさんが考案した特別な稲荷寿司。香ばしい鰹節が、稲荷寿司の新たな魅力を切り拓いた。
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