第1003話「個性の萌芽」

 蜘蛛型警備NPC二機を引き連れて、第二十八大坑道最奥の枝道ブランチを奥へ奥へと進んでいく。武器もアイテムもない、スキルもほとんど使えない俺の代わりに、警備NPCたちがライトを光らせ周囲を照らしてくれていた。


「やっぱ警備NPCは便利だな」

『警告! 今スグ引キ返シナサイ!』

「だから、もうちょっとだけ探索してからな」


 赤色の警告灯を光らせる蜘蛛型NPCを宥める。

 彼らは“Soldier-19”という名前らしい。あらゆる地形、あらゆる状況に対応する汎用警備NPCという設計思想であり、実際〈ホムスビ〉以外にもあらゆる都市のあらゆる場所で警備任務に従事している姿を見ることができる。

 8本の多脚機動はトロッコレールも通っていない坑道も軽やかに進み、時には脚先を変形させたアームで障害物を取り除いたりもする。機体内部に色々と仕込んであるようで、周囲を照らす広範囲ライトの他にも、一点を照らすビームライト、簡易索敵用センサーなどを使っていた。


「しかし、原生生物が全くいないな」

『前方30メートル範囲内ニ原生生物ノ反応ハアリマセン。シード02-ホムスビ出発カラ現在マデモ原生生物トハ遭遇シテオラズ、異常事態ガ発生シテイルコトハ明白デス』


 ピカピカと赤いランプを光らせている警備NPCの隣で、静かに索敵を続けていたもう一機のNPCが状況を分析する。彼の言う通り、町を飛び出してから今まで、原生生物に出会っていない。大坑道やそこから分岐する坑道に関しては、避難を進めるプレイヤーたちが掃討していたのだろうが、立入禁止区域の中も殺風景な状況が広がっているのはやはり違和感がある。


『恐ラク、“Unknown”ガ捕食シツツ移動シテイルノデショウ』

「アンノウン?」

『未確認敵性存在ノ仮称デス。T-1ニヨリ、コノ呼称ガ決定サレマシタ』

「なるほど。キメラでも良かったが、まあ指揮官に倣うとするか」


 T-1たちからのアナウンスは何一つ聞いていないが、あっちもあっちで頑張っているらしい。彼女たちの負担を減らすためにも、俺ももっと頑張らないとな。


『T-1カラハ立チ入リ禁止区域カラノ即刻退避ガ命令サレテイマス! エネミーネームノ呼称ヨリモ、ソチラノ指示ニ従ウベキデショウ!』

「はいはい。Unknownと出会って諸々回収したらちゃんと撤退するよ」

『ソレデハ遅イト言ッテイルデショウ!』


 何もない坑道を、いつ現れるとも分からない敵に警戒しながら進むというのは案外精神的な疲労を蓄積させる。少しでも気を紛らせようと二機の警備NPCたちに話し相手をしてもらっていたのだが、会話を続けているうちになんとなく個性のようなものが見えてきた。

 警備NPCに積まれている人工知能は低級のはずだが、不思議なものだ。実際、言葉は片言で聞き取りにくいこともあるものの、一機はツンツンしているしもう一機はおとなしい性格をしていることが分かる。


「お前たちにも名前を付けてやりたいな」


 個性が現れ、個体を識別できるようになると、名前で呼びたくなる。とはいえ、蜘蛛型警備NPC“Soldier-19”は数千機単位で大量生産されている。当然、上級NPCであるカミルのような個体名はない。


『弊機ノシリアルナンバーハSDG19-A02-0773デス。アチラハSDG19-A02-0385デス』


 0773、と番号を並べたNPCがビームライトをもう一方へと差し向ける。


『警告! 不必要ナ情報ノ流出ハ避ケルベキデス!』


 SDGというのは蜘蛛型警備員の略称だろう。A02がアマツマラ02、つまり〈ホムスビ〉の所属を示している。それでもって、最後の4桁が何番目に製造されたかを示している。


「0773……。ナナミだな。385はミヤコで」

『警告! 警備NPCニソノヨウナ固有名称ハ不必要デス!』

「そうは言っても、二人もいるとどっちに話してるのか分からないだろ?」

『警備NPCハ高度ナ会話ヲ想定シタ知性レベルヲ搭載シテイマセン!』


 相変わらずミヤコはツンツンしている。そもそもその会話が結構高度な知性を感じさせるものなのだが。


「でも、ミヤコもなんだかんだ言いつつ付いてきてくれてるじゃないか」

『アナタガ連レテキタノデショウ。警備NPCハ調査開拓員ノ安全ヲ確保スル義務ガ課サレテイマス。コノ状況デアナタヲオイテ単機デシード02-アマツマラヘ帰還スル事ハデキマセン』

「そうだったのか。警備NPCも大変だな」

『元凶ニ言ワレタクアリマセン!』


 8本の脚をバネのように伸縮させてぴょこんと跳ねるミヤコ。やはり下級NPCといってもなかなか表情豊かだ。


『警告。原生生物ヲ発見シマシタ』

「おっと」


 ミヤコと戯れあっていると、真面目に索敵をしてくれていたナナミが静かにランプを光らせる。俺もミヤコもすぐに動きを止め、息を殺す。だが、ナナミのビームライトの先を見て、一気に緊張を解いた。


「原生生物って言っても、生きてないじゃないか」

『原生生物ニハ違イアリマセン』


 カシャカシャと脚を動かし、ナナミは坑道に倒れている原生生物の側へ近づく。


土喰豚ダートピッグノヨウデスネ』

『頭部ト内臓ガアリマセン。血液モ周囲ニ流レテイナイノデ、吸イ取ラレタ可能性ガ高イデス』


 惨い状態の死体の周囲を周りながら、ナナミとミヤコが検分していく。

 “土喰豚”は地中で育つ特殊なキノコを主食とする原生生物だ。土を掘り、キノコを探す姿からその名前が付いた、と言われている。残念ながらその特徴的な顎や牙は失われているが、前足の爪が穴掘りに適した形状になっているのが分かる。


『コノ先、原生生物ノ死体ガ点在シテイマス』

「腹一杯になってきたか、贅沢を覚えたか。どっちにしろ、成長してるのは確かだろうな」


 “土喰豚”を殺したのは十中八九“Unknown”だ。それまでは残さずきちんと食べていたものを残すようになった理由がどうであれ、順調に成長しているらしい。


『“Unknown”ノ危険性ハ、我々ノ認識ヨリモ増大シテイル可能性ガ高イデス。今スグ帰還シマショウ!』

「そう言うわけにもいかないんだよ」


 グイグイと腰を引っ張ってくるミヤコを諌め、死んだ“土喰豚”からドロップアイテムを回収する。“Unknown”に殺されてから時間が経っているため、僅かではあるが彼の皮や骨が手に入った。解体ナイフはないが〈解体〉スキルのおかげで若干ではあるがドロップアイテムも増えているはずだ。


「Unknownは俺の機体を取り込んでるだろ。それをどうにか取り返さないと」

『調査開拓用機械人形ノ放棄ハ認メラレテイマス。ヤムヲ得ナイ事情ガアル以上、シカタナイデショウ』

「そういうわけにもいかないんだよ。もともと俺は“黒ミミズ”を探して、場合によっては戦うことも想定して色々物資を整えてた。その中にちょっとな……」

『チョット?』


 武器や防具を失うくらいなら、俺もすっぱり諦める。あれはいくらでも代えが効くものだし、わざわざ固執しなくてもいい。アイテムも大体は消耗品だから、金で買えるものばかりだ。


「植物の種だけは、マズい気がするんだ」

『……アー』


 ミヤコが何か察したらしい。警備NPCのくせに妙なところで人間味があるな。


『調査開拓員レッジニ関スル情報ハ警備NPCニモ共有サレテイマス。ナノデ、“種瓶”オヨビ原始原生生物ニツイテモ基礎的ナ情報ハアリマス』

『状況ノ危険性ヲ見直ス必要ガアリソウデス』


 なぜ警備NPCが俺の情報を共有しているのかは置いておく。それよりも、ミヤコたちも俺が街に戻らない理由を理解してくれたようで何よりだ。


「俺の予想だが、“Unknown”は捕食した生物の遺伝子情報をコピーするんだろう」


 奴の見た目は一見すると死体を寄せ集めたようなグロテスクなものだ。しかし間近に見てみると、それらが組織的に一体であることが分かる。つまり、寄せ集めのように見えても全体で一つの個体なのだ。

 更に奴は俺の“蟒蛇蕺”を取り込んだ。その後、俺が育てたものよりも体積的に多い蟒蛇蕺を手足のように使っていた。

 これらの点から、奴は単に死体を取り込むだけではないことが分かる。奴は生物を咀嚼し、自身の体の一部とした上で使う。もしもその中に、俺が残してしまった原始原生生物の遺伝子が取り込まれてしまったら……。


『警告。前方デ微カナガラ異音ヲ検知シマシタ』


 ナナミの報告。

 音がしたと言うことは、何かが動いているということだ。それはつまり、追いついたのだろう。


「ここから先は俺でなんとかするつもりなんだが……」


 ナナミとミヤコを連れてきたのは、道中の索敵や視界の確保を手伝ってもらいたかったからだ。なんだかんだ道中で話して愛着も湧いてしまったし、二人には帰ってもらいたいとも思い始めていた。


「二人は情報を持ち帰って――」

『ソウイウ訳ニモ行キマセン』

『我々ハ調査開拓員ノ安全ヲ確保スル義務ガアリマス』

「だよなぁ」


 きっとそう言うだろうと分かっていた。だから俺も強くは言わない。代わりに、道中の原生生物から拾い集めたドロップアイテムを地面に並べる。


「二人はフィールド上のオブジェクトも自由に破壊できるんだろう? ちょっとこれを加工してくれないか」


 警備NPCたちはさまざまな機能を小さな筐体に詰め込んでいる。強靭なマシンアームや、レーザー照射機、更には電磁超振動ブレードまで。それらを使えば、生産スキルを持ったプレイヤー程とは言わないまでも、簡単な加工はできるはずだ。

 俺がそういうと、ナナミとミヤコは唖然とした様子でピカピカとカラーランプを光らせた。


━━━━━

Tips

◇“土喰豚ダートピッグ

 地中にある特定のキノコを主食とする豚に似た原生生物。キノコを探して地面を掘る姿からその名が付けられた。

 前足と下顎が掘削器のように発達し、硬い地面を掘り進むことに適応している。嗅覚が鋭く、微かに香るキノコの匂いも逃さない。


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