第1002話「予備機と警備機」
キメラに殺された俺は、事前にバックアップ登録を行っていた〈ホムスビ〉のアップデートセンターで目を覚ました。派手な黄色いカラーリングの予備機体に意識を流し込まれていた。
「よっ!」
動作確認もそこそこに、俺はアップデートセンターを飛び出す。都市の端にあるトロッコの発着場には、すでに人だかりができていた。レティたちがキメラのことを管理者へ伝えてくれたのだろう。
坑道から帰ってくるトロッコには調査開拓員たちが鮨詰めになっていたが、出ていく荷台は空だ。
「二十八番は……。これだな」
第二十八大坑道へ向かうトロッコを見つけて乗り込む。しかし、いざ出発とレバーに手を掛けたその時、突然警備NPCたちが飛んできた。
『現在、第二十八番大坑道ヘノ立チ入リハ制限サレテイマス』
『トロッコカラ降リテ下サイ』
「げぇ。ホムスビめ、仕事が早いな!」
どうやら俺の予想以上に事態は早く動いているらしい。街から離れるトロッコが空だったのは、そもそも乗車することが許可されていないからだったのか。
しかし、徒歩で現場に戻るのはあまりに遅すぎる。俺は、両腕を掴んで引き摺り下ろそうとしてくる蜘蛛型の警備NPCたちをがっちりと掴む。
「つべこべ言ってる暇はないんだ。一緒に行くぞ」
『ハ?』
警備NPCにあるまじき間の抜けた声。一瞬の隙を突いて、俺はレバーを蹴る。なだらかな傾斜の上に停められていたトロッコは重力にしたがって動き出し、俺と二機の警備NPCを乗せて走り出した。
『警告! 警告!』
『現在、第二十八番大坑道ヘノ立チ入リハ制限サレテイマス』
『即刻トロッコカラ降リテ下サイ』
「ええい。動き出したトロッコは止まらないんだ!」
『ブレーキレバーヲ引イテクダサイ!』
「そんなものはない!」
赤いブレーキレバーに腕を伸ばす警備NPCの動きを阻む。
「くっ、このっ!」
『警告! 警告!』
『放シナサイ! 放シナサイ!』
しかし、蜘蛛型NPCの腕は8本もある。二機合わせて16本だ。予備機体では換装パーツによるサブアームも展開できないし。俺は四肢を封じられてしまう。警備NPCというだけあって、その力はレティのような戦闘特化型よりもはるかに強い。
「ええい、このトロッコにブレーキはない!」
『アアッ!?』
俺を羽交締めにしようとする警備NPCたちともみくちゃの乱闘を繰り広げながら、槍でブレーキレバーを叩き折る。威力も最低限のベーシックスピアではあるが、警備NPCの力を借りればあっけないものだ。
『警告! 警告!』
『即刻トロッコカラ降ロシテ下サイ』
「そろそろ腹括れ! もう止まらん!」
『警告! 警告!』
わちゃわちゃと慌てる蜘蛛型警備NPC二機と黄色い予備機体を乗せて、トロッコはグングン速度を増していく。ホムスビは普段からトロッコ線路の整備にしっかり予算を割いてくれているようで、屑鉄や岩石の転がる坑道内でも滑らかに走る。
「おっと? 邪魔なもんがあるな」
『警告! 警告!』
『ココヨリサ先ハ立チ入リ制限区域デス!』
順調に走るトロッコだったが、やがて前方の線路上に黄色と黒の虎柄をしたテープが見えた。赤い警告灯もじゃらじゃらと付いていて、その意図は馬鹿でも分かるようになっている。
『降ロシテ……降ロシテ……』
「今降りたらそろこそ大惨事だろ」
ブレーキレバーの吹っ飛んだトロッコは、馬鹿みたいにまっすぐ突き進む。ギラつく警告灯を通り過ぎ、立ち入り禁止のテープをその重量で突き破る。
すでにトロッコの速度は上がりきっている。ここから落下でもすれば、たとえ頑強な警備NPCであっても腕の2、3本は覚悟しなければならないだろう。
「さて、テントは無事かね……」
坑道の中を駆け抜けるトロッコの上から前方の暗闇を睨む。ランタンの一つでも灯せれば視界も明瞭だったのだが、あいにく予備機体ではそれもできない。
俺は速度と時間から大体の現在地を計算しつつ、床でしょぼくれている警備NPCたちを抱え上げる。
『警告! 何ヲスル!』
『即時解放シナサイ!』
「そろそろ身構えとかないと危ないぞ。ほら、暴れるな」
もがくNPCたちを宥めすかしつつ頭の中でカウントを下げていく。
「――3、2、1ッ!」
『アッ!?』
頃合いを見計らい、トロッコから飛び出す。警備NPCたちのランプが驚いたように点滅するなか、トロッコは車止めにぶつかって豪快に吹き飛んだ。
脱線して箱を凹ませ、見るも無惨な姿になったトロッコを見て、警備NPCたちもそこに自分の姿を重ね合わせたのだろう。俺が何か言わずとも、大人しくなった。
「さ、こっから先は歩きだ。護衛頼むぞ」
『警告! 速ヤカニシード02-ホムスビヘ帰還シナサイ!』
「フィールドのど真ん中で何言ってるんだ。ここまで来たんならもうちょっと付き合ってくれよ」
『警告! 我々ハ誘拐サレマシタ!』
「はいはい」
ぷんぷんとカラーランプを明滅させる警備NPCの文句を聞き流しつつ、大坑道最奥から横に伸びる枝道へと入っていく。枝道と言っても、大坑道の次に大きな坑道だ。幅も高さも、エイミーが隊列を組めるほど広い。等間隔で照明も付いているし、視界には困らないだろう。
「こっちだ!」
『警告! コノ先ハ危険指定区域デス!』
「そんなもんになってたのか。どおりでさっきからアラートがうるさいわけだ」
『アラートニ従ッテ下サイ!』
視界が真っ赤に迫ってワンワンとけたたましい警告音が鳴り響いている原因がわかった。分かったところで、それに従うとは限らない。
「このへんだったような……。あったか」
坑道から更に細い
何せここは謎のキメラが現れた場所。そしてレティたちも太刀打ちできず、俺があっさり殺された場所。
地中深くへと潜り続け、そこで見つけたのは、無惨にも叩き壊されたテントの残骸だった。
「チッ。もうちょっと手心加えてくれても良かったんだぞ!」
高価なテントがまるで紙のハリボテかのように壊されている。もはや回収しても、修理よりも新造した方がマシなレベルだ。
俺は周囲の気配を探り、何もしないことに違和感を抱く。
このテントをくしゃくしゃにした犯人は、すでに移動してしまったらしい。これまでの道中で遭遇していないということは、他の枝道に入ったか、もしくは――。
「奥か」
テントを乗り越える。
予備機体のこめかみあたりに取り付けられた小さなライトが視界を照らす。地面には大きな爆発の跡と共に巨大な重量物が動いた足跡がしっかりと残っている。それは枝道の奥へと引き返しているようだった。
町の方へ向かって被害を広げなかったのは不幸中の幸いといったところだろう。しかし、状況はあまり芳しくない。
「俺の機体がない。野郎、持っていきやがったな」
テントの前で倒れているはずの、俺の機体がなくなっていた。少しでも一矢報いようと体内の爆弾を起動して自爆したのだが、それでもブラックボックスは残っているはずだ。だが、それすらいくら探しても見つからない。
「お前らも探してくれよ」
『報告。発見デキマセン』
『ブラックボックス、オヨビ調査開拓用機械人形ト思シキ残骸ハアリマセン』
蜘蛛型警備NPCたちも地面を歩いて探索を手伝ってくれる。トロッコから飛び降りるのを手伝ったおかげか、多少は素直になってくれた。――ここまで来たら諦めがついたという説もあるが。
「しかたないな……」
『調査開拓用機械人形ノ喪失ハ残念デスガ、許容サレテイマス』
『所持品、スキル情報ハ消失シマスガ、諦メマショウ』
蜘蛛型NPCたちが俺を見上げて来た道を引き返すように腕を引く。俺は彼らを抱え上げると、歩き出した。――坑道の奥へ。
『何ヲヤッテルンデスカ!?』
『警告! 今スグ帰還スルベキデス!』
「大事なもの取られてそのまま引き下がるわけにもいかんだろ。そら、行くぞ」
『警告! 警告!』
『離シナサイ! 離シテ!』
もがく警備NPCたちと一緒に、俺はキメラの後を追いかける。
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Tips
◇蜘蛛型警備NPC“Soldier-19”
様々な状況に対して対応できる多脚高機動警備NPC。悪路走破性能、運動能力に秀で、標準的な電磁警棒以外にも多くの武装を装着できる拡張性の高さを持つ。
各都市の警備活動など広汎な任務に投入されており、第十九世代ではそれまでの経験もフィードバックされ、更に扱いやすくなっている。
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