第1001話「緊迫した会議」

 ――レッジが死んだ。

 その情報は瞬く間に惑星を駆け巡った。レティたちによって知らされたその事実を受け、ホムスビは第二十八大坑道の閉鎖隔離措置を即座に実行。内部で作業中の全調査開拓員は緊急停止アンプルによる離脱が命じられた。

 同時にT-1は全調査開拓員に緊急事態を宣言し、管理者全員を召集。〈万代の宴〉に協力する一部の調査開拓員にも緊急の召集を掛けた。


『というわけで、レッジが殺されたのじゃ。いち調査開拓員が行動不能に陥っただけであれば些か過剰な反応ではあるが……』


 集合場所として徴収された〈大鷲の騎士団〉の本拠地〈翼の砦〉、大会議室。そこで大きな円卓を囲む面々を見渡しながらT-1が焦燥感を露わにしながら口を開いた。


『幸か不幸か、レッジは複数台の大型カメラによって『高精度撮影』を行っておった。そのデータはテントに内蔵されているアンテナを通じて彼の個人クラウドストレージへと送られておる。それを管理者権限を用いて検分し、今回の措置に踏み切ったのじゃ』


 T-1は言葉に合わせて各員に分析したばかりのデータを渡す。


『これは……』


 それを見た者は絶句し、目を剥き、またウェイドのように重苦しい声を漏らす。

 無数の原生生物をぶつ切りにして、強引に寄せ集めたような異形の姿がそこにあった。レッジが撮影していた戦いの一部始終が何度も何度もループする。それを見ていた誰もが、キメラの特殊な能力を理解した。


『正体不明の敵性存在――仮に“Unknown”と呼称するのじゃが、これは高度な知性もしくは模倣能力を持ち、更に開拓史上前例のないほどの高い再生能力を有しておる。それにより、この映像にも記録されておるように、調査開拓員の技能スキルや行動を寸分違わず模倣し、リアルタイムで戦術を進化させておるようじゃ』


 T-1の判断によりあらゆる規定の手続きを飛び越えて独断専行の声も噴出しそうな強引な措置へ踏み切った理由。それが、“Unknown”の能力だった。


「レティさんとトーカさんは、これと戦ったんですね」


 映像の中から、“Unknown”の行動に〈杖術〉と〈剣術〉の動きを見出したアストラが確かめる。〈ホムスビ〉から急いで〈スサノオ〉の会議室へと飛んできた彼女たちは重々しく頷いた。

 T-2から交戦時の詳しい情報が求められる。


「レティたちは黒ミミズ……先ほどT-1さんにも報告した不可視の存在に対して追加の調査を行うために第二十八大坑道へと入りました。そこでイザナギさんが黒ミミズを見つけて、シフォンと一緒にスケッチをしました」


 成り行きで尋問のような空気を覚えつつ、レティはできる限り詳細に、時系列に沿って説明を行う。

 イザナギとシフォンも彼女の言葉に間違いがないことを首肯で認め、二人が描いた黒ミミズの絵も提示される。


「ですが、ご覧のようにシフォンとイザナギさんの間で“黒ミミズ”の視認に差異があることが判明。その直後、黒ミミズが突如として消えました。レティたちはその間、護衛のため坑道奥へと進み原生生物の討伐を行っていました」

『安全確保の討伐って言うには、レッジたちと距離が離れてねェか?』

「うぐぅ。そ、それは……。興が乗ったと言いますか……」


 サカオの鋭い指摘にレティは窮する。とはいえ、レティたちが調子に乗って原生生物を殲滅しかけることは多々あるため、〈白鹿庵〉や他の調査開拓員たちからは違和感なしと主張された。これもまた日頃の行いゆえである。


「初めにキメラ……えっと、“Unknown”の存在に気づいたのはLettyです」


 レティはそう言って、隣に座る自身によく似た少女に続きを託す。バトンを受け取ったタイプ-ライカンスロープの少女は、慣れない管理者との対話に緊張しつつも口を開く。


「ええっと、私はレティさんのスクショを連写してて……。それで、一歩引いたところにいたのでそれをいち早く察知できました」

『その時のスクショはあるかの?』

「あ、はい!」


 Lettyは促されるままスクリーンショットの画像データをT-1に送る。200分の1秒ごとにシャッターを切られた写真は、軽快なステップで赤髪を広げて戦うレティの姿を鮮やかに捉えている。

 コマ送りのようにわずかな差異を見せる写真をめくっていくと、坑道の奥、天井を支える柱の影から黒い靄のようなものが滲み出す様子が写っていた。それは徐々に大きくなり、同時に周囲に散乱している原生生物の屍にまとわりついていく。そして、レティとトーカが気づいた時には、レッジの残した映像にあるような巨大で禍々しい姿となっていた。


「最初は未確認の名持ちネームド個体だと思いました。なので特に考えず切り掛かりました」


 そう言うのは悔しげに唇を噛むトーカである。当然、彼女の攻撃がどうなったかは容易に想像できるとおりであった。


「レティも加勢して、三人で叩きました。――今となっては、それが悪手でしたね」

『後悔先に立たずじゃな。お主らの行動は間違っておらぬ。今回は事態が事態じゃ』


 項垂れるレティを慰めるようにT-1が言う。

 しかし、彼女の言葉もまた真実である。レティ、トーカ、Letty、〈白鹿庵〉が誇る物理アタッカー三人の一斉攻撃を受けた“Unknown”は、彼女たちの戦術を文字通り体に叩き込んだ。死体を寄せ集めた体を動かし、刀と鎚を作り上げ、それを振るう術を知った。


『流派技は使いましたか?』

「〈彩花流〉の『花椿』と『絞り桔梗』、真髄『紅椿鬼』を使用しました」

「〈咬砕流〉は『咬ミ砕キ』、『轢キ裂ク腕』、『蹴リ墜トス鉄脚』を」

「あ、あとは『呑ミ混ム鰐口』も……」


 トーカたちが指を折りながら挙げていく技の数々に、大会議室の空気は重く苦しいものとなる。更に何度も何度もループしている映像の中では、レッジが〈風牙流〉の『群狼』を放っている姿もしっかりと記録されていた。


「〈白鹿庵〉が誇る攻撃力を武器にする原生生物……。これはなかなか厄介だにゃあ」


 〈黒長靴猫BBC〉のケット・Cがヒゲを震わせる。


「大規模な攻性機術で一気に消し飛ばせばいいんじゃないの?」


 楽観的なことを言うのは〈七人の賢者セブンスセージ〉のメルである。広大なフィールド全てを範疇に収める強烈なアーツを用意できる彼女たちだからこその言葉ではあったが、管理者や指揮官たちの見解は苦しい。


『“Unknown”の再生能力が未知数じゃからのう。細胞の一片でも残っていればよいとなれば、難しい。万が一失敗すれば大規模機術でも倒せない強敵に成る可能性もある』


 高度な模倣能力と再生能力を持つ“Unknown”を確実に倒すには、模倣させる隙を与えず、再生能力を超える威力で倒すのが理想である。しかし、肝心の再生能力はごく初期の段階でも〈白鹿庵〉のアタッカー三人の一斉攻撃を凌ぐほどのものであった。下手に生き残り、アーツにまで耐性を付けてしまえば手に負えなくなってしまう。


「俺が行きましょうか?」

『早まるでない。お主がいけばそれこそドツボにハマるじゃろ』


 今にも聖剣を抱えて会議室を飛び出しそうな青年を、T-1は諌める。調査開拓団最強戦力である彼の動きを覚えられてしまえば、もう止められない。


『あの』


 議論が停滞した時、ふいに手があがる。

 周囲から視線を集めながら、ウェイドはおずおずとT-1に向かって口を開いた。


『結局“Unknown”と黒ミミズに関連はあるんですか?』


 T-1は今思い出したように眉を上げると、円卓の一角に着いている二人の少女に目を向けた。


『クナドとブラックダークが調査しておるが、進展はあるかの?』


 あまり気の進まないような、何かを覚悟するような表情で尋ねるT-1。会議が始まってから今までずっと沈黙を保っていた黒衣の少女が、にやりと不敵に笑みを浮かべる。


『クックックッ……。あれは真名すら失伝した古の神、忘れ去られた伝説、もしくは深き眠りについた呪いの残滓。黒龍の叫びが岩に染み込み、滲み、溜まった澱。穢れの根源、もしくは腐敗の断片。あらゆる生きとし生けるもの全てが忌み嫌い、死せる邪悪が好むもの。際限なく溢れる力の奔流。大河に生きる雨粒、といったところか』

『クナド』


 ブラックダークの朗々とした語りを聞き流し、T-1は側で頭を抱えている少女を呼ぶ。


『……封印されている黒龍イザナギの呪いが周囲に滲み出したもの、といったところね。呪いという表現も正しくはないけど、そこはあまり関係ないわ。とにかく、私たちの封印しているものが、力を増しているということ』

『薄々そうじゃないかとは思っていましたが……』


 クナドの通訳を聞いて、ウェイドが額に手を当てる。

 レティの隣に座るイザナギが、不安を露わにしていた。


『やはりアレは、黒龍イザナギ……総司令現地代理イザナギを発端とするものでしたか』


 イザナギが傷だらけの体を震わせる。


『クナド。あれがイザナギであるというのなら、それは杭による封印が緩んでいるということではないのか?』

『その可能性は高いわ。だから、何処かにある他の封印杭を発見し、損傷がある場合はそれを修復すれば、“Unknown”の活動を止められるかも』


 クナドの言葉に、T-1は希望を見出した。


『であれば、やることは変わらぬのう。――“術式的隔離封印杭探索作戦”の遂行を急ぐほかないじゃろ』


 指揮官の示した方針にその場に居合わせた全員が頷く。敵は強大だが、力の根源を抑えてしまえばどうということはない。少なくとも、今の段階ではその理論で動くほかない。

 少なからず責任を感じているレティたちが早速立ち上がり、会議室の扉へと向かう。その時だった。


『ぬえぇっ!?』


 突然、ホムスビが頓狂な声をあげる。その場にいた全員が驚き目を向ける中、彼女はあわあわと震えながら口を開く。


『どうした、何があったのじゃ!?』


 詰め寄るT-1。ホムスビは混乱しながら、口を開く。


『ええと、その、ちょ、調査開拓員レッジが――予備機体のまま“Unknown”に再戦してるっす!』


 予備機体。

 行動不能に陥った調査開拓員が、その意識とも言える基幹データをインストールされる仮の機体。各都市のアップデートセンターに配備されており、調査開拓員はそれを操って自身の機体を回収しに向かう。

 必要最低限の運動能力しか持たない、簡素な機体である。当然、未知の敵性存在どころかそこらのボスエネミーでさえ一蹴できるほど脆い。


『ばっかもーーーーんっ! 今すぐあやつを止めるのじゃ!』

『は、はいいいっ!』


 T-1の怒号が響き渡る。ホムスビは半泣きになりながら、慌ててレッジの入った予備機体に向かってコールを送るのだった。


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Tips

◇予備機体

 行動不能に陥った調査開拓用機械人形を回収するために使用される特殊な機械人形。黄色いカラーで塗装されており、よく目立つ。調査開拓員の基幹データを保管し、元の調査開拓用機械人形にデータをインストールすると、自動的に自立飛行形態へと変化し、アップデートセンターへと帰還する。


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