第998話「プリン休憩」

「ほら、あーん」

『んあー』


 近くの売店で買ったプリンをスプーンで掬い、大きく口を開いているイザナギへと差し出す。彼女はぱくりとそれを食べると、幸せそうに目を細めた。


「むぅ。イザナギさんって普通に自分で食べられますよね」

「レッジはちょっと甘やかしすぎなんじゃないの?」


 そんな様子をテーブルに肘を突いて見ていたレティたちから厳しい声が放たれる。俺はプリンにカラメルを絡めながら、まあまあと彼女たちを宥める。


「イザナギの体はまだ傷だらけだからな。そのうち、これもちゃんと治してやりたいんだが」

『腕、動かすと痛い。んあー』

「この前の料理王決定戦のときは普通に自分で食べてたじゃないですか!」


 レティは耳をピンと伸ばして抗議する。


「れ、レティさん、それなら私があーんをして差し上げますよ!」

「そう言う話じゃないです!」


 プリン片手ににじり寄るLettyは一蹴される。それでもなぜか幸せそうな顔をしているので、彼女に関しては放っておいてもいいだろう。

 俺はイザナギの頭を撫でてプリンをテーブルに置き、レティの方へと向き直る。


「仕方ないな……」

「れ、レッジさん? うぇへへ……。あ、あーん」


 レティは食べかけだった自分のプリンを置き、目を閉じて口を開いた。


「ほら、どうぞ」

「あー。あ? ……なんですか?」


 目を開けたレティはテーブルの上を見て首を傾げる。


「プリンが足りないならそう言えばいいのに。ほら、余分に買ってるから」


 俺がインベントリから取り出したのは、まだ封を開けていないプリンだ。カミルへのお土産として買ったものだが、あとで買い直せば問題ない。レティはすでにバケツプリン七つを食べているが、まだまだ食べられるみたいだ。


「……おじちゃん、そう言うとこだよ」

「えぇ?」


 なぜかジト目でプリンをつつくシフォン。俺は彼女の指摘の意味が分からず首を捻った。

 〈アマツマラ地下坑道〉で黒ミミズを見つけ、T-1に報告した俺たちは、一度〈ホムスビ〉まで戻って休憩を取っていた。その間にT-1から折り返し連絡があって、更に黒ミミズの具体的な情報を求められたのだが、カメラにも映らないものをどうやって調べればいいのか、少し悩んでいるところだ。

 とにかく黒ミミズを見つけたイザナギはお手柄だということで、彼女の希望によって〈ホムスビ〉の街中にあるとある喫茶店でプリンを食べていた。


「ラクトはプリンそんなに好きじゃなかったか?」


 テーブルを見渡して、ラクトの手が止まっているのに気づく。レティが数十倍の大きさのバケツプリンをバクバク食べていた隣で、彼女は普通のプリンをまだ食べきっていなかった。

 普段から甘いものをよく食べている姿を見ていたから、少し意外だ。

 ラクトは困ったように眉を寄せて笑う。


「甘いのは好きだよ。でも、プリンはどうしてもバフ食のイメージがあって」

「ああ、なるほど」


 プリンはスイーツとしても人気だが、FPO的にはバフを目的に食べられることも多い。特に機術師にとってはもっともオーソドックスなバフ食となるようで、ラクトもプリンアラモードなどをよく戦闘前に食べていた。

 てっきり、それが好きだから食べていたのだと思っていたが、そういうわけではないらしい。


「もしかして、レティがいっぱい食べているのもバフが目当てだったのか?」

「あれはただの食欲だよ」

「やけ食いってやつね」


 俺の鋭い推理は瞬時に撥ねられる。


「まあ、レティの食欲があればフードファイターも適性あると思うけどね」

「フードファイター?」


 大食い選手権は総なめだろうな、と頷くもどうやらそういう意味合いの言葉ではないらしい。


「漢字だと薬喰闘士とかだっけ?」

「〈調剤〉と〈料理〉、それと戦闘系技能1種が要件のロールですよ。食品バフの効果が増えるアビリティがあって、戦闘中に色々な料理を食べるスタイルのロールなんです」


 曖昧なラクトに代わってレティが補足してくれる。


「なんというか、脇腹が痛くなりそうだな」

「なかなか扱いの難しいロールではあるようですよ。大食いと早食いが求められますから」


 それならレティにピッタリじゃないか、と思った。けれどレティの隣でLettyが青い顔をしていたので口をつぐむ。Lettyはレティと違って大食いはあまり得意ではないようだしなぁ。


『パパ、次はあれが食べたい』

「はいはい。っと、結構並んでるな」


 プリンを食べ終えたイザナギが指差したのは、クレープを売っている露店だった。彼女は金を持っていないから必然的に俺が並んで買うことになるのだが、何やら列が長い。というより、周囲の人の密度が高くなっているようだ。


「街全体に人が増えてるのか?」

「そうみたいですね」


 話に夢中になっていたレティたちも今気付いたのか、周囲を見渡す。〈ホムスビ〉の街中はイベント中ということもあって平時より賑わっていたが、今はそれにも増して人が多い。

 ただでさえ地中で暑苦しい街が、更に熱気を帯びているようだ。


「あー、これが原因っぽいわね」


 ブラウジングしていたエイミーが声を上げる。彼女が見せてくれたのは、どこかの情報系バンドが運営しているニュースサイトのようだった。


「“騎士団がソロボルに有効打!”……?」


 そこのトップにデカデカと掲載されていたのは、〈大鷲の騎士団〉による攻撃がソロボルにダメージを与えたというニュースだった。

 何やら多くの生産系バンドを巻き込んで開発した特別な弾丸を撃ち込んだらしい。


「この弾丸に使われてるのがアマツマラのログボの高度上質精錬特殊合金らしいのよ。で、その弾丸を量産するべく結構な投資がされてるみたいで、各種鉱石も値上がりしてるってことみたいだわ」

「なるほどなぁ」


 どこにでも目敏い奴がいるということだろう。

 アマツマラから褒賞品として貰える高度上質精錬特殊合金は、今の所プレイヤーによる生産に成功していない非常に希少なアイテムだ。それをイベント初日の段階で集めて弾丸にしてソロボルにぶっ放すアストラたちも大概だが、それによって突破口が見えた。

 高度上質精錬特殊合金はまだ作ることができないが、絶対に作れないものをアマツマラが用意するわけもないだろう。きっと、技術研究が進めばプレイヤーでも量産できる日が来る。それを実現するべく、すでに巨額の資金が動いている。


「となると、坑道も賑わいそうですねぇ」


 金属加工技術の研究には、当然大量の鉱石が必要になる。それらも値上がりしているから、坑夫としてはフィーバータイムといったところだろう。この稼ぎどきに稼がない理由がない。


『採掘任務を受注した方はこっちのトロッコで希望の坑道まですぐ行けるっす! 金属精錬任務はあっちの大精錬炉が使えるっすよ!』


 人の賑わいに紛れて聞こえるのは、ホムスビの大きな声だ。彼女もこのビッグウェーブに乗るべく張り切っているようだった。


「坑道での調査でも人が多くなりそうですね」


 急激に増えてきた人の数を見て少し疲れたような表情でトーカが言う。


「黒ミミズに危険性はない、と思いたいんだけどなぁ」


 普通にしていれば見ることも触ることもできない黒ミミズだが、調査の過程で何かしら危険度を増すかもしれない。そうなった時、周囲に人が多い状況だと巻き込む心配が出てくる。


「これは慎重にことを進めないといけないかも知れないわね」


 守りの要であるエイミーもキツく拳を握って言う。


「まあでも、黒ミミズが見つかったのは結構奥の方だろ? そうそう危険なことにはならんだろう」


 そう俺が楽観的に言うも、彼女たちは訝しみの視線を向けてくるのだった。


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Tips

◇魅惑の壺プリン

 〈ペニーおじさんのスイーツ〉が提供する特別なプリン。とろーりとろける魅惑の甘さ、新感覚のほろ苦カラメル。期間限定フレーバーや、ビッグなバケツプリンサイズもご用意しております。


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