第997話「龍を討つ一撃」

 第二開拓領域〈ホノサワケ群島〉、第三域〈老骨の遺跡島〉。月蝕の夜、突如として海から現れた巨大な原生生物“蒼枯のソロボル”が上陸したその島は、現在もその長大な体躯がとぐろを巻いて鎮座していた。

 交通の要であるヤタガラスの鉄橋を破壊され、迎撃拠点フツノミタマも修復した側から破壊されるなかで、調査開拓団は辛酸を舐めさせられていた。

 “蒼枯のソロボル”の体表を覆う分厚い鱗は非常に硬質で、尚且つアーツによる攻撃に対しても強い耐性を見せていた。様々な毒物の投与も受け付けず、一斉攻撃によってなんとか数ミリの体力を削ったところで、ものの数分でそれも癒えてしまう。

 圧倒的な格差、力の隔絶を、調査開拓員たちは身をもって思い知らされた。


「穿孔炸裂榴弾装填、照準定め」


 だが、彼らは諦めてはいない。

 〈老骨の遺跡島〉上空でけたたましいローター音を響かせる航空機の一群。濃緑色の装甲備えた機体の横腹を大きく開き、胴部に備え付けた大型の火砲を飛び出させている。その照準がソロボルの胴体を雑に捉える。どうせどこを狙っても同じなのだからと、一種の割り切りがそこにあった。


「エネルギー充填始め」


 火砲の機関部には、極太のケーブルがつながっている。その先にあるのは巨大な滑車である。


「うおおおおおっ!」

「ぐるああああっ!」


 ホイールの中で待機していた屈強な男たちが、唸り声を上げながら走り出す。彼らが一歩足を踏み込むたびに車軸が回転し、エネルギーを作り出していく。高度な技術を複雑に絡み合わせ高効率を実現した最新式のBB生産装置が雄叫びをあげる。


「充填率30%」


 火砲の側面に取り付けられたメーターが青く染まり始める。

 ハムスターのように滑車を回す男たちは、1秒でも早くそのメーターを染め切らんと懸命に走る。


「充填率50%」

「対象の反応を確認。レーザービーム!」


 ソロボルが僅かに身を震わせる。分厚い鱗の隙間から飛び出した円筒状の器官が膨れ、熱源反応を示す。オペレーターが叫んだ次の瞬間、眩い光が迸り、光線が航空機へと迫った。


「『撹乱する三重障壁』ッ!」


 だが、その光線が機体を貫くことはなかった。

 防御機術師によって迅速に展開された三重のバリアが、それを阻んだ。直撃を受けて砕けた障壁の破片が、まるで鏡のように光線を四方八方へと拡散した。それによって著しく威力を減衰させたレーザービームは、ついに火砲へ届くことはなかった。


「再度熱源反応! 今度は数が多い!」

「くっ! 『撹乱する――」


 だが、その光線もただのジャブに過ぎない。

 息つく暇もなく、更に多くの円筒器官が熱を発して膨らむ。次々と放たれた無数の光条が航空機のでっぷりとした胴部を狙う。防御機術師が慌てて詠唱を始めるが、予備動作の時点で遅れてしまっては間に合わない。

 光が迫る。


「――聖儀流、二の剣。『神罰』ッ!」


 迫る光線を、滑らかな斬撃が斬り払う。

 死を覚悟した調査開拓員たちに光の槍は届かず、それはあらぬ方向へと飛んで霧散する。驚きを持って機体のはるか下方を見下ろす調査開拓員たちの目に、一人の青年の姿が映った。


「団長!」


 誰かが叫ぶ。

 金髪を風に靡かせ、その青年は爽やかに笑う。


「射撃準備を続行! せっかく開発してもらった弾を無駄にするな!」

「了解です!」


 最大手攻略バンド〈大鷲の騎士団〉団長アストラ。彼の威風堂々とした声を受け、騎士団員たちは迅速に動き出す。

 BB生産装置に乗り込んだ男たちが再び走り出し、BBエネルギーの充填を再開する。五割ほど溜まっていたエネルギーは更に増加を始める。

 ソロボルもまた、次々とレーザービームを放つ。巨大な体に無数に並ぶ円筒器官から矢継ぎ早に放たれる。


「3秒ごとに交代だ。アーサー!」


 アストラは大きく翼を広げる大鷲の足を掴み、空へと飛び上がる。

 次々と迫る光線を、空中で振るう両手剣の斬撃によって切り落とす。その現実味のない動きに、地上、上空双方の騎士団員たちが唖然とする。


「もう団長だけでいいんじゃないかな」

「そんなわけないでしょ。早くバリア張って!」


 いかに最強の騎士団長といえど、自由に空を飛べるようになったわけではない。彼は自身の相棒の翼を借りて上空高くに飛び上がり、そこから落下しているだけだ。

 アストラが飛行機を守れるのは3秒程度が限界。その間に冷却を済ませた防御機術師がアーツの準備を進める。


「『撹乱する三重障壁』ッ!」


 〈機術技能〉による無数の自己バフで能力を強化した防御機術師によって、再び透明な障壁が構築される。それはアストラが再び飛翔するまでの3秒間をギリギリ防ぎきり、再び構築の準備が始まる。


「エネルギー充填率80%!」


 その間、彼らの努力を無駄にしないためにも二人の発電係ハムスターたちが懸命に走る。その運動エネルギーが回転エネルギーに、そしてブルーブラストという高密度のエネルギーへと転換され、機術銃砲へと充填される。


「90%!」

「射撃準備、安全装置解除! 輪唱詠唱開始!」


 発射まで秒読み段階に突入する。

 控えていた三人の機術師たちが、LPを摩耗させながら長い詠唱を一斉に紡ぎ始める。調査開拓員一人では到底構築できない大規模な術式が組み上がる。

 〈ダマスカス組合〉〈プロメテウス工業〉〈ビキニアーマー愛好会〉その他多くの生産者たちによる技術の粋が詰め込まれた最新鋭の機術銃砲と、そのために作られた特殊な穿孔炸裂榴弾。それらを動かすための舞台が整う。


「いつでも!」


 引き金に指を添えた銃士が叫ぶ。

 砲身のメーターは99%を超えた。

 三人の詠唱が結ばれる。


「発射!」


 オペレーターの声。

 次の瞬間、それすら掻き消す号砲が響き渡った。

 猛烈なローター音すら塗り隠す爆発音。反動もそれに見合った勢いで、安定感が売りの大型輸送機が大きく傾く。

 機体に乗り込んでいた射撃班は開け放たれたドアから落ちないよう必死に掴まりながら、放たれた特大の弾丸の行方を追う。

 アマツマラから貰えた高度上質精錬特殊合金。その中でも特に耐久性と機術伝導性に優れたいくつかの種類を選別し、一つの弾丸へと加工した。貫通属性を高めた攻性機術を纏ったそれは、堅固を誇るソロボルの鱗を僅かに食い込む。


「着弾! 固定確認!」

「爆破!」


 少し体を揺らせば、すぐに振り落とせる程度。だが、それだけでも十分だった。

 機術が根を張るようにして瞬く間に弾丸を固定させ、信管を切る。内部機構が動く。


「耐ショック姿勢!」


 閃光が広がり、爆轟が鳴り響く。

 火炎が吹き上がり、もうもうと煙が雲を作る。

 その衝撃は輸送機を吹き飛ばし、四つの回転翼のうちソロボルの方へと向けていた側面の二つが呆気なく破壊される。ゆるく旋回しながら墜落していく機体の中から、射撃班は大きな歓声を上げていた。


「貫いたぁ!」

「ざまーみやがれ!」

「いよっしゃああああああっ!」


 多くの調査開拓員たちが総力を結して作り上げた一発の弾丸。それが、ソロボルの背を深く抉り、吹き飛ばしていた。

 首をしならせ天を睨んだ巨龍が憤怒と激痛に叫ぶ。その咆哮は島の原生生物たちを畏怖させる。だが、調査開拓員たちにとっては勝利を実感させる福音だった。


「対ソロボル攻撃検証、第287号。判定、効果あり!」


 地上の拠点でモニタリングしていた情報解析班から結論があげられる。

 それは即座に全団員、関係各所へと通達される。


「ようやく突破口が開けたか」


 木の上に立ち、暴れのたうつソロボルを眺めながら、アストラは感慨深く息を吐き出す。

 穿孔炸裂榴弾は、〈万夜の宴〉にてアマツマラの褒賞品として貰える高度上質精錬特殊合金、さらにその中でも一部の種類のものをかき集めなければ作ることができない。量産が効かない以上、これだけでソロボルを打ち倒すことは不可能だ。

 しかし、調査開拓団の攻撃がソロボルの牙城を崩したこともまた事実。その結果が、一番欲しかったものだった。


「見ていてください、レッジさん。俺はやりますよ」


 若き騎士団長ははるか彼方、地下にいる男に向かって決意の言葉を放つ。それが彼に届いていないとしても、アストラにとっては十分だった。

 彼はすぐさま身を翻し、まずは海に墜落した射撃班の救出を急がせる。〈ダマスカス組合〉の安全装置がいかに堅牢といえど、海に浮かんでいては他の原生生物に襲われる可能性もある。

 アストラはキャンプへと戻る。その足取りは軽やかだった。


━━━━━

Tips

◇試作機術装着穿孔炸裂榴弾-No.9

 〈ダマスカス組合〉〈プロメテウス工業〉〈ビキニアーマー愛好会〉〈ナリタ技術研究所〉〈PP W〉〈豊藤重工〉〈ルビーコイン商社〉〈みけみけ〉〈大鷲の騎士団〉〈七人の賢者〉による共同開発によって完成した特殊な弾頭。通常の機術封入弾とは全く異なるアプローチによって作られ、その運用には非常に多くの人員を要する。

 特定の状況に対して絶大な威力を発揮するが、量産は困難。


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