第996話「黒ミミズと通訳」
「はーーはっはっはっ! 脆い、脆いですよ! こんなので
「血を浴びるまでもなく、容易く切れてしまうとは。なんと弱いことか! これでは稽古にもなりませんっ」
全身を硬い金属で覆った巨大なミミズが、大鎚によって爆砕される。長い年月をかけて取り込み、身に纏った自慢の鎧があっけなく曲がり、粉々に砕け、中の柔らかな肉を潰されている。
怒り狂う別のスチールワームも、勢いよく首をもたげたところを鋭い斬撃によって輪切りにされていた。
「あの二人が暴れてるだけでフィールドが片付いていくんだから、楽なもんよねぇ」
「はええ……。地形に対するダメージが大きすぎる気がするけど」
解き放たれたレティとトーカが地中に巣食う大ミミズの群れを爆殺している様子を見ながら、エイミーが呑気な声で言う。隣に立つシフォンは、圧倒的な暴力の余波によってクレーターや斬撃痕の刻まれた坑道を見て不安そうにしている。
〈白鹿庵〉メンバー勢揃いで〈アマツマラ地下坑道〉へとやって来たレティたちは、ひとまず【坑道安全確保】という任務を受注した。俺はイザナギと一緒に観戦しているだけだが、特に手を出す必要もないくらい圧倒的な力で立ちはだかる原生生物たちを薙ぎ払っている様子はなかなか爽快だった。
「Lettyはあそこに参加しないのか?」
レティとトーカ、いつもの特攻隊長たちがバリバリ突撃しているわけだが、何故か彼女を信奉するLettyはその中に加わっていない。どうしたのかと気になって見てみると、彼女はじゅるりと唇を舐めていた。
「ふへへ。レティさんの勇姿……。どこを撮ってもベストショットだわ。かっこいい……!」
どうやら、彼女はスクショ撮影に夢中らしい。
「Lettyもカメラやってみるか?」
「あ、〈撮影〉スキルを取る余裕はないので」
「そんな……」
中古で良ければカメラも貸してあげるつもりで声をかけると、そっけなく一蹴される。彼女はレティのスキルビルドの完全模倣をしているわけだから、断られて当然といえば当然なのだが。
「レティ、カメラやるつもりないかねぇ」
「撮るより写るタイプだしねぇ」
しょんぼりと肩を落とすとラクトが慰めてくれる。
「ラクトはどうだ?」
「わたしはレッジに撮ってもらうから」
「ぐぅ」
俺がカメラやってるから、誰もカメラやらないのか? でもカミルはカメラ気に入っているみたいだしなぁ。彼女はもう俺が渡した中古の型落ちでは満足できなくなったようで、自分の給料から色々と買い揃えている。この前、彼女の部屋を覗いたらデカいレンズが生えていた。
しかし、まだイベントもはじめということもあり、解放されている任務の難易度もそう高くない。おかげで猛獣二人を放し飼いにしておけば談笑する余裕すらあるのだが、正直退屈である。
『パパ』
「うん? どうした、何かあったか?」
打撃と斬撃の余波でボロボロになっていく坑道を眺めていると、くいくいと裾を引かれる。視線を下げればイザナギと目が合った。
『ミミズ』
「ミミズ? ああ、安心していいぞ。あれはレティたちが対峙してくれるから」
てっきり絶賛殲滅中のミミズのことを言っているのかと思ってそう答えるも、彼女はフルフルと首を振って否定する。
『ちっちゃいミミズ。あっち』
「ちっちゃいミミズ?」
どうやら、レティたちが相手取っているものとは別件らしい。イザナギもこんな姿ではあるが、その実態はT-1と同等かそれ以上の権限を持つ上位の存在。今回のイベントでも重要参考人に指定されている。彼女の言うことは聞いておいたほうがいいだろう。
「エイミー」
「はいはい。用心しながら進むわよ」
暇そうにしていたエイミー、ラクト、シフォンと共に歩き出す。Lettyとミカゲは連絡要員としてそこに残すことにした。
『こっち』
イザナギは短距離の瞬間移動を繰り返しながら、坑道のブランチへと入っていく。大坑道から枝分かれした小坑道の、更に枝分かれした細道だ。明かりも乏しく余裕もない隙間に、エイミーは窮屈そうに身を捩じ込む。
「エイミーは大変そうだねぇ」
「こればっかりは仕方ないわよ。胸とお尻がつっかえちゃって」
「ぬぬぬっ。わたしだってリアルだったら!」
ラクトはなぜか自分から喧嘩を売りに行って、煽り返されていた。タイプ-フェアリーのスリムなボディは、ブランチでもするすると抵抗なく進むことができる。Lettyのように、現実の体と大きく差異があるとうまく動けないタイプの人もいるらしいが、ラクトはそういうわけではないらしい。
「わわっ!?」
暗い穴を進んでいると、突然シフォンが声を上げる。すわ敵襲かと俺たちが素早く臨戦態勢を取る中、彼女は瞳を怪しい紫色に光らせながらあたりを見渡す。
「何かあったのか?」
「えっと、その……。わっ!?」
シフォンは驚きながら、壁の一角を指差す。しかし、そこに光を向けてみても、何かを見つけることはできない。ただ硬い岩盤の壁があるだけだ。
「み、見えないの?」
「何にも。シフォンは何が見えてるの?」
「ええと、ええっと……黒いミミズ?」
おそらく〈占術〉スキルのテクニックによって、通常の視界には映らない何かを見ているのだろう。そして、それは黒いミミズのようだという。
「イザナギ、これのことか?」
『うん。ミミズ』
どうやら、イザナギが見つけたのもコレらしい。
しかし、俺やエイミー、ラクトは途方に暮れてしまう。見えないものを相手にするのは、なかなか難しいことだ。しかも、厄介なことはまだある。
「うーん、攻撃できそうにない……。そもそも触れないね」
おっかなびっくり壁をつついていたシフォンが狐耳をぺたんと伏せる。
黒ミミズとやらは攻撃するどころか、触ることすら難しいらしい。となれば、今の俺たちにはお手上げだ。
「イザナギ、これはなんなんだ?」
『ミミズ?』
「うーん……」
イザナギの説明も要領を得ない。彼女もこの正体を知らないのか、もしくは忘れてしまっているのか。
とはいえ、このタイミングで彼女がこれを見つけたという事実が重要だ。この件はすぐにT-1へと連絡しなければならない。幸いなことに、ここは地中深くだが整備が行き届いた坑道だ。回線も安定しているし、ホイッスルを吹かずともT-1と直接連絡が取れる。
「もしもし、T-1か? こちらレッジ、〈アマツマラ地下坑道〉でイザナギが妙なものを見つけた。視界には捉えられない黒いミミズみたいなものらしい。写真も撮れないんだが――」
『でかしたのじゃ! それは何であれ黒神獣に関連する何かしらじゃろう。妾らも正体までは推定できぬが、他の重要参考人にも聞いてみるのじゃ』
「了解。何か分かるまではそっとしとくよ」
喜色を滲ませるT-1との通話を終え、ひとまずその場から離れることにする。黒ミミズの調査は、上の方で何か指示があった後にすればいいだろう。
「早速お手柄だな、イザナギ」
『イザナギ、えらい?』
「えらいえらい。帰ったら美味いもん買ってやる」
初日から功績を上げたイザナギは、髪を撫でて褒めてやる。彼女はぱっと目を輝かせ、猫のように頭をこちらへ押し付けてきた。
━━━━━
レッジから報告を受けたT-1は、共に巡回している“術式的隔離封印杭探索作戦”の重要参考人、クナドとブラックダークの元へと向かう。今の所立場があやふやなところのある二人ではあるが、今回の〈万夜の宴〉ではそれぞれ褒賞品も用意している立派な参加者だ。
彼女たちの意義は、イザナギが発見した残滓についての情報である。T-1も喪失した第零期先行調査開拓団に関連する情報は彼女たちしか知り得ない。
『そういうわけで、不可視の黒ミミズについて何か思い当たることはあるかのう?』
T-1は、巡回トラックの側にある露店で働いている二人を見つけると、早速事情を説明して情報を求める。揃いのエプロンを身につけたクナドとブラックダークは、しばし考えたのちに眉を下げた。
『我が深淵なる叡智の大海はどこまでも広くそして深い。その堅牢たる扉を叩けど、答える声があるとは限らぬ。知の番人は屈強かつ狭量だ。故にその声を聞くにはさらに扉を叩かねばなるまい。番人を呼び起こす
『は?』
腕を組み、滔々と語るブラックダーク。彼女の言葉を聞いたT-1の口から若干の苛立ちを含んだ声が飛び出した。
『いろいろ思い当たることはあるけど、情報が少なすぎて断定できないから、もうちょっと具体的なことを教えろってことよ』
クナドが翻訳し、T-1は瞠目する。
『一行で収まることをどれだけ膨らましておるのじゃ。報告は簡潔にするのが基本じゃろうに』
『クククッ。我が叡智はその小さき手のひらで救い切れるほどの雫ではない。大いなる海を飲み干そうとする愚者は、腹が裂ける痛みでもってその愚かさを知ることとなるのだ。たとえ世界を越える大船であろうと、この言葉の重みを解せぬ者はただ愚鈍なる碇となって海底で錆び、朽ち果てるのだ』
『あ?』
『膨大な知識をそのまま渡そうとしたら、いくら〈タカマガハラ〉でも演算能力足りなくて負担がかかるって』
『だからそう言えばいいじゃろ!?』
ブラックダークと共にクナドがいてくれたことは何よりも大きな収穫だったかもしれない。T-1は彼女の通訳に強く感謝しながら、そんな思いを痛切していた。
ともあれ、情報が足りないためブラックダークも黒ミミズの正体を絞りきれていないというのが結論である。T-1はレッジたちにもう少し調査を続けるよう、すぐに連絡を送ったのであった。
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Tips
◇
〈アマツマラ地下坑道〉深部に生息する原生生物。鉱物を捕食し、体組織に取り込むことができる。長く生きた個体はとても頑丈で、非常に危険な存在となる。
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