第995話「牛追いと業火」
シード01-スサノオに程近い穏やかな丘陵の広がる草原地帯。牛型原生生物を中心に気性の穏やかなエネミーがのんびりと草を食む〈牧牛の山麓〉には、ゆったりとした平和的な時間が流れていた。
「ヒャッハーーーーーッ! 仔牛は放牧だァアアアア!」
「うぇえええええいっ!」
そんな和やかなムードを切り裂いて、草原の地平から騒がしい一団がやって来る。大型バイクのエンジンを唸らせて、革ジャンとサングラスでスタイルを決めた厳つい男たちが飛び出してくる。
彼らは次々とフィールド上に散在している牛たちを取り囲み、バイクの爆音で追い立てていた。
「テメェら、走り屋の怖さを思い知らせてやれ! 畜生どもを震え上がらせろ!」
暴走族を率いるリーダー格、筋骨隆々のタイプ-ゴーレムの男が叫ぶ。彼の声に応じて、機械が更に炎を上げた。
慣れない爆音に驚き半狂乱となった牛が、飛び上がって暴れ出す。立派なツノで手当たり次第にバイクを突き上げ、吹き飛ばしていく。
「ぐわーーーっ!?」
「ぬわーーっ!?」
「落ち着けぇい! 冷静に距離をとって動きを見やがれ! こいつらは直線的にしか動かねぇだろうが!」
大型バイクもろとも吹き飛んでいく荒くれ者たちにリーダーが呼びかける。それを聞いた男たちは次第に冷静さを取り戻し、バイクを巧みに動かして牛の反撃を避けていく。
「リーダー! そろそろ合流ポイントっす!」
電動チャリで爆走していた仲間の一人が、金のモヒカンをたなびかせながら叫ぶ。それを聞いた男――〈闇鴉〉のジョン助は不敵に笑い、仲間たちに向かって声を張り上げた。
「テメェら気張れ! あともう少しだ!」
「うおおおおっ!」
無数のバイクが轟きながら、縦横無尽に草原を駆け回る。それに追い立てられる牛たちは、自ら気付かぬうちにフィールドの一角へと集まり始めていた。
バイクの一団が向かう先には、また別の牛の群れが既に走っていた。その群れの背後から、次々と火柱が噴き上がる。
「うおおっ!?」
「なんだァ? ありゃぁ!?」
牛の群れを追い詰めていく巨大な炎に、男たちが驚き目を見張る。
「〈
ジョン助はそう言って、バイクのアクセルを握り込む。気筒が炎を吹き上げ、オフロード仕様の極太タイヤが柔らかな草を掻き散らす。
〈闇鴉〉のバイク集団はやがて、草原の北からやって来た機術師の一団と合流を果たした。
「よう、そっちも景気良くやってみるみてぇだな」
バイクを巧みに操り、ジョン助は機術師たちへと接近する。火炎放射器にも似た機術演算機を装備した男たちは、メラメラと燃え盛る炎を振り撒きながら豪快に笑った。
「炎こそが獣に原初の畏怖を与えるもの! よって我らにかかれば、このような牛追い容易いことよ!」
「そりゃあ結構。一気に南と西の奴らとも合流するぜ」
「任せろ。我らが炎によって迷える獣たちを導こうではないか!」
火炎を渦巻かせ、周辺一体を焦土に変えながら、火属性機術特化バンド〈爆裂爆発爆走組〉が動き出す。彼らの機動力は、火炎放射器と一体となったブースターバックパックである。その吹き上げる炎を推進力に変えて、彼らは牛を追い立てていた。
「そぅら、あともう少しだ!」
ジョン助たち〈闇鴉〉の面々も負けてはいられない。
彼らもバイク、原付、チャリ、自動車といった乗り物で草原を爆走し、広大なフィールドにいくつかの群れとして散らばっていた牛たちをかき集める。
〈闇鴉〉と〈爆裂爆発爆走組〉の進行方向、〈牧牛の山麓〉の中央には、すでに大量の牛が集まっていた。
「ちっ、向こうの方が速かったか」
それを見たジョン助は悔しげに舌を打つ。
フィールドの南端、西端からも、彼らと同じように牛を追い立てる集団があった。時間を示し合わせ、一斉に動き出したはずだが、東端を担当していたジョン助たち〈闇鴉〉は少し遅れてしまっていたようだ。
「うひゃぁ、すごい光景っすね」
チャリでバイクと並走していた〈闇鴉〉のメンバーが、丘に囲まれた緩やかな盆地に集められた牛の群れを見て歓声をあげる。まさに犇くという表現がぴたりと当てはまる、なんとも壮大な光景だった。何百、何千という巨大な牛たちが、その身が擦り合うほどの密度で集まっている。
巨大な牛の集団の中に、更に〈闇鴉〉や〈爆裂爆発爆走組〉が追い立ててきた群れも合流し、更に規模は膨れ上がる。
牛たちの声は束になり、空を震わせるほどの大合唱となっていた。
『こちら南チーム、合流完了』
『西チーム、合流したよ』
『北、合流した』
「東もだ。合流完了。いつでも行けるぜ」
共有通話回線に、次々と報告が上がる。ジョン助もその中に加わりながら、この後に起こることを期待して興奮を昂らせていく。
『――了解。それじゃあ、一気にやってしまおう』
共有回線に、少女の声が響く。続いて、七人の声が重なり、歌うように“詠唱”が紡がれる。
「テメェら! 範囲内から出るんじゃねぇぞ!」
ジョン助が声を張り上げ仲間たちに厳命する。他のバンドも、皆同様に注意喚起を行う。牛たちが集められた盆地を取り囲むように、円形の光るラインが引かれる。そこからパキパキと音を立てて薄氷のドームが形成され、内部のものを隔離する。
「ぐわああっ!? り、リーダー、つま先が!」
悲鳴が上がり、ジョン助がぎょっとする。見れば、〈闇鴉〉のメンバーが一人、足をライン上に置いていたせいで爪先から先を氷の向こうに飛び出させていた。
「ばっきゃろう! もうどうにもなんねぇぞ!」
「ひえええ!?」
堅固な氷によって固定された足は押しても引いても動かない。泣きそうな顔のモヒカン男に、周囲のモヒカンたちが同情の目を向けていた。
そんな事態にもかかわらず、長い長い詠唱は止まらない。止められない。すでに動き始めている。
『――輪唱機術。『煉獄』』
それが結びの言葉だった。
火属性の極み、機術の至高、火力の限界を突き進む、大機術師。“炎髪”のメルとその仲間たちによる、一切の加減を知らない超広範囲大規模燃焼機術。
〈牧牛の山麓〉という広大なフィールドの全域を射程に納める常識はずれの機術によって、青々とした草花の繁茂する草原が一転火の海に呑まれる。天に届くほどの業火は草を焼き、大地を焦がし、巨大な獣のように暴れ回る。
「おお、おお……。流石の火力。これこそが爆裂の極み、爆発の至上!」
真空氷結結界越しにもその灼熱を感じさせるような荒ぶる火炎に、〈爆裂爆発爆走組〉のメンバーが恍惚とした表情で膝をつく。彼らにとっての到達点が、そこにあった。
炎は業風によって吹き上がり、更に勢力を高めていく。雷が次々と大地へ突き刺さり、また大地そのものもグラグラと鳴動する。全てを蹂躙する圧倒的な力のうねりが、長閑な草原を完膚なきまでに破壊していた。
『よし、そろそろ消化しよう。ミオ、よろしく頼むよ』
『はいはーい』
目の前の地獄のような光景には似つかわしくない少女たちの声が、共有回線に流れる。炎はフィールド全域を焼きつくし、もはや黒い炭と白い灰しか残っていない。それでもまだ物足りないと荒ぶる炎だったが、突如天を黒雲が包み込む。間も無く降り注ぐ雨粒は急激に勢いを増し、やがて大地を飲み込む大洪水を引き起こす。
炎は消え、雷は静かになる。大地に雨が染み渡り、風が穏やかになる。
「すっげぇなぁ」
「流石〈|七人の賢者《セブンスセージ〉、やってることがバケモンだ」
目の前で繰り広げられた天変地異に、牛追いたちが呆けた顔で驚愕を口にする。
その時、彼らの視界の端に表示されていた任務の進行状況が一斉に変化を知らせた。
『特別任務【〈牧牛の山麓〉環境調整任務】が進行しました』
そのアナウンスに、ジョン助たちも喜びの声をあげる。
第二次〈大規模開拓進行;万夜の宴〉、“第二開拓領域開拓侵攻作戦”における、コノハナサクヤ管轄の特別任務が、大幅に進行していた。長年の開拓活動を通じて、徐々に地力を落としていたこのフィールドを、一気に回復させるための一手である。
「おお、見ろよ!」
誰かが驚きの声を上げる。
ジョン助たちが真空氷結結界の外に目を向けると、黒々とした荒野に疎な緑が見え始めていた。炎によって焼き払われた草花が慈雨と共に大地へ溶け込み、新たな命の糧となったのだ。
「牛を全部集めるって聞いた時にゃあどうなるかと思ったけど……」
「こりゃあすごいな!」
本来、この焼き畑のような任務において原生生物の保護は求められていない。それでもわざわざ他バンド間で連携を密にしながら集めて保護していたのは、作戦の打ち合わせにおいて〈闇鴉〉から意見が挙げられたからだ。
「流石に牛も全部巻き込んで焼き殺すのはかわいそうだろう?」
「そりゃそうだ!」
ジョン助の言葉に、厳つい笑みを浮かべた男たちが賛同する。
結界が解かれ、自由の身となった牛たちは、再び芽吹き始めた大地へと散っていく。あの草が成長すれば、牛たちの力の源となるだろう。そうして、再び循環が始まるのだ。
「リーダー! これ見てくださいよ!」
急激に緑に染まっていく焦土を眺めていたジョン助に、昂った声が届く。何事かと慌てて駆けつけてみてみれば、先ほど爪先が結界から飛び出していたメンバーだ。彼は興奮した様子で、自身の爪先を見せる。
「ほら、焦げたところから若葉が!」
ダメージは受けていないとはいえ、スキンやブーツは焦げてしまった男の爪先に、小さな緑の葉っぱがついていた。それは確かに根を伸ばし、懸命に成長を続けていた。
爪先から若葉を生やす仲間を見たジョン助は思わず吹き出す。
「はっはっはっ! いいじゃねぇか。そのまま頭まで根っこ生やしてもらえ」
「そりゃあいい。そっちの方が賢くなるかもしれねぇな」
「そ、そんなぁ」
ゲラゲラと笑う仲間たち。爪先から若葉を生やした男は、困り眉で弱々しい声を上げるのだった。
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Tips
◇『煉獄』
1.5TB級大規模燃焼機術。調査開拓員一人で発動することはできない、大規模かつ強力な機術。広範な周囲一帯を悉く焼き尽くし、全てを灰燼へと化す。その威力は生態系すら左右し、運用を間違えれば環境に不可逆的なダメージを与えることとなる。
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