第994話「大剣お嬢様」※

 撮影用小型ドローンを起動すると、上下のプロペラが静かに回り始める。そっと手のひらの上から投げるようにして飛ばし、小さく開いたウィンドウで画角を調整する。

 待機画面では、すでに5,000人を超えるリスナーが集まっていて、チャットで和気藹々と話している。その様子を見てくすりと笑いながら、諸々の最終確認を終わらせて、最後に前髪を少し調整する。


「――よしっ」


 気合いを入れて、笑顔をつくる。

 配信開始ボタンをタッチすれば赤いランプが点灯し、ドローンの映像と音声がネット上にアップロードされ始める。事前に用意していたオープニングが軽やかなBGMと共に流れ、配信画面に私の顔が表示された。

 コメントの流れが一気に加速していくのを見て、私も明るい声をあげる。


「皆さん、こんにちワルキューレ! ワルキューレ三姉妹が長姉、テファですわー」


◇エインヘリアル

こんにちワルキューレ


◇エインヘリアル

こんにちワルキューレ


◇エインヘリアル

こんワル


◇エインヘリアル

こん


◇エインヘリアル


 ワルキューレ三姉妹。私、テファを長姉として、レスタ、ノルンと三人でやっている無所属個人の配信者。私たちはリアル姉妹でもあって、元々はVR系ゲームの配信者としてスタートした。今ではほとんどFPO専門になってしまったけれど、たまに他のゲームでも配信している。

 流れてくる挨拶に対応しつつ、開幕から次々と飛んでくる有料チャットに感謝を伝える。無所属個人の配信者だけど、私たち姉妹はこれで稼いで生活しているから。エインヘリアルの皆さんは文字通り私たちの支えだ。

 原作だと、私たちがエインヘリアルを支えるはずなんだけれどね。

 ある程度コメントが落ち着いてきたら、早速今日やることを発表する。


「今日の配信で何をするか、もう察しがついていらっしゃる方々がほとんどでしょうね。以前はレッジさんの調査開拓員企画として実施されたイベントの第二弾、〈万夜の宴〉に参加いたしますわよー!」


 第二次〈大規模開拓侵攻;万夜の宴〉。元は一プレイヤーの調査開拓員企画だったものが、今回はついに公式によって開催される一大イベントとなった。前回も楽しく参加させてもらったこのイベントに参加しないという選択肢はなかった。


◇エインヘリアル

なぜユーザーイベントが公式になってしまったのか


◇エインヘリアル

ユーザーイベントの規模じゃないからだろうね


 流れる呆れを含んだコメントの数々に、私も苦笑して同意する。

 FPOには有名なトッププレイヤーが何人も存在するけれど、あのおじさんほどぶっ飛んでいる方はなかなかいない。それこそ、ゲーム内最強と言われる某騎士団長よりも知名度は高いかもしれないくらいだ。

 そんな有名人が周囲を巻き込んで開催した第一次〈万夜の宴〉は、その時にはすでにユーザーイベントの規模をはるかに超えていた。管理者と呼ばれる特別なNPCたちを何人も動員したおかげで、おじさんが運営の中の人ではないかという噂がまことしやかに囁かれた。

 第二次で正式に公式イベントとなったことで、その噂はさらに信憑性を増してしまったわけだけど。


◇エインヘリアル

テファ姉さんは誰推しですか?


◇エインヘリアル

テファ姉は誰に投票するんだろう


◇エインヘリアル

おしゃぶりもらおう


「ふふっふん、やはり皆さん気になっているのは同じ所のようですわね。レスタとノルンはまたそれぞれのチャンネルで今回のイベントの参加方針を語っていると思いますが、私はとりあえず、“術式的隔離封印杭探索作戦”に参加しようと思っていますのよー」


 第二次〈万夜の宴〉では、三つの小作戦がある。さらに十五人のNPCの誰かから任務を受注してこなすことで、そのNPCに投票することができる。いわば、このイベントはNPCの人気投票だ。

 いまのところ私が参加を考えているのは“術式的隔離封印杭探索作戦”という小作戦。T-1、スサノオ、ウェイド、キヨウ、サカオといった人気の高い管理者たちが担当となりながらも、調査開拓領域全域を管轄とする難易度の高いものだ。


◇エインヘリアル

T-1か


◇エインヘリアル

おいなり案件かぁ


◇エインヘリアル

ヨーコテファも見てみたいからぜひモデルチェンジして欲しいです


◇エインヘリアル

俺も杭探しに参加してる


◇エインヘリアル

ごめんなさい。杭探しには行けません。いま、アマツマラ地下坑道にいます。本当はテファ姉さんが恋しいけれど、でも今はもう少しだけ、知らないふりをします。俺が掘っているこの土塊も、きっといつか、この星の建築物になるから。


◇エインヘリアル

レスタちゃんは窟獣の廃都に行ってるんだっけ?


◇エインヘリアル

コボルドと聞いて喜び勇んで行ったら白ハゲオオカミが出てきて泣いてたのも懐かしい話だ


◇エインヘリアル

三人で一緒になんかやったりしねぇの?


「いずれノルンやレスタとも一緒に遊ぶと思いますわ。とりあえずはじめの数日は各自自由に動いてみようという方針ですの!」


 妹たちも既に各自のチャンネルで配信を始めているはず。三人で一緒に遊ぶことも考えたけれど、とりあえず初日は手分けして全体の様子を探ることにした。

 コメントでも言われている通り、レスタは〈窟獣の廃都〉を中心に活動するようだった。小作戦としては“地底部開拓侵攻作戦”、そこの担当管理者はオモイカネだから、レスタは彼女の下で働くことになる。

 末妹のノルンは“第二開拓領域開拓侵攻作戦”に参加する。攻略最前線を押し上げる、一番激しい戦闘の予想されるところで、目下のところは突如現れたものの安静を維持している“蒼枯のソロボル”討伐のために〈大鷲の騎士団〉が中心になって準備を進めているところだ。担当管理者としては、ノルンはミズハノメについていくらしい。


「私はまだどなたの下で働こうか決めていませんのよねぇ。スサノオさんのお人形も可愛いですし、ウェイドさんのチョコレートも美味しそうですわ」


 “術式的隔離封印杭探索作戦”ではT-1、スサノオ、ウェイド、キヨウ、サカオのいずれかの下で働くこととなる。それぞれの褒賞品はどれも魅力的で、今でもまだ決めきれていない。


◇エインヘリアル

ウェイドのチョコおいしかったよ


◇エインヘリアル

スパイスは肉に掛けて焼くだけで美味い


◇エインヘリアル

テファ姉さん花貰っても仕方ないでしょ


◇エインヘリアル

食べ物にしとけば安牌だよ


「失礼ですわねぇ。――まあ、今日のところはウェイドさんからチョコレートを頂きましょうか」


◇エインヘリアル

太るよ


「うるさいですわ!!!」


 失礼な視聴者を一蹴しつつ、マップを確認する。管理者たちは各自担当小作戦の範囲内を定期的に巡回している。杭探しは既知のフィールド全てが範囲となるから、事前に好評されているスケジュールを確認してから移動しなければ会うのも大変だ。

 確認したところ、ウェイドは〈鎧魚の瀑布〉にいるらしい。初日の一番最初の時間帯ということもあり、基本的にホームから巡回も始まるのかもしれない。

 ヤタガラスに乗り込み、一息に〈ウェイド〉へと向かう。


「瀑布に来るのも久々ですわねぇ。いつもより賑やかな気がしますわ〜」


 霧立ち込める森の中では、木々を切り倒す澄んだ音があちこちから響いてくる。伐採や採掘といった採集は〈万夜の宴〉の任務でもポイントを稼ぎやすい部類にあるものだから、人気が高いのだろう。

 しばらく町を離れて川沿いに上っていると、やがて少し木々を切り倒して開いた場所に丸みを帯びたフォルムのトラックが止まっているのが見えた。周囲に人だかりができているのを見るに、あれがウェイドさんの巡回チームなのだろう。


『お食事の方はこちらに並んでください!』

『特別任務の受付はこちらでーす!』


 たくさんの人たちに向かって声を張り上げているのは上級NPCたち。流石に管理者といえど一人でこの量を捌くのは難しいからだろう。蜘蛛型やドローン型の警備NPCも大量に配備されていて、フィールド上でも安全を確保しているのがよくわかる。

 私はそんな巡回キャンプの様子を撮影ドローンに納め、配信に流す。


「すごい人ですわねぇ。ウェイドさんの人気がよく分かりますわ」


◇エインヘリアル

事前予想でも結構上位だった気がする


◇エインヘリアル

可愛いからね、ウェイドちゃん


◇エインヘリアル

俺もウェイドちゃんからチョコレートもらったよ


 ウェイドは管理者のなかでも人気の高いひとりだ。さらさらと流れる銀髪に、透き通った青い瞳。少しツンと澄ましているけれど、それもまた可愛らしい。その出自には例のおじさんも関与していて、一番最初に生まれた管理者ということで彼がらみの厄介ごとを投げられる苦労性なところも人気を呼んでいる。


『ウェイドから褒賞品を受け取る方は、こちらの列にお並びください!』


 メイド服を着たNPCに誘導されて、列の最後尾に並ぶ。人は多いけれど迅速なオペレーションで、すぐに私の順番が回ってきた。


『こんにちは、調査開拓員テファ。あなたの〈万夜の宴〉参加を歓迎します』

「よろしくお願いいたしますわ!」


 トラックの側に立っているウェイドがにこやかな笑みで迎えてくれる。彼女はNPCだから私の名前も把握していて当然なのだけど、名前を呼ばれるとやはり嬉しくなってしまう。


『作戦参加の感謝を込めて、ささやかですがこちらをお渡しします』


 そう言って差し出されたのは、リボンのついた小さな箱。中にはちょっと良い価格帯っぽいチョコブラウニーが入っている。めちゃくちゃ美味そうでテンションが上がる。


「ふへっ。――こほんっ。ありがとうございます」


 とはいえ、今の私はお淑やかなお嬢様テファ。ちゃんと丁寧にお礼を言いつつ受け取る。


◇エインヘリアル

テファ姉さんよだれ垂れてるよ


◇エインヘリアル

口元緩んでて草


◇エインヘリアル

庶民だからこんな高級なお菓子なかなかお目にかかれないもんね


 うるさいコメントは一旦無視する。誰が2Kのボロアパート住まいだ。ちゃんと3Kだ。


『特別任務も今から受けてくれますか?』

「そうですわね。何か戦闘系で良いものがあれば」

『調査開拓員テファの実力であれば、このような任務が適格でしょう』


 どうやら、褒賞品ログボを受け取れる一日一回だけ、管理者からも直接任務を受けられるらしい。ウェイドが私のスキル構成を参照して、要望と照らし合わせて最適な任務を選別してくれる。

 とはいえ、まだ累積作戦成果ポイントがまだゼロの私には、そこまで難しい任務は解放されていない。出されるのはこのフィールドに到達できる実力があればこなせる程度のものであるはずだ。


「『鎧魚の生態調査』……」


 いくつか提示された任務は、予想通りどれもそれほど難しいものではない。そのうちの一つ、一番難易度が高く報酬のポイントも多いものを見つける。その任務タイトルを読み上げると、ウェイドはにこりと笑った。


『引き受けてくれますか?』

「ええ。任せてくださいな」

『では、こちらの受注を承認します。――調査開拓員テファ、よろしくお願いします』


 直々に任務の受注が承認され、いよいよ本格的にイベントが始まった。私は背中に背負った赤い大剣をそっと撫でて、大きく胸を張った。


「任せてくださいまし!」


 配信者グループ、ワルキューレ三姉妹。三者三様に個性の豊かな美人姉妹たちが、自由気ままに惑星イザナミを遊ぶ。けれど、その一番の魅力は、私たちが配信者でありながらもトッププレイヤーとして誇れるほどの技量を持つプロゲーマー集団でもあるということ。


「老鎧のヘルム、ちゃちゃっとぶった斬って来ますわ〜!」


 私は数万人に増えたリスナーたちから応援を受けながら、颯爽と走り出した。


━━━━━

Tips

◇撮影用小型随伴ドローン“オウルアイMk.16”

 〈ゴールデンイーグル〉製撮影用ドローン。使用者注目モード、全方位パノラマ撮影モードなどを搭載。前世代よりも更に小型軽量化を図り、更にオウルアイシリーズ最大の魅力である静音性能も5%強化された最新機種。

 実況配信者の使用を想定し、手元で各種機能を操作できるソフトウェアを搭載。〈操縦〉〈撮影〉スキルが25以上あれば、更に高度な機能を使用するプロフェッショナルモードも使用可能。


Now Loading...

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る