第993話「指揮系統」
第二次〈大規模開拓侵攻;万夜の宴〉が始まり、ステージを見届けた調査開拓員たちが三々五々散っていく。俺たちもまた本作戦の主旨に則るべく移動を開始した、そんな矢先にT-1によって引き止められた。
『おーい、どこへ行く気じゃ?』
「T-1? どこって、とりあえずレティたちはアマツマラの任務が気になってるらしいから、そっちに参加してみようかと」
T-1からはイザナギを連れて動けという指示を受けてこそいたが、どこで何をしろとまでは指定されていない。そのため、公正に多数決を取った上で前衛組が手を挙げたアマツマラの依頼を受けようと決めたところだった。
しかし、そんな俺を見るT-1の表情は、まるで言うことを聞かない子供を見る親のようなそれだった。
『主様、一応妾の指揮下にあることを忘れてないかの?』
「ちゃんと覚えてるぞ。ほら、イザナギもここにいる」
傍に立つイザナギの頭に手を乗せる。彼女も俺の方へ身を寄せてきて、敵意や翻意がないことを示す。
T-1はそんな俺たちを見て、あからさまにため息をついて見せた。
『イザナギは“術式的隔離封印杭探索作戦”の重要参考人じゃ。その役目を忘れてもらっては困るのじゃが』
「そういえばそうだったなぁ」
『そういえば、じゃないのじゃ』
クナド、ブラックダークと並んでイザナギもまた術式的隔離封印杭というものに深く関係している。そのため、今回の〈万夜の宴〉で実施される三つの小作戦の中でも“術式的隔離封印杭探索作戦”での働きを期待されていた。
とはいえ“術式的隔離封印杭探索作戦”の実施対象範囲は既知の開拓領域全て、という大雑把極まりないものだ。だから、基本的にどこに行ってもいいものだと思っていたのだが。
『主様を含め、何人かの調査開拓員には特別任務を直接伝えることになっておる。できれば、それに沿って動いてもらいたいのじゃ』
T-1から送られたのは広域マップデータだった。探索作戦の範囲、つまりは既知の調査開拓領域全てが収められており、いくつかのポイントにマークが置かれている。つまりは、このポイントが指揮官たちによって選定された“怪しい”場所なのだろう。
「アマツマラのあたりも入ってるな」
『当然じゃな。あそこの地下に廃都があるわけじゃし』
目的地としていた〈アマツマラ地下坑道〉のあたりにもピンは立てられている。それならば、レティたちがアマツマラの任務をこなす傍で俺もそこを確認すればいいだろう。
『そういうわけじゃからな。ほれ』
「ほれ?」
T-1から更にアイテムが渡される。俺のインベントリに飛び込んできたのは“門出のおいなりさん”というアイテムだった。
「俺は強制的にこれがログボになるのか……」
『とりあえず初日はこれじゃ。明日以降は自由に他の者から貰ってもよいからの。まあ、主様ならおいなりさんを選ぶと信じておるからの!』
「お、おう……」
コノハナサクヤの“謎の種子”が欲しかったとはとても言い出せない。ニコニコと笑顔を浮かべるT-1を乾いた笑いではぐらかし、ありがたく稲荷寿司を受け取った。
「あのー、わたしもおいなりさんが欲しいんだけど」
そこへ手を挙げて入ってきたのはシフォンである。白い狐の尻尾をゆらゆらと揺らして稲荷寿司をせがむ。そんな彼女に、T-1は飛び上がって喜んだ。
『おほー! うむうむ、おいなりさんは沢山あるからの! 持っていくとよい!』
「ありがとう。はえー、美味しそうだねぇ」
上機嫌のT-1から稲荷寿司を受け取ったシフォンは、尻尾を振って喜ぶ。モデル-ヨーコに機体を変更したからか、彼女の好物に稲荷寿司も追加されているらしい。
『お主らもどうじゃ? まだまだたんまりあるぞ?』
「えーっと、えー……。レティはちょっと別のものが欲しくて……」
「右に同じく」
「ごめんなさいね」
勢いのままレティたちにも稲荷寿司を薦めるT-1だったが、気まずい空気で拒否される。レティたちはアマツマラのログボである高度上質精錬特殊合金を目指しているわけで、こればかりはしかたない。
『むぅ。つれないのう。まあ作戦期間も長いからのう。いつでも取りに来てよいからの』
「その時にはぜひ、よろしくお願いしますね」
稲荷寿司の勧誘をやり過ごし、T-1と別れる。とはいえ彼女は彼女で各地を巡回するという仕事があるし、期間中にも幾度となく会うことになるだろう。
『レッジ、ちょっといいですか?』
「ウェイド? どうしたんだ」
ヤタガラスに乗り込もうと歩き出した矢先、再び呼び止められる。今度はウェイドが背後に立っていた。
てっきりもう巡回に出ているものだと思っていた俺は、驚きながら要件を尋ねる。
「何かあったのか?」
『何かって……。貴方は今回の作戦中の立場を分かってないんですか?』
呆れた顔で肩をすくめるウェイド。俺はまだ何か忘れていただろうか。
『貴方はイザナギと共に封印杭を探すのが役目でしょう』
「ああ。それならさっきT-1から――」
『であれば、作戦担当官の私が不本意ではありますが、貴方の直属の担当ということになります。まったく、仕方がないことではありますが、貴方にこれを渡さないわけにもいかないので、わざわざ持ってきてあげたんですよ』
「うん?」
ウェイドからトレードが持ち掛けられる。ウィンドウに表示されたのは、“激励のチョコブラウニー”というアイテムだった。
「えっと?」
『何をぼさっとしているんですか。貴方は私の下で働くんですからね。であればちゃんと褒賞品も渡さなければなりません』
「いや、褒賞品ならさっきT-1から稲荷寿司を貰ったんだが」
『は?』
ツンケンとしていたウェイドが、豆鉄砲を喰らった鳩のような顔になる。
『そんな、貴方は私の部下ということで――』
「封印杭探索作戦のトップってT-1じゃないのか? てっきりそういう認識だったんだが」
『T-1は〈万夜の宴〉のトップですよ!』
「ええ……」
なんで管理者側で指揮系統が交錯しているんだよ。
戸惑うウェイドに呆れながら、ブラウニーは丁重にお返しする。さすがに俺だけログボを二つも貰うわけにはいかないからな。
「ウェイドのところにも結構参加者は来てるんだろう?」
『それはまあ、ありがたいことに……』
なんだかんだ言ってウェイドも人気な管理者だ。オープニングステージが始まる前から彼女の依頼を受けるために動き出しているプレイヤーも多いと風の噂で聞いている。
「俺も明日以降、あいや、明後日以降は別の管理者のところを回る予定だからな。その時にまた頼むよ」
『……仕方ないですね。それで手を打ちましょう』
わざわざ持ってきてもらったのに申し訳ないが、こればかりは仕方がない。ウェイドには丁重に謝り、堪えてもらう。彼女はため息を吐きながらブラウニーを回収する。
『とはいえ、なんの因果か私が貴方の担当になってしまっていることには違いありませんからね。何か変わったことがあったり妙なことを思いついた時はすぐに私へ報告するようにしてください』
「分かってるよ。ちゃんと気をつける」
『気をつけるだけじゃ足りないから言ってるんですよ!』
口うるさい母親のようなウェイドから逃げるように、俺は歩き出す。彼女はまだ話は終わっていないと叫んでいるが、あちらもそろそろ巡回に出かけなければならない時間だろう。
「話は後でゆっくり聞くよ。ウェイドも頑張るんだぞ!」
『貴方に言われる筋合いはありませんよ!』
ぷんぷんとご立腹のウェイドと別れ、今度こそヤタガラスのホームへと向かう。その道すがら、俺と手を繋いで瞬間移動を繰り返していたイザナギがこちらを見上げて口を開いた。
『パパ、人気だね?』
「人気なのかねぇ。どっちかっていうと、目を付けられてるって感じがするけども」
ただのプレイヤーのはずが、いつの間にか要注意人物に認定されてしまっているのだ。ウェイドたちからしてみれば、常に警戒しておかなければならない監視対象といったところなのだろう。
「どうしてこうなったんだか」
「自由にやってきたからじゃない?」
呆れ顔で肩をすくめるラクトの言葉が、痛いところへ鋭く飛んできた。
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Tips
◇ “術式的隔離封印杭探索作戦”
第二次〈大規模開拓侵攻;万夜の宴〉にて展開される小作戦のひとつ。既知の調査開拓領域を抜本的に再調査し、各地に存在するとされている“術式的隔離封印杭”を発見することを目的とする。またそれに伴い、重要参考人からもたらされた未詳文明関連遺物の調査も行う。
担当者はT-1、スサノオ、ウェイド、キヨウ、サカオ。
重要参考人はブラックダーク、クナド、イザナギ。
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