第987話「人力解析」

 アストラの指揮下で〈大鷲の騎士団〉は次々と動き出した。一気に百人規模の人員が投入され、物資も潤沢なものが湯水の如く供給されたことにより、テント村はまさに要塞と言って過言ではない規模へと成長する。


「情報収集戦闘第一陣が終了しました」

「“蒼枯のソロボル”は原始原生生物に近い系統の種族ですね。深海域に適応した甲殻を持っています」

「現在確認できた攻撃パターンは三種。島全体を範囲に入れた超広範囲ブレス、全身の穿孔部から放たれる光線、体を震わせることで近くの対象を振り落とし押しつぶすシバリングプレス」

「こちらからの攻撃はほとんど効果がありません。かなり自己再生能力が高いようで、カグツチによる一斉攻撃で5%ほど削っても3分もしないうちに全回復されました」

「弱点属性は不明。類似する原生生物の特徴などから火属性に弱いと推察されています」


 騎士団の精鋭たちが自身の命を代償に得た情報は多かった。ソロボルに果敢に挑み、散っていた彼らは、〈ミズハノメ〉で生き返って既にこちらに向かっているらしい。

 彼らの到着を待たず、彼らのもたらした情報を元に対策を講じた第二陣が出発する。

 豊富な人員を遺憾なく発揮した騎士団の人海戦術によって、ハイペースでソロボル攻略が進められていた。


「臨時工業プラントの建設完了しました」

「鋼材の供給は既に開始しています」

「応急修理用マルチマテリアルの生産もまもなく始まる予定です」


 騎士団の活躍は戦闘面だけではない。彼らは洋上に巨大なプラントを設置し、そこで物資の現地生産まで行っていた。そこで作られた鋼材や精密部品がネヴァたちの元へと届けられ、各地の〈フツノミタマ〉が次々と復活しているのだ。


「順調そうだな。これなら、そのうち討伐できそうか?」


 なぜかアストラに請われて一緒に報告を聞いていた俺は、一連の状況を確認して希望を見出す。まだ有効打は与えられていないが、情報収集戦闘を続けていけばそのうち糸口も掴めるはずだろう。


「どうでしょうか。少し難しいと思いますが」


 しかし、俺の予想に反してアストラは懐疑的な表情だ。何か懸念事項があるのかと尋ねてみると、彼は眉間に皺を寄せて言う。


「戦闘特化の〈カグツチ〉でダメージを与えられないとなると、かなりの防御力です。物質系スキルホルダーによる攻撃もいまいち効果は上がっていないようですし……。おそらく、何かしらのギミックがあるボスなんでしょう」

「ギミックねぇ」


 一定の条件で行動や性質が変化するボスエネミーは珍しいものではない。ネームドエネミーなども入れると、特定の時間帯でなければダメージが与えられないようなものもいくつか思いつく。

 アストラはソロボルもそういった特殊な条件下でなければ倒せない相手であると考えているようだった。


「現にソロボルは島を取り囲んで一部上陸した状態で、ほとんど動いていませんからね。奇妙なくらいに安全なんですよ」


 騎士団の徹底的な掃討によって猛獣侵攻スタンピードはかなり下火となっている。そうなると、ソロボルがほとんど動いていない事実が浮き彫りになってくる。奴はこちらから何か攻撃をしたり至近距離に入ったりしない限り、ほとんど行動を起こさずただ睥睨しているのだ。


「とりあえず、今の所は情報収集を続けつつ、ギミックの検証を行うところですね」


 アストラはそう結論を出し、部下に通達する。すぐに騎士団員たちが動き出し、第二、第三陣の情報収集戦闘も準備が始まった。


「レッジさん、少しいいですか?」

「どうした?」


 手持ち無沙汰でアストラの仕事ぶりを眺めていると、副団長のアイからお声がかかった。なんだろうと行ってみると、彼女は広いテーブルに大量の紙を広げて途方に暮れていた。


「なんだこれは」

「遺跡島の各地で収集した環境音のデータです。第一陣の情報収集戦闘の際に、何度かイレギュラーな行動が確認されたので、音の方で何かないかと調査しているんですが」


 そう言ってアイは腕を組む。

 紙に記されているのはさまざまな波長の音のデータだ。島のどの地点でどのタイミングでどんな音が聞こえたのかが詳細に記録されている。


「こんなデータ、よく集められたな」

「大きな音であればツクヨミのデータにアクセスすることで取れるんです。それに、遺跡島は各地にフツノミタマがあるので、そこでも録音されてるんですよ」


 フツノミタマはただの迎撃設備とばかり思っていたが、実際はそれだけではないらしい。音声以外にもさまざまな情報を常に集めて記録しており、しかるべきスキルを持つ者であればそれを取り出すこともできるらしい。


「それで?」

「この辺りはすべて、ソロボルが頭を動かした時の音声データです。環境音がかなり多いので解析に時間がかかってるのですが、レッジさんから見てなにか気付くこととかないですかね?」

「うーん、そう言われてもな……」


 彼女に請われて波形の記された紙を手に取る。確かに、見たところ大きな環境音が多くてなかなかうるさい。実際にフィールドに立っている時は聞き流しているが、実は色々な音が周囲から聞こえているのだろう。


「可聴音域外の音も多いな」

「タイプ-ラビットとか、専用装備を着けた者なら聞こえますからね」


 通常では聞き取ることのできない音も幅広く記録されているため、確かに解析は大変そうだ。俺も音声データを扱うのは苦手だから、いまいち想像がしにくい。

 とりあえず波の形だけをざっと見て、パズルの要領で形状を記憶していく。それをアイから教えてもらったソロボルの行動と照らし合わせ、分析していく。


「頼んだ手前失礼ですけど、レッジさんて頭にスパコン搭載してるって噂本当なんですか?」

「そんなわけないだろ……」


 パラパラと紙を眺めて順番を入れ替えていると、アイにそんなことを言われる。一応、ただの人間のつもりなんだがなぁ。


「とりあえず、可聴音域でいくつか類似のパターンがあるな。この辺の音を出してみて、ソロボルが反応したら何かしらあるかもしれない」

「うわぁ、す、すごい……!」


 ペンを借りて、波形に印をつけていく。やったことは間違い探しを見つけるようなもので、それほど難しいことでもない。それでもアイが喜んでくれると協力した甲斐があるというものだ。

 ソロボルが反応した可能性のある音域を見て、ふと気付く。


「歌の領域と似てるよな」

「そうなんですか?」

「まあ、歌なんていろんな波長をカバーしてるから偶然だろうけどな。案外、海底の静けさに嫌気がさして出てきたのかもしれないな」


 冗談のつもりで言うと、アイは真剣な顔で頷く。


「なるほど……。その線も考えてみます」

「いや、ジョークなんだが……」

「レッジさんのジョークはジョークで終わらない時がありますからね」


 慌てる俺に、アイは妙に実感のこもった様子で言うのだった。


━━━━━

Tips

◇『音声解析』

 〈鑑定〉スキルレベル25のテクニック。

 収集した音声データを分析し、その内容を調査する。


Now Loading...

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る