第986話「彼らの到着」
ネヴァたちが〈フツノミタマ〉を直しに回っている間、俺もまたテントで忙しく走り回っていた。
「おっさん、このアセット置いてくれ!」
「キッチンに鍋が足りないわ。寸胴持ってきて!」
「はいよー。ちょっと待っててくれ」
次々と運び込まれる
カミルが居てくれれば彼女にいくつか権限を与えて手伝ってもらえるのだが、今はそんな贅沢も言っていられない。
「急患です! 右腕がぶっ飛んでる!」
「スペアパーツはあったかね……。とりあえずその辺に転がしといて」
洋館の中で一番忙しそうにしているのは救護室だ。なんといっても猛獣侵攻とレイドボスが暴れ回っているのを抑え込もうとしているので、次から次へと負傷者が運ばれてくる。支援機術師とエンジニアが一丸となって対応しているが、そもそもの物資が足りない状況だった。
「アンプル切れた! アーツで回復してくれ!」
「粉ももうほとんどないわよ! その辺に転がしてて!」
野戦病院のような慌ただしさで、誰も彼もが殺気立っている。追加のベッドを持ってきた俺もその中に飛び込む勇気はなく、そっとドアの側に置いて出る。
「スパコンとサーバーラック持ってきたぞ」
続いてやって来たのは情報管理室。鑑定士を筆頭とした調査系スキルを持つプレイヤーが集まり、“蒼枯のソロボル”に関する情報を分析しているところだ。ここもボス討伐の際には何よりも重要な仕事を果たす。
巨大なコンピュータとサーバーを設置して、電源を繋ぐ。すぐにファンが猛烈な勢いで回りだし、排熱を始める。
「ソロボルの情報は集まってるのか?」
「結構厳しいね。レベルが高すぎて鑑定もほとんど拒絶されてる」
進捗どうですかと伺うと、あまり芳しくない返事が返される。ソロボルは正真正銘、調査開拓団が相手取るなかで最も強大な原生生物だ。その鑑定ともなると一朝一夕では終わらない。
少しずつ氷を削るようにして情報を集め、それを解読していく必要がある。
知恵熱を出しながら解析作業を続ける鑑定士たちを激励し、情報管理室を後にする。
「兎にも角にも物と人が足りないな。発電設備もフル稼働だし、これ以上の追加は難しいか……」
他にも置きたいアセットは多いのだが、全て置いてしまうと今度はエネルギーに問題が出る。ブレーカーが落ちて情報管理部のサーバーが飛んだらそれこそ取り返しがつかない。
「おっさん! ちょっと来てくれ!」
あれやこれやと考えながら走っていると、玄関の方から呼び寄せられる。
「すまん、あと調理室と休憩室を回って――」
「そんなのいいから! 早く来てくれ!」
何やら切羽詰まった様子を感じ取り、予定をキャンセルして玄関に向かう。外の砂浜に出た俺は、上方から吹き付ける豪風に思わずたじろいだ。
「おわっ!? なんだ!?」
まるで台風が直撃したかのような猛烈な風。それが巨大なプロペラによって巻き起こされたものだと気づいたのは、強烈なライトが砂浜を照らしたからだ。
「レッジさん、やっぱりここにいましたね!」
暴風にも負けない爽やかな青年の声が轟く。まさかと思って見上げると、闇に紛れていた巨大な輸送機のタラップが開き、そこから一人の調査開拓員が飛び降りてきた。
「アストラ!?」
「〈大鷲の騎士団〉第一戦闘班および第一支援班、第一生産班、推参しました!」
砂浜にクレーターを作りながら、アストラが華麗な着地を決める。彼に続いて次々とロープが降ろされ、それを伝って銀鎧の騎士たちが次々と現れる。
「猛獣侵攻とレイドボス出現の初期対応、ありがとうございます。ここからは俺たち騎士団に任せてください」
俺の前に立ち、アストラが白い歯で笑う。
調査開拓団最強の男が率いる最大手攻略バンドが、現地に到着したのだ。
「陣地形成を急げ! 重装盾兵で周囲を固め、安全確保を!」
周囲に響き渡る声で命令を下すのは、騎士団副団長のアイである。彼女の指示で大勢の騎士たちが一斉に動き出す。
崩れ掛けていた戦線が瞬く間に押し上げられ、即座にバリケードが築かれる。複数人の高レベル支援機術師による大規模な範囲回復機術が展開され、救護室で転がされていたプレイヤーたちのLPを急速に回復させていく。
ホバリングしている輸送機から次々と大型ストレージが投下され、そこからテントや各種資材などが運び出される。キャンパーたちが俺の洋館を中心として、更に拠点を広げていく。
「情報収集戦闘の用意を! 3分後に第一陣は出発します!」
機獣や手懐けた原生生物に跨る騎兵隊が自己バフを展開し、その背後では情報班が機材の準備を始めている。
「アストラ。ネヴァが他のプレイヤーと一緒に各地の〈フツノミタマ〉を修理して回ってる。余裕があったら気にかけてくれ」
「分かりました。何人か人を向かわせます」
アストラの一声で優秀な騎士たちが拠点を飛び出し、闇夜の中に消えていった。
「騎士団! 騎士団きた騎士団!」
「うおおおおっ! これで勝つる!」
「やったれアストラ!!!」
大鷲の騎士団がやって来た瞬間に、劣勢が覆されていく。極限状況で必死に耐えていたプレイヤーたちも彼らの登場を喜び、緊張の糸が切れた者がへたりこんでいく。
「すみません、レッジさん。到着が遅れてしまって」
「いや、それは別にいいさ」
確かに猛獣侵攻の発生からアストラたちの到着までに時間はあったが、仕方ないことだ。なにせ、今も島はソロボルによって囲まれており、外から船で入ることができない状況なのだ。
「それよりも、なんで俺がいるって分かったんだ?」
騎士団の到着時間よりも気になったのはそこだった。アストラとはフレンドだから、お互いの現在地は分かるのだが、あくまでそれはフィールド単位の話だ。ここにいるということまでは知られないはずだった。
しかし、アストラはきょとんとした顔で口を開く。
「レッジさんがいる場所は大体分かりますよ」
「ええ……」
「たいてい、見たこともないテントが建ってますからね」
彼はそういって、俺の背後にある洋館型テントを示す。
確かに、言われてみればこれは空からでもよく目立つ目標になるかも知れないな。
「まあそんなものなくてもレッジさんの居場所は把握できますけど」
後ろでアストラが何か言っているのを聞き逃し、慌てて振り返る。彼はニコニコと笑って、また騎士団長の仕事へと戻っていた。
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Tips
◇特大型回転翼垂直離陸機“リンドヴルム”
〈大鷲の騎士団〉が保有する非常に巨大な航空輸送機。四対八機の巨大回転翼を備えた垂直離陸機であり、長距離航続能力、水上離発着能力、滞空機体保持能力を備える。運用には十二名の操縦士と二十四名の機術師を必要とするが、それを補って余りあるだけの能力を発揮する。
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