第985話「二つの戦場で」

 木々の散乱する島を、ボコボコの装甲車が勢いよく進む。岩に乗り上げ、巨木にぶつかり、満身創痍の車体だったが、勢いよく排気音を響かせている。


「ネヴァさん! ネヴァさん!? もうちょっとスピード落として!」


 車体後部の座席に乗り込んだ戦場鍛治師のカナが悲鳴を上げる。狭い車内には彼女以外にも多くのプレイヤーが寿司詰めになっており、大きく揺れるたびに頭を打ったり足を踏んだりと大変なことになっていた。


「ごめんなさいね。それは無理なの」

「ネヴァさん!?」


 運転席に座り、ハンドルを強く握りしめながらネヴァが笑う。彼女の足はアクセルをベタ踏みしていた。


「この車、急造だから。ブレーキ付けてないのよ」

「ネヴァさん!?」


 それは欠陥品なのでは? と搭乗者たちの心が一つになる。

 わずかな資材だけで瞬く間に立派な装甲車両を作り上げた様を見た時には、流石は生産職トッププレイヤーとして世に鳴り響く名工だと誰もが感心した。しかし、今では彼女もやっぱりおっさんと長くつるんでいるだけのことはあると思い直していた。


「ほら、全員対ショック姿勢!」

「ぎゃあああっ!?」


 ものすごい衝撃と共に、装甲車が縦回転する。ドシンバシンと天地が次々入れ替わり、カナたちは団子のように捏ねられる。


「よし、止まったわね。お仕事開始よ!」


 涼しい顔でエンジンを停止させたネヴァが運転席から飛び出す。

 装甲車がフロントの鼻先を激突させていたのは、無惨にも倒れてしまった〈フツノミタマ〉の主砲だった。これが動けばかなりの火力を期待できるが、その状態は無惨の一言である。“蒼枯のソロボル”による超広範囲ブレスによって倒れたところへ、猛獣侵攻スタンピードで凶暴になった原生生物たちに蹂躙されている。立派な主砲は中ほどで折れており、各種中近距離武装もほとんどが機能しないほどに破壊されている。


「うーわ、これはなかなか……」

「携帯精錬炉と金床を出してくれ」

「マテリアルじゃあ間に合わんか。部品も有り合わせで作っていくしかないな」

「しょうがねぇ。全員打ち合わせ通りに動くぞ!」

「戦闘職はエネミー共を抑えろ!」

「復旧作業開始!」

「修復剤もってこい!」


 車体の左右と後部の扉が開き、中からプレイヤーたちが這い出てくる。彼らは揺れる三半規管を押さえつけながら、早速それぞれの仕事に取り掛かる。

 大盾持ちのホルド率いる近接戦闘職が車と鍛治師たちを取り囲み、周囲から騒音を聞きつけてやって来た原生生物たちを相手どる。彼らが阻んでいる間に、その後方から弓や銃で倒していくのだ。


「ええい、厄介な祭りだぜ」

「いつもより敵の密度が濃いな。あんまり陣形を崩さないように注意しろ! 前に出過ぎるな!」


 盾がずらりと並び、獣の爪を押し弾く。怯んだ原生生物の喉元に、すかさず鋼鉄の矢が深く突き刺さる。もんどりうって倒れたところへ、大槌が振り落とされ、瞬く間に命を潰す。

 それでも次から次へと闇の中から新たな原生生物が飛び出して、仲間の亡骸を踏み越えて襲いかかってくる。

 戦闘職のプレイヤーたちは一丸となって、その猛攻を必死に防いでいた。


「『簡易測定』『診断結果反映』『迅速修理』」


 調査開拓員たちによる人垣が原生生物の攻勢を押さえつけている背後で、鍛治師たちも迅速に動いていた。

 装甲車に積みんでいたストレージを引きずり、無数の工具と修復用のマルチマテリアルを用意する。

 大規模な施設である〈フツノミタマ〉を修復するには、大量の物資と時間が必要だ。


「おぅい、こっちに鉄鉱脈があった!」

「護衛三人出して掘りに行って! 鉄はいくらあっても足りないわ!」


 現地で調達できるものは積極的に取りに行く。

 戦場鍛治師のカナが筆頭となって〈フツノミタマ〉の修理を行なっている間、他の職人たちも鉄の精錬や木の製材などを手分けして進めていた。


「主砲、修理完了!」

「早いわね。こっちもパーツできたわよ」

「すごい品質……。流石ですね」


 修理を行う〈フツノミタマ〉は、カナとネヴァが避難の最中に修復したものよりもはるかに損傷が激しかった。カナがメインとなる主砲を直している間に、ネヴァが大体不可能なパーツを一から作っていく。ただの鉄塊から複雑な形状の部品を精巧に切り出していく作業は高い技術力と集中力がなければできない芸当だ。


「ネヴァさんも戦場鍛治師になりませんか? 結構楽しいですよ?」

「あいにく血生臭いことは苦手なのよ。工房でゆっくりコーヒー飲みながら図面を描きたいの」

「もったいないですね」


 カナは半分以上真剣に残念がる。ネヴァの技術は誰が見ても確かなものだ。彼女が戦場鍛治師としてスキルビルドを特化させれば、それだけで今よりはるかに開拓の速度は上がるはずだ。


「やっぱりレッジさんですか」

「ごほっ!? な、なんでレッジが出てくるのよ!?」


 カナの口から飛び出した男の名前に、ネヴァが思い切り咽せる。彼女は作りかけの精密部品が壊れていないのを確認して、彼女へ抗議した。


「なんでと言われましても。ネヴァさん、凄く楽しそうでしたし」


 カナは銃士の相方と共に、大化石の上で月蝕を見ていた。その時にネヴァとレッジの二人の存在も認知していた。

 彼女は同じ鍛治師ということもあり、ネヴァが普段は極力他者との関わりを絶って生産活動に注力していることを知っている。だからこそ、彼女がレッジと共に二人で最前線のフィールドまでやって来たことに少なからず驚いていたのだ。


「それは……。今日はレッジがエスコートしてくれて」

「うわー! いいじゃないですか。レッジさんも粋なことするんですね!」


 頬を赤くしてもにょもにょと口の中で言葉を籠らせるネヴァに、カナはキラキラと目を輝かせる。年頃の少女にその手の話題をちらつかせれば、当然こうなるだろうという結果である。


「そ、そういうんじゃないわよ! レッジはほら、〈白鹿庵〉のみんながいるし」

「いやー、何も思ってないのに女性とデートなんてしませんよ! 脈ありです!」

「みゃ、脈ありってそんな!」


 茹蛸のようになるネヴァにカナは攻勢を衰えさせない。「私はネヴァさんのこと応援してますよ!」と言いながらも、二本の腕と背中から展開した六本のマシンアームを動かし続けているのは、流石戦場鍛治師といった動きである。


「ネヴァさんだって憎からず思っているんですよね?」


 カナが尋ねる。


「じゃないと、二人で出歩いたりしないでしょう?」

「それは……そうだけど。レッジはうちのお得意様だし……」

「ええい、焦ったいですね!」


 年下の少女はヘタれるトッププレイヤーにやきもきとする。彼女は装甲を叩いていた鎚をネヴァに向けると、ぴしゃりと言い放った。


「私はねぇ! ユーマのこと好きで、力づくでぶんどったんですよ!」

「んえっ!?」


 ドガンッ! と大きな爆発が向こうで上がる。ネヴァとカナが振り向くと、赤面した銃士の少年がライフルを抱えて震えていた。


「か、カナちゃん? 僕のことは――」

「いいからユーマは私のこと守ってて!」

「は、はいっ!」


 完全に尻に敷かれている少年に、ネヴァが唖然とする。そんな彼女に向かって、カナは滔々と語る。


「ライバルがいるからってなんですか。むしろそいつらに取られる前に先制掛けるべきですよ」

「ええと、カナちゃん?」

「いいですか? これは戦争なんです。手加減は無用なんです。わかりましたか?」

「は、はいっ」


 勢いに飲まれたネヴァがこくりと頷く。それを見て、カナは満足そうに笑った。


「じゃ、無事に帰れたらとっとと告ってくださいね」

「えええっ!? そ、それはちょっと――」

「私、応援してますから!」

「えええ……」


 そう言い切って、カナは作業に集中する。ネヴァは何も言えないまま、彼女の使うパーツの量産を始める。今はそれが先決である。後のことは、その時まで後回しにしておけばいい。そう思いながら、驚異的な速度で手を動かし続けていた。


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Tips

◇携帯精錬炉

 持ち運びが可能な精錬炉。火力は最低限しか出せないが、実用には耐えうるだけの性能を持つ。

 出先でちょっと鉄を鍛えたい時に便利。


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