第984話「それぞれの役割」

「こんな危険なところにいられるか! 俺たちはさっさと逃げるぞ!」


 〈フツノミタマ〉の主砲による物質消滅機術封入弾の直撃を受けてなお平然としている化物など、ろくに準備もできていないこの状況で相手にできるわけがない。俺は奴が動き出す前にキャンプ村へ辿り着こうと走り出す。


「ほら、ぼさっとするな」

「きゃっ!?」


 大盾持ちの青年が弓使いの少女の手を引く。銃士の少年も戦場鍛治師の少女と共に走る。

 あちこちに散乱する倒木を乗り越えて、次々と襲いかかってくる原生生物を振り払い、脇目もふらずキャンプ村へと走る。鍛治師の少女による〈フツノミタマ〉の修理も、そんなことをしている余裕がなかった。


「ほら、もうちょっとだ!」

「うわっ」


 枝につまづいてよろめくネヴァを支え、暗い闇夜のなかを走る。幸いだったのは、空に浮かぶ月が明るい光で照らしてくれていることくらいだ。


「着いた!」

「――のはいいけど、結構絶望的な状況ね」


 発狂している原生生物の猛攻を掻い潜り、俺たちは一人も欠けることなくキャンプ村に辿り着いた。

 しかし、そこもまた惨状が広がっていることには変わりない。頑丈なテントがいくつも吹き飛び、破壊されている。すでに機能停止した調査開拓員の機体も多く、わずかに生き残った人員が懸命な復旧作業を進めているところだった。


「とりあえず俺はテントを建てる。他のみんなもできるだけ生き残れ」

「ありがとう、おっさん。おかげで助かったよ」

「あ、ありがとうございました!」


 ひとまずキャンプ地に辿り着いたことで、俺たちが固まっている理由もなくなる。大盾持ちと弓使いの二人は反撃の機会を狙っている戦闘職たちの集団のほうへと向かい、銃士と鍛治師の二人も救護テントへ行った。


「この後どうするの?」

「どうすると言われてもな」


 テントを組み立てながら、ネヴァと今後の予定について考える。

 もともとは大きな化石の上から満点の星空と月蝕を見て平和的に終わる予定だったのだ。まさか最後の最後でここまで狂わされてしまうとは。


「橋もないし、自力で〈ミズハノメ〉に戻るのは無理だろう。だったら、救援が来るまで耐えるしかない」


 立ち上がったのは建材を最大まで投入した洋館型テント。防御装甲もマシマシで、余程のことがなければ壊れない頑丈な要塞だ。


「このテントを臨時の拠点として開放する! 自由に使ってくれ!」


 壊滅状態のテント村では、反撃もままならない。ならば、俺にできることはそのための拠点を提供することだ。


「おっさん!? 助かる。使わせてもらうよ」

「怪我人を運んで! 腕の二本や三本取れたって後でくっ付けるから、急いで!」


 超巨大原生生物の次なる攻撃に怯えていたプレイヤーたちが、続々と洋館の中に入っていく。

 戦闘職が集まり反撃の作戦を練る戦闘指揮所、様々な傷を負った者を修理、治癒する支援機術師と技術者の集まった救護所、たくましく彼らのために食事を作る補給所など、次々に施設が用意されていく。


「流石は最前線ね。みんな全然へこたれてないわ」

「むしろ待ちに待ったボスだからな。あれを倒せば一攫千金だ!」


 感心するネヴァに、通りがかった男が快活に笑って答える。

 やはり、突如現れたあのデカブツはこの遺跡島のボスエネミーらしい。


「あいつの名前は分かってるのか?」

「鑑定士連中が調べてくれたよ。“蒼枯のソロボル”というらしい」

「なるほど。いい名前じゃないか」


 デカブツ改めソロボルは、長い首を高く掲げて、俺たちを睥睨している。未だ動き出していないのは、俺たちがどう反撃するか見ようとしているのか。

 なんであれ、時間を与えてくれるというのなら、それをありがたく使わせてもらうだけだ。


「レッジ、ちょっと来て」


 テントの調整に走っていると、ネヴァが呼び止めてくる。振り向くと、彼女の隣には先ほど救護テントへ向かっていた銃士と鍛治師の二人がネヴァと共に立っていた。


「どうした?」

「カナから誘われたんだけど、私たちで〈フツノミタマ〉の整備をしたくて」

「なるほど……。それはいいが、俺はテントから離れられないぞ?」


 カナというのは戦場鍛治師の少女のことだろう。

 どうやら彼女はここへ来る途中で〈フツノミタマ〉を修理できなかったことを悔やんでいるらしい。確かに、あれらが一つでも多く修理できれば、それだけでかなりの戦力になる。物質消滅弾一つでは無傷でも、二つ三つと重ねれば傷を与えられるかもしれない。

 しかし、ネヴァが外へ出ても俺は彼女に着いていけない。テントから離れてしまうと、ここが安全圏ではなくなってしまうのだ。


「大丈夫よ。私だって、ずっと守られてばかりは性に合わないもの」


 あんまり過保護にならないで、とネヴァが言う。その言葉にはっとさせられた。

 彼女も非戦闘職ではあるが、一線で活躍するトッププレイヤーなのだ。その力をこの館の中で温存しているだけというのも勿体無い。


「おっさん、そういうことなら俺たちも手伝うぜ」


 そこへ、別のところから声がかけられる。

 見れば、大盾持ちのボルドと彼の相方である弓使いの少女が、他数名の戦闘職と共に立っていた。


「流石に今いる戦力だけじゃ、ソロボルを倒せねぇことくらい分かる。それなら、応援が来るまでの間に場を整える方がいいだろう」

「人数もそれなりに残ってるし、任せてちょうだい。腕がもげた奴をここで修理できるだけでもありがたいから」

「……そうだな。よろしく頼む」


 彼らが着いてくれているのなら安心だ。

 ネヴァとカナが呼びかけたことで、テント村に駐在していた他の鍛治師たちも名乗りを上げる。館で武器の修理を行う者は最低限にして、他の面々は〈フツノミタマ〉の整備に加わるようだ。


「命大事に、生存優先で頑張ってくれ」

「任せてちょうだい。ソロボルのルート取っちゃったらごめんなさいね」


 冗談めかしたことを言いながら、ネヴァたちは早速館の外に出る。


「さあ、まずは足が必要ね!」


 彼女はそう言って巨大なスパナをインベントリから取り出した。


「リフレッシュツアーって言ってたのに、そんなの持ってきてたのか……」

「テント持ってきてるレッジに言われたくないわよ」


 そう言われてしまうと反論もできないな。

 後頭部を掻く俺の目の前で彼女は早速何かを始める。他の鍛治師たちから金属を片っ端から集めて、それを加工し始める。


「とりあえずこんなもんかしらね」


 ものの数分で作り上げたのは、立派な装甲車だった。とても急拵えとは思えない代物で、周囲のプレイヤーたちも驚きの声を上げる。


「それじゃあみんな乗り込んで! 最低でも10基は直すわよ!」


 勢い付いたネヴァの号令を受けて、調査開拓員たちが拳を掲げる。彼らは我先にと装甲車に乗り込み、準備を整える。


「じゃ、行ってくるわ」

「気をつけてな」


 運転席に乗り込んだネヴァが手を振る。

 俺も彼女に声をかけ、動き出す装甲車を見送った。


「ちなみに私、〈操縦〉スキルは持ってないから運転は荒いわよ」

「うわああああっ!?」


 直後に響く絶叫に、俺はとりあえず救護室の薬剤師に酔い止めを注文するのだった。


━━━━━

Tips

◇即席装甲車

 有り合わせの金属部品を組み合わせて作り上げた装甲車。構造は簡素で、耐久性も低い。搭乗者のLPを動力源としているため、乗っているだけで徐々にLPが減少する。悪路走破性は高いが、乗り心地は劣悪。

“壊れたら直すから問題ないわ”――ネヴァ


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