第983話「即席の逃避行」
「ネヴァ!? 大丈夫か?」
「な、なんとか……」
島全体を襲った大規模な咆撃によって、密林の木々がことごとく薙ぎ倒されていた。
テントも不安定な場所に無理をして展開したため、頭蓋骨の上から転がり落ちた。内部は緩衝機構のおかげでダメージこそないはずだが、それでも二転三転と転がったせいでネヴァと他のプレイヤーたちが揉みくちゃになっている。
俺は地面で逆さまに転がっているテントの扉を開いて、中の様子を確認する。
「とりあえず、全員外に。早くキャンプ村まで戻ろう」
ここにいても猛獣侵攻に巻き込まれるだけだ。俺はネヴァを引き上げ、他のプレイヤーたちも順に助け出す。テントの解体は、この際待っていられない。
「戦える奴は何人いる?」
「お、俺は一応」
「私も」
「僕も戦えます!」
テントの中に押し込めたのはネヴァも含めて五人。男女のペアが二組だ。内訳としては大盾持ちの青年と弓使いの少女、そして銃士の少年と非戦闘職である鍛治師の少女である。
「名前を聞いてる余裕はないから、それぞれ盾、弓、銃、槌で呼ぶ。盾は最後方で追手の攻撃を阻んでくれ。弓はその援護を頼む。先頭は俺が立つ。銃は槌を守りながら俺の支援を」
「分かった。おっさんと会えて良かったよ」
「レッジさんの指示に従うわ」
俺とネヴァのことは向こうの四人全員が知っているらしい。たまには名前が知られていることも役に立つようだ。
反論が出る前にさっさと一方的に決めさせてもらったことで、スムーズに隊列を組むことができた。俺は槍とナイフを手に、周囲へドローンを飛ばして視界を確保する。
「ネヴァと槌は自分の身を守ることを最優先に。攻撃を避けてれば俺たちが倒す」
「分かった。あなたのエスコートに任せるわ」
ネヴァと視線を交わし、早速走り出す。
密林が薙ぎ払われたことで視野は良好だが、それは狂乱状態の原生生物たちにとっても同じことだ。
「『疾風乱れ突き』ッ!」
「『守護天使の聖域』ッ!」
「で、『
ろくに自己バフを用意する間もなく、四方八方の倒木の影から原生生物が飛び出してくる。大盾持ちが居てくれたのは不幸中の幸いだった。強力なターゲット集中テクニックと範囲防御バフを展開してくれたおかげでかなり戦いやすくなる。
「あっ、こら! 射線に入らないで!」
「ええっ? うわっ、す、すみませっ!?」
とはいえ、その場で偶然出会ったメンバーによる間に合わせの即席パーティだ。連携と呼べるほどのものはない。弓使いの少女が放った矢が銃士の鼻先を掠めて悲鳴が上がる。
「弓は後方180度の範囲を担当するだけでいい。銃は前方180度だ。それの範囲から対象が離れたらそれは相手に任せろ。信頼しなくていいから、積極的に押し付けていけ」
「わ、分かりました!」
「頼んだわよ!」
前方に立ちはだかる
「レッジ、奴が上陸してきたわよ」
「やっぱりそうなるか」
後方を見ていたネヴァが声を上げる。ちらりと振り向くと、月に迫る巨大な蛇が、遺跡島へと上陸していた。蛇とは言ったものの、水面下に無数のヒレに似た足が隠れていたようだ。奴はそれを使って体を進め、目につく原生生物も調査開拓員も見境なしに薙ぎ倒していく。
「次の咆哮が来たらただじゃ済まない。その前に安全圏に辿り着ければいいが……」
アイツの厄介なのは、島全域を範囲に収める超広範囲攻撃の咆哮である。地中に深く根を張る木々を薙ぎ倒すほどの一撃は、テントなしではひとたまりもない。
「流石にあのブレスは受け止めきれねぇぜ」
大盾で小型の原生生物を殴り飛ばしながら青年が苦笑する。流石の俺も、それを求めるほど鬼ではない。
「ねえ、おじさん。ちょっと聞きたいんだけど!」
弓に3本の矢を番えながら少女が叫ぶ。
「どうした?」
虎かジャガーに似た原生生物の爪を紙一重で避けつつ応じる。
「さっき、ヤタガラスの線路もぶっ潰れてた気がするんだけど! どうやって避難するの?」
猛獣侵攻が勃発し、次々と原生生物が襲いかかってくる。それらを相手どりながら、それでも彼女は先の事を考える余裕があるらしい。
彼女の言う通り、〈黒猪の牙島〉に続く橋はあっけなく崩壊してしまった。正体不明の超巨大原生生物がぐるりと島を取り囲んでいるため船も使えない。このままテント村に辿り着いたところで、脱出の手立ては見込めない。
「いい質問だな。――それは後で考える!」
「えええっ!?」
結局、そう答えるしかない。
だって、手詰まりなのは俺だってよく分かっているのだから。それでも、キャンプ村に戻れば猛獣侵攻に対応するために残った腕自慢の戦闘職が集まっているはずで、つまり多少は安全が確保できるはずである。
「とりあえず、今は頑張って走れ!」
反論が返ってくる前に叫ぶ。弓使いの少女は半ば自棄になった顔で、高そうな矢を次々と放っていった。
「死んだらボルドのこと一生恨むわよ!」
「俺かよ!?」
突然名前を呼ばれた盾ことボルド青年がギョッとする。
うんうん。痴話喧嘩は落ち着いてからいくらでもやってくれていいから、今は頑張って原生生物の攻撃を防いでくれ。
「あ、あの、レッジさん!」
猛攻はさらに激しく熾烈になる。そんな中、銃士の少年に守られていた鍛治師の少女が呼んできた。
「どうした?」
「あのっ、そのっ。そこのフツノミタマ……」
彼女が指差したのは、無惨に薙ぎ倒されて機能停止した対
「それを直せば、少しは楽になるでしょうか?」
「なるほど? ……どれくらい時間はかかる?」
少女の進言に一考する。確かに、フツノミタマが使用できるとかなり楽になる。とはいえ、その修理に何十分も掛かっているようでは逆に包囲されて潰されてしまう。
「5分……いえ、3分で直します!」
彼女はそう言って、腰のツールベルトを叩く。非戦闘職とはいえ、彼女もこの最前線へ来れるほどの実力者だ。
「3分なら稼ぐわよ!」
「そのあと楽できるんだろうな?」
盾と弓のペアも頷く。
判断に迷う余裕はない。俺は槌の提案を受け入れ、早速修理作業に入ってもらう。
「よく言ってくれたな。正直その発想はなかった」
「あ。えへっ」
「もともと僕たち、そのために来たんだ。僕が護衛で、コイツが〈フツノミタマ〉の点検任務を受けてて」
「なるほど。そりゃ幸運だった」
〈ミズハノメ〉のフロートが定期的な点検を要するように、各地に配置された〈フツノミタマ〉も継続的な修理を行わなければならない。むしろ、間断なく原生生物の脅威に晒されている以上、都市設備よりもその頻度は高いかもしれない。
銃と槌の二人はその点検依頼を終えて、ついでに月見をしていたらしい。
「直りました!」
「速いな!?」
「コイツ、戦場鍛治師なんですよ」
3分どころか2分も経たずに破損していた〈フツノミタマ〉が立ち上がり始める
少女は背中から六本の作業アームを展開し、驚くべき速さで修復作業をこなしていた。
「戦場鍛治師? また珍しいわね」
自慢げな銃士の言葉にネヴァが目を見張る。
「
何も知らない俺に対して、ネヴァ先生が解説してくれる。
流石最前線に来るだけあって、ただの鍛治師ではなかったらしい。
「そう言うことなら少し作戦変更だ。道中にある〈フツノミタマ〉はできるだけ修理しながら進もう」
「わ、わかりました!」
「私もそっち系のテクニックは特化させてないけど、一通りはできるから。少し手伝うわ」
ずっと守られてばかりというのもあまり居心地が良くなかったのだろう。ネヴァも張り切って腕をまくる。
少女の手によって復活を果たした〈フツノミタマ〉は青い光を放ちながら動き出す。巨砲がぐるりと旋回し、海からやってきた怪物に照準を定める。それと同時に、無数の機銃が群がる原生生物を一掃する。
「流石の威力だな」
「都市防衛設備は伊達じゃないってことだな」
その圧倒的な火力に、俺たちもつい惚れ惚れとしてしまう。
〈フツノミタマ〉によって原生生物の包囲が薄くなったところを目指して、一気に走り出す。
ちょうど同時に、頭上で轟音が響く。耳をジンジンとしびれさせるそれは、〈フツノミタマ〉の主砲によるものだ。放たれた特大の機術封入弾が真っ直ぐに怪物へと飛び、当たる。
空間そのものを丸ごと削り取る凶悪な術式が発動し、光を削ぎ落とす。
「うおっ?」
「マジかよ……」
「エグすぎるわ……」
しかし、そこには絶望的な結果が残った。
空間すら破壊する機術の直撃を受けてなお、海から現れた巨大原生生物は悠然と無傷で佇んでいたのだ。
━━━━━
Tips
◇
〈鍛治〉〈鑑定〉〈歩行〉〈受身〉の複合ロール。戦場の最前線にて戦士たちの武器を修理する心強い鍛治師。二の矢がつがれるよりも早く盾を直し、抜刀よりも早く剣を研ぐ。
生産系テクニックの速度が上昇する。
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