第981話「自分の芯」

「はー、楽しかった!」

「そりゃ良かった」


 ミズハノメによる裏観光ツアーはつつがなく終了し、近くの喫茶店に駆け込んだ俺たちはそこで感想を話し合った。ものづくりを生業とするネヴァにとって巨大な建造物の裏側を見るツアーは良い刺激になったようで、彼女はゴクゴクとコーラサワーを飲みながら注目した点を挙げていく。


「ここのフロートは一回研究したことがあるのよ。レッジのテントに何か活かせるかと思って」

「そうだったのか? 設計図なんか手に入れるの大変だったろうに」

「かなり高かったわねぇ。その割に、あんまり収穫もなかったんだけど」


 ネヴァが言うには、〈ミズハノメ〉のフロートに使われている構造自体に目新しいものはないらしい。設計理念として特別で換えの効かないものは整備性の観点から意図的に排除されているようだと彼女は考えていた。


「一つひとつの構造は凄くシンプルなんだけど、それを何千何万と結合させて複雑な組織を作ってるのよ。あれは調査開拓員の協力を仰げる都市規模の建築物だからできることね」


 彼女はアルコールの香りを振り撒きながら、ミズハノメの手腕に感心する。

 さっきからパカパカと飲んでいるが、いっこうに衰える気配がないのは流石だな。


「やっぱり基本が大事なのよ。因数分解した後、最後に残る最小構成要素がしっかりしてれば、どんなに大きくしたってしっかりするものなの」


 新しい酒を注文しつつ、彼女がこぼす。その言葉は、自分自身に言い聞かせているようだった。


「最小校正要素ねぇ」

「要は芯の部分よ。そこがしっかりしてればいいってこと」

「ネヴァの芯はどこなんだ?」


 彼女が目を丸くする。


「私の芯?」

「ああ。一番大切にしたいものは何なんだ?」

「大切にしたいものか……」


 ネヴァがしばし逡巡する。何か、昔のことを思い出しているようだ。

 彼女につられるようにして俺も若かりし頃を省みる。といっても、昔からごく普通の人畜無害な一般人で、地味な奴だったのだが。

 ゲームセンターでアーケードゲームに明け暮れたり、中古のレトロゲームを買い漁ってやり込んでみたり。そういったことを、特に人と交流することもなく没頭していた。オンラインゲームは、VRではないものを何度かやったこともあるが、すぐに辞めてしまった。やはり、何か味気なさを感じていたのだろう。

 志穂が生まれて、彼女が五歳くらいになってからは、彼女と古いゲームで遊んでいた。彼女も楽しそうにしていたし、俺も遠慮する必要がなかったから。とはいえ、彼女も次第に大きくなって他の友達も作るようになった。俺は俺で、色々あって今の暮らしになってしまったし。

 地下の研究所で来る日も来る日もテストを続けていると、やはり閉塞感を感じてしまう。そんな折にFPOの話を聞いて、ぜひやってみたいと思ったのだ。

 仮想の世界ならば、俺はどこまででも歩ける。


「――私の一番大切にしたいもの。ちょっと分かった気がするわ」

「えっ? ああ、そりゃよかった」


 少し考えることに夢中になっていた。気がつけば、ネヴァがさっぱりとした表情で笑っている。彼女の憑き物が落ちたような顔を見れば、今回の旅を企画した苦労も報われるというものだ。


「ネヴァの芯は何なんだ?」

「ふふっ。それは秘密よ」


 興味本位で聞いてみるも、笑ってはぐらかされる。

 まあ、そう言うのは密かに胸にしまって大切にしておくのも良いだろう。

 俺は少し残ったコーヒーを飲み干して立ち上がる。


「そろそろ頃合いだな。最後の目的地に行こう」

「あら、まだ終わりじゃなかったのね?」


 ネヴァは意外そうな顔をしながら杯を飲み干す。アルコールもそれなりに入っているだろうに、平然とした表情で次の目的地を聞いてきた。


「次は攻略の最前線に入ってみよう」

「えっ?」


 瞠目するネヴァを連れて店を出る。夕暮れ迫る町中を通り過ぎ、第二調査開拓領域をめぐるヤタガラスへと飛び乗る。


「ちょっとレッジ、私は戦闘なんてできないんだけど……」


 〈ミズハノメ〉から〈花猿の大島〉へと向かう橋を渡りながら、ネヴァが狼狽する。

 俺は彼女を安心させるため、あえて堂々と言い切った。


「大丈夫だよ。俺を誰だと思ってるんだ」

「調査開拓団屈指の危険人物」

「ええ……」


 ノータイムの解答に思わず肩を落とす。

 ネヴァとはレティに次ぐ付き合いの長さだというのに、どうしてこんなに信用されていないのか。


「要塞おじさんだぞ、要塞おじさん。俺のテントを作ったのはネヴァだろ?」

「それはそうだけど」

「だったら信頼してくれよ。最前線でも、どんな原生生物が出てきても、俺が守ってやる」

「……」


 力説する俺に、ネヴァはふっと車窓の外へ目を向ける。


「よくそんな歯の浮くようなセリフが言えるわね……」

「うん?」

「何でもないわよ!」


 少し怒ったような彼女の声。窓に映る彼女の頬は、酔いが回って来たのか赤くなっていた。

 気の利く俺はすでに用意していた水のボトルを彼女に差し出す。ネヴァは白けたような目をしてそれを受け取ると、勢いよく全て飲み干してしまった。


「私が死んだら、一生呪うわよ」

「死んでも最悪機体回収すれば……」

「呪うわよ!」

「あっはい」


 うーむ、ネヴァはそんなにフィールドに出たくなかったのか。源石やら何やらのために通行権だけは持っているらしいが、こんなに嫌がるとは思わなかった。

 これはネヴァを守りきれなかったら本当に怒られそうだ。俺は改めて覚悟を決めて、終着地である〈老骨の遺跡島〉へ目を向けた。



『警告、警告』

『〈老骨の遺跡島〉にて大規模な原生生物の活性化が観測されました』

『シード02-ワダツミ管理者により、当該地域で〈猛獣侵攻スタンピード〉が発生したと判断されました』

『〈老骨の遺跡島〉で活動中の非戦闘員は即時退避してください』


『警告、警告』

『〈猛獣侵攻スタンピード〉発生中の〈老骨の遺跡島〉にて、大規模な地震が発生しています』

『〈老骨の遺跡島〉で活動中の全調査開拓員は即時退避してください』


━━━━━

Tips

◇緊急アラート

 調査開拓領域内にて異常が発生した場合に、当該領域の管理責任者の判断によって発されるアラート。システムアナウンスに次ぐ優先度であり、通知設定をOFFにしている場合でもテキストメッセージだけは強制的に受信される。

 緊急アラートによって即時退避などの指令が出された場合は、ただちにそれに従うべきである。


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