第979話「都市の裏側へ」

『シード02-ワダツミは、巨大な海上浮動フロートを基盤として、各種施設がその上に乗っています。フロート一枚は一辺1km、面積にして約2.6k㎡の大きさを誇っています。中央制御区域およびベースラインは7枚のフロートによって構成されており、面積としては18.2k㎡となります。この中枢区画だけでも最低限の都市運営ができるようになっているんですよ』


 管理者直々に案内してもらえるという豪華な裏観光ツアーは、予想よりも遥かに真面目な内容で進行していた。

 〈ミズハノメ〉を構成する最小単位である六角形のフロートの説明を受けつつ、フロートの内部へと入る通用口へと向かう。


『さあ! ここから先は普段ならぜーったい見られない特別なエリアですよ!』


 頑丈に施錠された扉を開くと、非常灯の明かりが点々と連なる暗いエリアが広がっていた。照明を兼ねた先導役の警備NPCが前を歩き、その後ろをミズハノメが続く。俺たちもまた、彼女の背中をカルガモの雛のようにして着いて行った。


「大都市の裏側って感じがするわね。一気に潮の香りが強くなったわ」


 初めて足を踏み入れるフロートの裏側にネヴァが声を弾ませる。階段を下った先は細い金網の通路になっており、下方からは大きな波の音が響いてくる。ミズハノメの一挙手一投足に黄色い声を上げていたファンたちも、その巨大建造物の迫力に飲まれて口を閉じていた。


『フロート全てに備えられている一番大事な設備として、消波装置があります。これによって海の大波でも揺らがないようにバランスを取っているんです』


 ミズハノメの言うとおり、この町を普通に歩いていてもそこが海上であることは普段意識しない。フロートの裏側から海底に向かって伸びている長い柱のような消波装置によって波の動きを相殺し、地面と変わらぬ安定性を確保しているのだ。


『一番波が大きいのは都市外縁部となるので、そこの消波装置は消耗も激しいのです。月に一度は設備の点検を行い、老朽化や破損によって機能が停止していないかを確認しています』

「〈ミズハノメ〉って今、フレート何枚で構成されてるの?」

『フロートの枚数がイコールで正確な面積となるわけではありませんが、現段階で42枚のプレートで構成されていますよ』

「すごく多いのねぇ」


 ミズハノメはネヴァの質問にも快く答えてくれる。流石は都市管理者だけあって、軽快なレスポンスだった。

 全ての区画の面積が均等というわけではないが、中央制御区域、商業区域、工業区域、港湾区域、そしてイカルガ空港と施設も拡充されているため、面積も当初と比べればかなり増えている。


『シード02-ワダツミは洋上拠点ということで、水資源が豊富です。フロートには大規模な浄水設備があり、さまざまな用途に真水を使用することができるほか、海水塩を各都市へと提供しています』


 フロート下部からは、取水パイプがいくつも海面に突き刺さっている。海という無尽蔵な水資源を使うことで、飲食や精密機械製造などにも力を入れているらしい。〈ミズハノメ〉産の塩はミネラル豊富かつ安価ということで、料理人にとってはデフォルトとして選択できる調味料となっているようだ。


『ちなみに、排水の方は専用の下水浄化フロートの方へと集約され、不純物を99.75%取り除いた状態で海に返されます。水の純化を過度にした場合にも水産資源に悪影響を与えるため、浄化率は環境調査結果に連動させて変化しているんですよ』

「他の都市には産業廃棄物処理場があるだろ? 〈ミズハノメ〉にはないのか?」

『構造上、下方向に都市構造を延伸することができないため、廃棄物処理場はありません。シード01-ワダツミも同様ですが、都市活動の中で排出されたゴミは選別された上圧縮加工され、他都市の廃棄物処理場へと送られてます』


 ミズハノメもワダツミも、海の環境維持にはかなり気を遣っているのだという。彼女たちは都市で発生した廃棄物のほとんどを環境に負荷のかからない方法で処分できるよう、ウェイドたち他管理者と連携をとっている。


「ということはつまり、ゴミを運ぶイカルガかヤヒロワニがあるってことか」

『そういうことになりますね。毎日1回、500t容量のシャトルが送り出されています』

「そ、そんなにゴミが出るのか……」

『重量ベースで言うと、毎日平均して750tの物質が流入しますから。24時間昼夜問わず廃棄物の選別圧縮発送を続けないと、フロート全体が沈みかねません』


 都市管理者の語るスケールの大きさに、俺を含めた参加者一同が唖然とする。

 〈ウェイド〉がブラックダークによって占拠されてしまった時も、地下の産業廃棄物処理場だけは休むことなく動き続けていた。あれはつまり、ブラックダークもあの施設を動かし続けなければならないと判断したということ。一瞬でも止めれば、その瞬間にゴミが溢れて大変なことになってしまうということだ。


『とはいえ、フロートを一枚追加すれば浮力ベースで荷重容量はかなり増えますからね。都市が広がれば広がるほど、リソースの循環規模にも余裕が出てきます』


 〈ミズハノメ〉だけに限ったことではなく、各都市は物資の流出入を厳格に管理している。アイテムとして消費されるもの、建材として使用されるもの、調査開拓員一人一人もその中に含まれており、ネジの一本でも生まれてから鋳溶かされるまでを追うことができるという。

 そこまで厳密にリソースを管理しているのは、ひとえにリソースを欠片も無駄にはできないからだ。

 木材や石材といった、惑星から直接採取できる自然的な物資ならともかく、高度な技術の産物であるナノマシンパウダーなどは生産量にも限界がある。それらをきちんと把握しておかなければ、都市に危機が迫った際に適切な対応ができなくなる。


「うーん、ウェイドが怒ってる理由もちょっと分かってきた気がするなぁ」


 ミズハノメが如何にリソース管理に苦心しているのかを聞いて、ウェイドがリソースリソースと口煩く言っている理由も察せられた。都市を占拠したブラックダークや、都市リソースを食い潰して欠陥警備NPCを量産していた初期の頃のT-1に殺意を剥き出しにしていたのも納得である。


「レッジもちょっとは反省した方がいいかもね」

「そうだなぁ。今度ウェイドに何か甘いもんでも持っていってやるか」


 自分の行いを少し反省してみると、俺も俺でウェイドのリソースに色々影響を与えていそうなことに気付く。流石に申し訳ないので、今度カミルに頼んでクッキーでも焼いてもらおうと思う。


『一応、調査開拓員一人が何か動いたところで問題ない程度の余白は用意しているんですけどね。ウェイドはリソース管理が上手いので、ハーちゃんたちも色々勉強させてもらってるんです』


 流石は我らがウェイドさんと言ったところか。荒波に揉まれて育ったおかげで、都市運営に関してはみんなから頼りにされているらしい。


「そう考えると、俺もちょっと誇らしい気持ちになるな」

「レッジは素直に反省しなさいよ」


 彼女は俺が育てたと言っても過言ではないのでは? と調子に乗っていたらネヴァに呆れられる。しかし、彼女も彼女で工房を爆発させたことがあるわけで、スサノオには色々迷惑掛けてるんじゃないだろうか。


『ともあれ、このようにシード02-ワダツミのフロート内部には都市機能を支えるための様々な施設が満載なのです! これらのおかげで潤沢に水を使えるし、落ち着いてトランプタワーも積み上げられるわけですね』


 フロート内部をぐるりとまわり、消波装置や浄水設備、巨大な貯水槽、海洋原生生物撃退用電撃槍など様々な都市設備を見てきた。ミズハノメの説明は微に入り細を穿つ丁寧さで、他の参加者からも色々な質問を汲み上げて、なかなか充実したツアーとなった。


『フロート内部は今回みたいなツアーの他に、特別任務を受注することでも入れます。その場合は都市設備の点検だったり、入り込んできた原生生物の撃退だったり、高度なスキルが必要となりますが、ぜひご協力ください!』


 どうやら、今回の裏観光ツアーの目的は設備の維持に必要な人材を集めることにあったらしい。確かに、絶えず海から侵蝕を受け続けるプレートを整備するのは猫の手を借りたいほどの負担だろう。

 ツアー参加者たちもその重要性を思い知り、自分のスキルが活かせるならばと次々手を挙げた。

 ミズハノメはぴょんぴょんと飛び跳ねて、そんな彼らに喜びを表すのだった。


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Tips

◇ガベッジシャトル

 高速海中輸送管ヤヒロワニの特殊シャトル。シード02-ワダツミから排出された分解不可能な最終廃棄物を、他都市の産業廃棄物処理場へと配送するために使用される。一日に一度運行され、最大で500tの廃棄物を輸送することができる。


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