第978話「空を越えて行く」

 ウェイドがブラックダークとクナドの二人を連行していったのを見送って、俺も制御塔を出る。時刻を見ると、すでに15時を過ぎている。とんだハプニングで予定が狂ってしまった。


「すまん、ネヴァ。待たせたな」


 制御塔の足元に寄りかかって待ってくれていたネヴァに声を掛ける。彼女は何か図面でも見ていたようで、文句ひとつなく笑って許してくれた。


「いいのよ。要塞おじさんも大変ね」

「自分からトラブル起こしてるつもりはないんだけどな」


 要塞おじさんという渾名も聞き慣れてきた頃だ。おじさんはともかく、要塞と言われるほど大層なものじゃないと思うのだが。

 とりあえず、遅れた予定を巻き返すため、彼女を連れて次の目的地へと向かう。


「ネヴァは高所恐怖症だったりするか?」

「別に大丈夫だけど?」

「よし、じゃあちょっと速い方で行こうか」


 ネヴァと共に都市防壁の外に出る。広大な土地を整備して作られた長い滑走路が、そこに広がっている。

 ヤタガラス、ヤヒロワニに並ぶ交通物流の要、高速航空輸送網イカルガの発着拠点である。


「最近、〈ダマスカス組合〉から新しい機体が降ろされたらしいんだ」

「あそこも色々作ってるわねぇ」


 ヤタガラスやヤヒロワニとは違って、イカルガは様々な航空機を管理しているタイプの交通機関だ。個人用の小さなジェット機から、数百人を一気に運べる大型輸送機、情報系バンドが使うヘリや、実験用ロケットまで。様々な航空機が滑走路を使っている。

 それらの多くは生産系バンドや個人の生産職プレイヤーが開発した機体であり、ヤヒロワニはそれらの中から要件を満たしたものを買い取る形で機体を増やしている。

 生産系最大手の〈ダマスカス組合〉はヤヒロワニに多くの航空機を納品していることでも有名で、先日新たな機体を納品したことも各種情報サイトなどで報じられた。


「HSシリーズの座席は空いてるか?」

『10分後に出発するHS-10“リトルスター”が二座席空いております。こちらの機体の墜落率は45%となっております』

「事前整備はされてるのか?」

『〈ダマスカス組合〉によって5時間前に整備が行われています』

「なら大丈夫だろ。じゃあその二つを取っといてくれ」

『かしこまりました』


 滑走路の側にあるターミナルのカウンターで受付をしてもらう。目当ての機体の予約が取れてほくほくしていると、隣で話を聞いていたネヴァが怪訝な顔をする。


「今、墜落率45%って……」

「導入されたばっかりの機体だからな。組合が整備したならそのタイミングで改良も入ってるだろうし、信頼性は上がってるはずだ」

「私、パラシュートは使えないわよ」


 HS-10“リトルスター”は〈ダマスカス組合〉が開発した最新鋭の極超音速飛行機だ。前世代の“コメット”もイカルガに納品されており、そこでの運航実績から更に改良が図られた次世代機となる。

 座席定員が二名しかなかった“コメット”から、内部の拡張が行われた“リトルスター”は最高時速をそのままに定員六名にまで増えている。二座席空いていたということは、四人は埋まっているということでもある。


「10分後に出発だ。さっさと乗り込もう」


 不安そうなネヴァの手を引いて滑走路に出る。大型の旅客機ならブリッジもあるのだが、元々が戦闘機想定で設計されているHSシリーズはそんなものが取り付く余裕もない。

 オレンジの作業服を着たNPCスタッフに急かされながら、梯子を登って狭い座席に身を押し込める。


「せ、狭いわね」

「こればっかりは仕方ないな」


 タイプ-ゴーレムのネヴァからすると、“リトルスター”の機内は窮屈そうだった。とはいえ、出発すればすぐに目的地に着くから少し我慢してもらうしかない。


『これより、シード02-スサノオ発447便が出航します。皆様、シートベルトを着用の上、緊急用パラシュートをご用意してお待ちください』

「ねえ、レッジ」

「大丈夫だって。アナウンスは決まってるだけだから」


 落ちたら恨むわよ、とネヴァに睨まれながら、それでも“リトルスター”は滑走路へと移動する。空へ続く長い道に障害物が転がっていないのを確認して、それは黒い翼を広げ青い炎を吹き出しながら走り出した。


『衝撃にご注意ください』

「うわっ!?」


 急加速によって慣性が働き、ネヴァや他の搭乗者たちが声を上げる。リトルスターは一気に速度を上げて、ふわりと浮き上がる。風を掴み、高度を上げ、森の中から飛び出す。


「うわぁ、すごいわね」


 HSシリーズは機体の特性上、かなりの高度まで上がる。普段は見られないような高度からの眺望に、ネヴァが歓声を上げる。

 黒い都市防壁に囲まれた〈ウェイド〉が、どんどん小さくなっていく。

 しかし、驚くのはまだ早い。


「わっ、一気に高度が!」


 外を見ていたネヴァが楽しげに俺の肩を叩く。

 リトルスターが〈オノコロ高地〉を飛び出し、断崖絶壁の下に広がる〈奇竜の霧森〉へと突入したのだ。切り立った崖を隔てて、地面がはるか下方へと落ちる。それを空から目の当たりにすると、迫力もひとしおだ。


「この飛行機まだ速度が上がるのね。もう海の上よ」


 極超音速機の肩書きは伊達ではない。高地を飛び出したかと思ったら、すぐに〈ワダツミ〉を飛び越え、広大な〈剣魚の碧海〉へと入る。両翼の先端が雲を切り、リトルスターは凄まじい速度で海を越える。


『まもなく、シード02-ワダツミに到着します。皆様、安全装置はまだ解除なさいませんようお気をつけください』


 やがて、海に浮かぶ巨大な都市が現れる。飛行機はそれを目指し徐々に高度と速度を下げていき、海上滑走路へと滑らかな着地を決める。


「ほら、落ちなかっただろ」

「そうね。ちょっとイカルガのことみくびってたみたい」


 キュルキュルとタイヤの擦れる音を聞きながら、ゆっくりと滑走路を移動する。たったの数分で〈ウェイド〉から〈ミズハノメ〉へと移動できたことにネヴァは感動しているようだった。

 俺たちを含めた六人の乗客が飛行機から降り、ターミナルへと向かう。役目を終えた“リトルスター”は悠々と倉庫へ戻って行った。


「うわあああっ!?」

「機体が火ぃ吹いてるぞ!」

『総員、退避してください!』


 その直後、倉庫が吹き飛ぶ大爆発が起こったが、まあ深くは探らない方がいいだろう。

 ともかく、俺たちは次の目的地である海洋資源採集拠点シード02-ワダツミ、またの名を〈ミズハノメ〉へと到着したのだった。


「〈ミズハノメ〉は久しぶりねぇ。ずいぶん大きくなってるわ」

「やっぱりあんまり来てなかったのか」

「そんな余裕もなかったからね」


 ネヴァはやはり〈ミズハノメ〉にはあまり縁がなかったらしい。第二開拓領域自体が海を挟んでいる関係上、攻略組くらいしかまだ来ていないから、そう珍しいことでもない。

 しかし〈ミズハノメ〉も第二開拓領域開拓の要として拡張と成長を続けており、洋上に浮かぶメガフロートの面積は日を追うごとに拡大している。今では〈ワダツミ〉を超えて、面積だけなら地上前衛拠点に迫る勢いだ。

 更に調査開拓員を積極的に呼び込むための施策も多く企画しており、管理者であるミズハノメもよくプレイヤーの前に現れている。


「よし、なんとか間に合ったな」

「何か時間があったの?」


 〈ミズハノメ〉のイカルガ空港から都市内部へと移動し、制御塔前までやってくる。時間を確認すると、15時20分。リトルスターのおかげでなんとか予定に間に合った。


「シード02-ワダツミ裏観光ツアーを予約してたんだよ」

「観光ツアー? しかも裏って……」

「ああ。普段は立ち入りが禁止されてるフロート内部に入れる特別ツアーなんだよ」


 そう言うと、ネヴァは途端に目を輝かせる。〈ミズハノメ〉を構成する巨大なフロートは、それそのものが高度な工業技術の集合体だ。内部には波を相殺する消波装置や海水浄化設備などが詰まっており、都市機能を支えている。生産職として、それらの構造には興味があるのだろう。


「そんな面白そうなツアーがあったなんて知らなかったわ!」

「最近できたばっかりの企画だからな。予約が取れたのは幸運だった」


 集合地点である制御塔前で待っていると、続々と参加者らしきプレイヤーが集まってくる。中にかゴツいカメラを担いだいかにも愛好家という風貌の者もいて、ツアーに期待が高まっていく。


「それで、このツアーは誰が案内してくれるの?」

「そうだな……。ああ、来たぞ」


 15時30分きっかり。制御塔のエレベーターから小さな女の子が現れる。

 手に小さな旗を持った彼女はパタパタと駆けてきて、俺たちの目の前で大きく手を広げた。


『パンパカパーン! みなさん、こんにちは!』


 現れたのは、シード02-ワダツミの管理者ミズハノメその人である。

 管理者が直々に都市の裏側を案内してくれるという、贅沢なツアーなのだ。


『本日はシード02-ワダツミ裏観光ツアーへ参加してくれてありがとう! ハーちゃんのことは、気軽にハーちゃんって呼んでくださいね!』

「おおおっ! ハーちゃん今日も可愛いよ!」

『いえーい!』


 ゴツいカメラを持っていた人が、バシャバシャと激写していく。ミズハノメもノリノリでポーズを決めていて、一時そこはアイドルの撮影会場のようになっていた。

 ミズハノメは調査開拓員との交流も積極的で、彼らからの人気も高い。次の〈万夜の宴〉ではかなり上位に食い込むことが予想されているほどだ。彼女が軽く手を振っただけで、ツアー参加者たちから歓声が湧き上がる。


「これ、観光ツアーなのよね?」

「まあ目的は人それぞれってことだ」


 管理者を中心に盛り上がる一団を見て、ネヴァが首を傾げる。

 そんな中で、シード02-ワダツミ裏観光ツアーは始まった。


━━━━━

Tips

◇シード02-ワダツミ裏観光ツアー

 第二開拓領域〈ホノサワケ群島〉の玄関口、海洋資源採集拠点シード02-ワダツミは、他に類を見ない巨大海上浮動プレートによって形成されています。本企画ではシード02-ワダツミ管理者自らが、海上浮動プレート内部の各設備を案内し、その構造と機能を皆様に分かりやすく解説させていただきます。

 午前の部、午後の部、それぞれ定員を三十名。参加費は一律で2,000ビットとなります。

 参加はツアー前日の22時までにご予約ください。団体でのお申し込みは別途、シード02-ワダツミ広報企画部へとご相談ください。

“皆様からのお申し込みを心よりお待ちしております。都市の全てを熟知する管理者と共に、知られざる裏世界探訪へと出発しましょう。“――管理者ミズハノメ


Now Loading...

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る