第976話「謎の独占者」

 シード02-スサノオの地下に張り巡らされた整備用トンネル。複雑怪奇に絡み合った大小様々な通路によって構成された迷宮は、もはや都市管理者以外にその構造を正確に把握することができないほどに成長していた。


「あっはっはっ! いやぁ、不味かったな」

「久しぶりにあんなに不味いラーメン食べたわね」


 そんな地下トンネルの隙間にある“オイリーしまむら”という店から出てきた俺とネヴァは、ひとしきり笑った後で水を一気に飲み干した。

 彼女と共にガイドブックに載っていない隠れた名店を探そうと町へ繰り出してみたものの、地上の店舗はほとんど調査済みになっていた。これでは面白くないと思って、トンネルに潜ってみたら、ここに案外いろいろ店があった。

 記者の取材を厭う偏屈な店主がやっているアングラな店、といったふうなものがパイプの隙間に隠れるようにしてひっそりと暖簾だったり看板がわりのバケツだったりを置いているのだ。

 “オイリーしまむら”もそのうちの一つで、いかにも頑固一徹といった風貌のタイプ-ゴーレムの親父がやっているラーメン屋だった。メニューは“オイリーラーメン”ひとつだけという強気な品揃えで、入ると同時にカウンターに料理が出てきた。

 真っ黒でどろっとした重油みたいなスープに、ほとんど針金みたいな麺が入った趣深いラーメンで、食べるとえも言われぬ独特の風味――言ってしまえば廃油のような味と香りが口いっぱいに広がった。


「いくら俺たちもロボットとはいえ、あれはなかなか……」

「有名じゃないお店も、それ相応の理由があるってことね」


 まだ口の中が粘ついているような感じを覚えつつ、二人でトンネルを歩く。なかなかひどい店に当たってしまったが、彼女はそれも面白く思っているようだった。


「名店の新規開拓っていうのも一朝一夕にはいかないか」

「そりゃそうよ。なんだって、粘り強く試行錯誤を続けないと結果は出ないわ」


 地下トンネルから梯子を伝って地上に出る。マンホールの蓋を開けると、薄暗い路地裏だった。


「ほら」

「ありがとう。よっと」


 後ろから続くネヴァを引き上げて、新鮮な空気を吸い込む。オイリーラーメンの純度100%の不純物が、少しずつ処理されていくのを感じる。


「口直しに何か食べるか」

「そうね。普通に美味しいスイーツでも食べたいわ」


 デザートも新規開拓するとなると、時間もかかる。その末に石炭みたいなお菓子が出てきても困る。ネヴァの意見に賛同し、俺は素直にガイドブックを開く。ちょうど、すぐ近くに良さそうな店があったので、そこを目指して歩き出した。


「ネヴァは普段、何食べてるんだ?」

「リアルの話?」

「そっちも気になるけど、コッチの話だ」


 FPOでは満腹度と潤喉度というパラメータが設定されている。これが低くなると色々行動に支障が出るため、定期的に何か摂食しておく必要があった。


「仕事してる時は、それに合ったバフ食を食べるわよ。鍛治なら鉄火巻き、木工ならブッシュドノエルって感じで。それ以外ならパン食べてるかな」

「偏ってるなぁ」


 別に特定の料理を食べ続けたからと言って栄養が偏って体調を崩すわけでもないのだが、普通は味に飽きてくるから色々品を変えるものだ。ネヴァはいろんな料理を用意するのが面倒だという理由で、メイドロイドのユアが買い込んできたパンを食べているらしい。


「リアルでもそんな感じよ。完全栄養食って案外美味しくて楽なのよ」

「そっちに関しては、俺は何にも言えないな」


 リアルだと点滴か栄養ジェルだからなぁ。

 ともかく、ネヴァはあまり食に興味を持っていないタイプらしい。


「せっかく美味い料理がカロリー気にせず食べられるんだから、色々食べてみたらいいのに」

「そうしたいとも思ってるんだけどね。人間、楽な方へと流れていっちゃうのよ」


 あっけらかんと笑うネヴァ。そういうものかな、と首を傾げつつ、俺たちはウェイドお墨付きの洋菓子店“ジュエルルージュ”へとやってきた。


「店構えからして名店ねぇ」

「なかなか立派だな。その割に人が並んでいない?」


 “ジュエルルージュ”は瀟洒な街並みに溶け込む品のある店だった。ショーウィンドウには宝石のようなチョコレート菓子がずらりと並んでいる。

 しかし、店内に続くドアには行列ができていない。ウェイドお墨付きの店にしては珍しいことで、不思議に思いながらドアに近づくと、店主からのお知らせと題されたウィンドウが表示された。


「おっと、なになに? “大量発注による原材料枯渇により、本日の営業は中止します”だとさ」

「あら、残念ね」


 どうやら、直前に誰かが店の商品を全て買い占めてしまったらしい。売るものがなければ客もいないはずだ。


「しかたない、別の店に行くか」

「いいわよ。レッジのエスコートに付き合うわ」

「仰せのままに」


 ネヴァを連れて、別の洋菓子店へと移動する。しかし、移動した先の店もまた閑散としていた。ドアに近づくと、先ほどと同じような理由で臨時休業の知らせが表示される。


「おかしいわねぇ」

「お菓子だけに?」

「は?」


 ネヴァにひと睨みされて黙り込む。

 しかし、周りを見渡してみると、菓子店がどこもかしこも閉店している。俺たちと同じように甘味を求めてやってきたプレイヤーも、ガイドブック片手に途方に暮れていた。

 奇妙な事態に困惑しつつあたりを歩いていると、店先で客に詰められている製菓職人らしきプレイヤーがいた。


「どうしてどこの店も閉まってるんだよ? せっかく遊びにきたのに」

「申し訳ないが、俺たちもよく分からないんだ。作った途端に買われて、気がついたら完売してるんだよ。もう材料もなくて、閉めるしかないんだ」

「はぁ? 何がどうなってるんだ?」

「私にもさっぱりなんだ」


 困り果てる店主に、客も苛立ちより困惑を強める。


「そんな、どこの誰が買ってるんだよ」

「それがよく分からなくてなぁ。商品を受け取りに来るのは配送用ドローンなんだ」

「はぁ? 宛先はどうなってるんだ?」

「ええと、ちょっと待てよ」


 店主はウィンドウを操作して商品売買記録を開く。そこに表示されている宛名を読み上げると、客の男も首を傾げた。


「“深淵より出し暗黒の黒龍を滅殺したる黒衣の騎士ブラックナイト”?」

「な、よく分からんだろ?」


 店主と男は揃って腕を組み、首を捻っている。そんな二人の会話を聞いていた俺は、なんとなく一人思い当たる節があり、思わず額に手を当てた。


「レッジ、何か分かったの?」

「いやぁ……。多分違うと思うんだけどな」


 合っていて欲しくないという気持ち、合っていたらどうしようという焦りがない混ぜになる。もし予想が正しければ、ウェイドにも通報した方がいい案件だ。しかし、ネヴァとの旅行の最中に、そんなところへ首を突っ込んでいいものか……。


「よく分からないけど、レッジが動いた方がいいと思うならそうしたら?」

「けどなぁ」

「その代わり、私も付き合うわ。なんだかんだ、レッジが活躍してるのを側で見る機会って少ないのよ」


 そう言って彼女は口元を緩める。


「……すまん、ネヴァ。ちょっと寄り道する」

「あなたのエスコートに任せるわ」


 俺は身を翻し、通りを走る。向かう先は、都市の中央に聳える白塔。中央制御塔だった。


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Tips

◇“オイリーしまむら”

 所在地、シード02-スサノオ地下整備トンネル内のどこか。営業時間、日による。メニュー、“オイリーラーメン”。価格、時価。


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