第974話「黒鉄の列車」

 ネヴァとの待ち合わせは〈スサノオ〉の一角にある生産者広場と呼ばれる場所が指定された。露天の広場に焚き火台や作業用テーブルなんかが並んでいるところで、生産系スキルのレベルがまだ一桁程度の駆け出しが使う設備が一通り整っている。俺とレティがネヴァと初めて出会ったのも、この広場である。


「懐かしいな」

「何が懐かしいの?」

「うおっ!? き、来てたのか」


 広場を見渡して感慨に耽っていると、後ろから声を掛けられる。驚いて振り返ればいつもと装いを変えたネヴァが間近に立っていた。


「待ち合わせの時間ぴったりでしょ?」

「きっかり十分前だな」


 一応社会人の務めとして集合時間の十分前を目指してやって来たのだが、ネヴァも同じだったようだ。結局、二人とも少し早く顔を合わせることとなった。

 いつもは丈夫なデニム生地のツナギを着崩して褐色の肌を露わにしているネヴァだが、今日は少し様子が違う。動きやすいパンツスタイルは変わらないものの、街歩きを考えて淡い水色のシャツでラフに着飾っている。


「ネヴァの私服姿は新鮮だな。よく似合ってる」

「そ、そう? なら良かったわ。ファッションセンスとかないから、適当に雑誌に載ってたやつを一揃い買っただけなんだけど」

「それでちゃんと似合うのが凄いんじゃないか?」


 ファッション系ブランドとして有名なバンドもいくつかある。〈シルキー縫製工房〉なんかがその筆頭だが、あそこは色々なジャンルを手広くカバーしている。ネヴァが参考にした雑誌というのは、タイプ-ゴーレム専門のファッションを紹介しているらしい。


「それで、今日はどこに連れて行ってくれるの?」

「ああ。まずは〈ウェイド〉に行こうと思ってる」


 今日、ネヴァとここで待ち合わせしたのは、彼女のリフレッシュに付き合うためだ。そのために色々とプランを考えて用意した。


「〈ウェイド〉なら私も結構行ってるわよ?」

「具体的には?」

市場マーケット競売場オークションと……。あ、一回レンタルスペースも」

「そんなことだろうと思ったよ」


 やはり、ネヴァは生産活動に関係のないことをほとんどしてきていない。これではせっかくのFPOがもったいない。

 俺はネヴァの手を引いてヤタガラスのホームへ向かう。

 数分単位で各地の都市へと向かう列車が発着する巨大なプラットフォームには、今日も大勢のプレイヤーが詰め寄せている。そこかしこで騒がしい声がして、大柄なネヴァも更に大柄なタイプ-ゴーレムの男に押されて窮屈そうだ。


「れ、レッジ? あそこの車両が空いてたわよ?」

「今日は別のところだ。ほら、はぐれるなよ」

「ううっ」


 ネヴァの手を掴んだまま引っ張る。彼女を連れて歩いていると、徐々に人混みも解消されていく。代わりに綺麗な制服姿の上級NPCたちが各所に並び、奥へ奥へと案内してくれる。


「あの、レッジ?」


 戸惑った顔で周囲を見渡すネヴァ。線路場で停車しているヤタガラスの客車は、どれも高級感のある重厚な作りのものになっていた。俺は彼女の挙動不審な動きを見て苦笑しながら、目的の車両の搭乗口で立ち止まる。


「予約してたレッジだ。チケットもある」

『拝見いたします』


 上級駅員NPCにチケットを見せ、すぐに照会が終わる。


『レッジ様、ネヴァ様。特別客車“黒羽“へようこそ』

「うわぁ……!」


 乗務員に促され車内に足を踏み入れたネヴァが歓声を上げる。それを聞いて内心で手応えを感じながら、俺も後を追う。


「ヤタガラスの予約制有料客車だ。なかなか素晴らしいだろ」

「そもそもこんなのがあったなんて知らなかったわ」


 調査開拓領域の各地を結ぶ鉄道網、高速走行軌道列車ヤタガラス。普通車であれば、調査開拓員もNPCも無料で乗り放題の便利な移動手段だが、最近になって第一開拓領域にも導入が始まった第二世代にはごく少数のプレミア車両も存在する。そのうちの一つが、この“黒羽”というわけだ。

 一時間に五十本以上が運行される普通車とは異なり、“黒羽”は一日に三本の限定運行だ。しかも一本は五両編成で、一両を一組で貸し切るというかなり贅沢な使い方をしている。

 車内は広々とした絨毯敷きで、専用のバーカウンターまで併設されている。細々としたことを補佐してくれる専属乗務員が付いているため、かなりゆったりと過ごせるはずだ。

 この車両に乗ったことをカミルが知ったら、数日は口を聞いてくれなさそうだ。


「利便性よりも極上の体験を、ってことで移動速度も一般車両と比べてかなり遅い。そのぶん、車窓の景色を眺めつつ美味いもんでも食べよう」

「すごいわね……。この車両って有料なのよね?」


 ネヴァが気付かなくていいことに気付く。


「今回のは俺に支払わせてくれよ」


 リフレッシュツアーを計画したホストは俺なのだから、ネヴァはゆったり寛いでくれればいい。

 ちなみに“黒羽”は運行距離にも拠るが、スサノオ-ウェイド間であれば大体200kくらいでチケットが買える。


「お、動き出したぞ」


 モクテルを注いでもらって、ふかふかのソファに腰を下ろす。車窓を見ればゆっくりと景色が後方へ下がっていき、それで初めて列車が動き出したのを知った。

 免震装置がかなりしっかりしているのか、まるで車輪の動きを感じない。それどころか慣性すらあまり実感できないのはよく分からないくらいだ。


「列車なんて面倒だと思ってたけど、こういうのはいいわね」


 シャンパンを飲みつつカシューナッツを摘み、ネヴァがニコニコと笑う。

 FPOは妙なところがリアル思考で、SFじみた世界観の割に瞬間移動やテレポーテーションなんてことができない。町から町へと移動するには、わざわざ列車や飛行機に乗らねばならないのだ。それをリアルと取るか不便と取るかは調査開拓員の間でも分かれているが、俺はこのゆったりとした感じが気に入っている。

 生産仕事を少しでも進めたいネヴァはぱっと行ってぱっと帰ってくることができればいいのに、と思っていたらしいが、“黒羽”の寛ぎ体験を経て少し考えを変えたようだ。


「せかせかするだけじゃあ息が詰まるだろ」

「そうねぇ。ふふっ、お酒なんて久しぶりに飲んだわ」


 ネヴァが飲んでいるシャンパンは、とある醸造系バンドが作ったものだ。“黒羽”のラインナップに選ばれるだけあって、その品質は保証されている。あいにく、俺は仮想現実でも酒を飲んで酩酊すると色々差し障りがあって、最悪花山に叩き起こされる可能性もあるので飲めないが。


「酒は強いのか?」

「まあ、そこそこね。我を失うほど酔ったことはないかな」

「なるほど。ネヴァらしいな」


 ネヴァはとにかくきっちりしている。ログイン時間もプレイ時間も毎日しっかり決まっているし、その時間に納まるように全ての計画を立てている。メイドロイドのユアを雇いつつも、一人で大量の仕事を捌けているのは彼女の計画立案、遂行能力が高いがゆえだ。

 きっと、自分に厳しい人なのだろう。妥協しないからこそ良いものを作り、それが人を惹きつける。俺だって、彼女の助けがなければここまで来ることはできなかった。


「今回の旅行は、俺のツケの支払いみたいなもんだ。ネヴァはゆっくり羽を伸ばして楽しんでくれたらいい」

「……分かったわ。それじゃあ、お言葉に甘えて」


 グラスを揺らしながらいうと、ネヴァも分かってくれたらしい。待ち合わせの時から若干緊張していた表情を和らげ、椅子に深く座り直す。そうして、バーカウンターに立っていたNPCに手を挙げた。


「ごめんなさい。ワインをボトルで貰えるかしら?」

『かしこまりました』


 今日を楽しむと決めたネヴァが酒を頼む。瞬く間にテーブルが瓶とグラスとツマミで埋まり、彼女の頬が薄く赤く染まる。それでも彼女は楽しげに鼻歌を口ずさむことが多くなる程度で取り乱したりしないのだから、本当に酒に強いのだろう。

 いつもより少し陽気になったネヴァを乗せて、黒い列車はゆっくりと進む。向かう先は霧の向こうに広がる町である。


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Tips

◇特別客車“黒羽”

 第二世代高速装甲軌道列車ヤタガラスの特別車両。各都市より一日三本限定で運行される事前予約制の有料客車。一両に最大六名まで、一本につき五組限定。各車両に専属の乗務員が付き、飲食を始めとした様々なサービスが提供される。

 普通車の三倍の大きさを誇る車窓からは、調査開拓地の豊かな自然を堪能できる。

“極上の体験を、貴方に”


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