第973話「惑星観光案内」

「というわけで、今度やる〈万夜の宴〉であのミネルヴァが楽曲提供するらしいんだ」

「へー、すごいわねー」


 翼の砦での第一回打ち合わせを終えた俺は、その足でネヴァの工房を訪れていた。装備のメンテナンスやDAFシステムのパッチなんかの用事があったからだが、ついでにまだ情報系バンドからも発表されていない衝撃の事実を伝える。

 しかし、俺の予想とは裏腹にネヴァの反応は薄い。まるで事前にこのことを知っていたかのような、そっけないものだった。


「う、嬉しくないのか? ミネルヴァだぞ?」

「なんかレッジ、久しぶりに会った姪とかにずっとおんなじお菓子勧めてる叔父さんみたいね」


 ネヴァは呆れ顔で言い放ち、肩をすくめて立ち上がる。


「そりゃあ嬉しいしびっくりしたけどね。ま、私もいい大人だし? そんな飛び跳ねて喜ぶようなことしないわよ」

「はー、つまらないなぁ」

「失礼ねぇ」


 思った反応が見られず、拍子抜けだ。ネヴァは何やら思い悩んでいる様子で、部屋の中をぐるぐると落ち着きなく歩き回っている。彼女が素直にこの話を喜べないのは、何かそこに原因があるのかも知れない。


「話変わるけど、なんか困ってるのか?」


 俺でよければ相談に乗るぞ、と胸を叩く。


「あんまり話変わってないのよね……」


 ネヴァが複雑な面持ちで俺を見ながら、何事か小声で呟く。首を傾げると、彼女は慌てて首を振った。


「何でもないわ。ちょっと本業の方で行き詰まってて」

「あー、リアルの方か」


 ネヴァがリアルで何をしているのかは知らないが、あんまり踏み込んでいいものか考えてしまう。けれど、彼女の方が何か思った様子で、俺の隣に腰を下ろした。


「人に話すのも良いかもしれないわね。ちょっとボカすけど、聞いてくれる?」

「ネヴァが良いなら別に良いが……。リアルのことだと俺は何にもアドバイスできないと思うぞ?」


 なにせ、暮らしてる状況が状況だからなぁ。この前も花山に「人前で妙なモノを軽率に食べるな」とひどく怒られた。あれは俺が悪いわけじゃないだろうに……。鬱憤を晴らすためにちょっと外の空気に当たっていたら特殊部隊みたいな奴らがゾロゾロやってきたのは、ちょっと申し訳なかったが。

 ともかくネヴァは「人形にでも話すつもりで」と笑って語り始めた。


「ちょっと新しく大きい仕事が入ってきて嬉しいんだけど、なんというか最近調子が出ないのよ」

「調子が?」

「そう。別に体調が悪いとかじゃないけどね」


 詳しいことは知らないが、ネヴァはフリーランス的な仕事をしているのだろう。一応、名目上は会社員ということになっている俺には分からない悩みも多いはずだ。要は、彼女は今スランプに陥っているというわけだ。


「それなら、気分転換するのが一番だろ。旅行に行ったり、映画観たり」

「なんかそういう気分にもならないのよねぇ。ていうかFPOが気分転換なんだけど」


 彼女の言葉にそれもそうかと思い直す。FPOのやりすぎでほとんど生活の一部と認識してしまっていたが、実はこれゲームだった。


「あ、オフ会とかどうだ?」

「そういえばレッジ、前に〈白鹿庵〉でオフ会したんだっけ?」

「ああ。毎日会ってるレティたちでも、また違うもんだぞ」

「うーん、リアルで人前に出るの苦手なのよね」


 ネヴァの反応は芳しくない。彼女はFPOでも絶大な人気を誇りながら極力他人との交流を絶っている。工房の接客もほとんどメイドロイドのユアに任せているしな。

 彼女のオーダーメイドを望む戦闘職は星の数ほどいるが、実際にそれが適う者は一握り。そう考えると、俺はよくプレイ初日に彼女と出会えたもんだ。


「レッジが会ってくれるなら考えるけど?」

「えっ? あー、どうだろうな……」


 ネヴァに目を向けられてたじろぐ。

 レティたちとのオフ会もかなり関係各所に無理を言った上で実現したものだ。準備に結構時間がかかるし、負担も大きい。そもそもネヴァがどこに住んでいるのかも知らないし……。


「ふっ、冗談よ。でもまあ、オフ会とかはナシかな」


 ぐるぐると思考を巡らせる俺を見て、ネヴァが噴き出す。からかわれたことに気がついた俺は、憮然として彼女を睨んだ。ネヴァは飄々として立ち上がると、書きかけの設計図をテーブルに広げる。俺がDAFシステムのソフトメンテナンスを進めている間に、自分も溜まった仕事をこなそうと思っているようだ。


「ふんふふふーん♪」


 鼻歌を歌いつつも、彼女のペンは忙しく動き回っている。たまに止まってしまう時も、深い思案に暮れていて休んでいる様子はない。

 今日の鼻歌は『バニーホップ』だ。やっぱりミネルヴァの曲が好きなんじゃないか、と少し笑ってしまう。


「――それなんじゃないか?」

「えっ?」


 はたと気付いて口に出す。ネヴァは振り返ってきょとんとしている。


「ネヴァはリアルでも創作系の仕事なんだろ?」

「ええ、まあ。そうだけど……」

「それで、FPOでも生産職やってたらそりゃあ気も休まらないし息も詰まるだろ」


 当たり前と言えば当たり前のことである。なんで彼女はそれに気付いていなかったのか、逆に不思議なくらいだ。


「作ってばっかりじゃあ心も疲れるさ。たまには消費する側に回ったほうがいいぞ」

「消費する側ねぇ。そう言われても、なんかピンとこないわ」


 困り顔で眉を顰めるネヴァ。これはなかなか重症だ。

 彼女は毎日きっちりプレイ時間を区切っているし、そのうちのほとんどを生産依頼をこなすことに当てている。そのせいで、せっかくのVRMMOにも関わらずその極狭い生産という分野でしか楽しめていないのだろう。

 そう考えると、彼女が気分転換と言っていたFPOも、実際には気分転換になっていないのではないかと思ってしまう。


「ネヴァ」


 俺は立ち上がり、ネヴァに向き合う。彼女は驚いた様子で顎を引いた。


「明日は一日空けてくれ。俺と一緒に遊ぼう」

「ええっ!?」

「せっかくのゲームなんだ。楽しまないと損だろう? 俺が惑星イザナミの遊びを教えてやるよ」


 彼女は目を丸くしていたが、やがて口元に笑みを浮かべる。断られることも覚悟していた俺は、そのまま一気に畳み掛ける。


「あんまり他のフィールドに出かけたりもしてないんだろ?」

「アマツマラの地下坑道はよく行くけど」


 〈採掘〉スキルも持っている彼女は、金属素材は自分で集めている。けれど、生物素材や木材などとなると、他のプレイヤーが集めたものを市場マーケットで買う方が楽で早い。そのため、彼女の主な活動領域は工房のある〈スサノオ〉と〈アマツマラ地下坑道〉の二つに収まっていた。

 せっかく第二開拓領域やら地下やらと世界が広がっているのに、それではもったいない。


「もっと面白いもんがたくさんあるんだ。見せたい景色もある」


 俺がこの星にやって来たのは、広く美しい世界を見て歩きたかったから。そして今は、彼女にもそれを見てもらいたいと思っている。


「レッジプレゼンツ、惑星イザナミ観光ツアーだ。期待してくれていいぞ」


 俺がそういうと、ネヴァは笑って頷いた。


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Tips

◇焦げたチョコブラウニー

 焼き時間を間違えて半分ほど炭化したチョコブラウニー。

“すみません、ご主人様!!”――ユア


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