第972話「宴の打ち合わせ」
第二次〈大規模開拓侵攻;万夜の宴〉の開催が告知されたのは、突然のことだった。
より正確に言うならば、多くの調査開拓員たちにとって青天の霹靂であって、俺は事前にイザナミ計画実行委員会から話を聞いていたわけだが。
「と言うわけで、今回の〈万夜の宴〉は実行委員会、より正確に言うならそこから指示を受けたT-1たちが主催となって行う公式イベントとなった。とはいえ、今回も引き続き、俺たち緊急特務隊も運営側として色々動くことになる」
〈大鷲の騎士団〉の本拠地、翼の砦。そこの大会議室に集まった面々を見渡す。
第一次にナンバリングされる〈万夜の宴〉で共に活動した〈大鷲の騎士団〉〈
〈万夜の宴〉の公式化と共に知らされた第二次の開催に向けて、最初の打ち合わせが開かれたのだ。
『そういうわけじゃから、ここからは妾が司会進行を務めるのじゃ』
簡単な挨拶を終えて、俺は今回の責任者であるT-1にマイクを譲る。彼女はペコリとお辞儀をすると、早速第二次〈万夜の宴〉について説明を始めた。
『まずはなぜ今の時期に宴を開くと決めたのか。これは単純に、ここのところ領域拡張プロトコルの進捗が鈍いのが理由じゃ』
「あはは、なかなか手厳しいですね」
指揮官からの率直な指摘に、大手攻略ギルドのリーダーは苦笑する。〈大鷲の騎士団〉も最近だと〈窟獣の廃都〉のボス討伐を達成したり成果を挙げているのだが、T-1はまだ足りないと言うのだ。
『お主らの活躍はよく知っておるよ。しかし、いかんせん色々な事が方々で同時多発的に起きたせいで、調査開拓員全体としての力が分散してしもうた』
「たしかに、それは言えてるにゃー。遺跡島はまだボスが倒せていないし、廃都も地下の探索が済んでない。レッジはイザナギ関連が忙しそうだし」
『そういうことじゃ。あとは、お主らだけでなく管理者側の問題もある』
指折り数え上げるケット・Cに同意しつつ、しかしそれだけではないとT-1は別の理由に言及する。
『……うぅ』
同じテーブルについているスサノオ、ウェイドたち管理者が表情を暗くする。
『最近、管理者が領域拡張プロトコルの進行に熱意を見せておらぬ』
『それは違います!』
冷ややかな表情で言い切るT-1にウェイドが異議ありと立ち上がる。そのまま発言を許された彼女は、烈火の如く捲し立てた。
『私たちは〈
『お主は毎日毎日甘いもん食べとるだけじゃろうが! 砂糖の消費量がシード02-スサノオだけ一つ二つ桁が違うのじゃぞ!』
力説するウェイドだったが、ものすごい剣幕のT-1によって封殺されてしまう。
『う、スゥはそんなこと、ないよ……?』
『いやぁ、スサノオの担当区域はもう結構開拓も進んでおるからのう。シード01管理者として、他管理者の指導を期待しておるのじゃが』
『う……』
おずおずと手を挙げたスサノオも、困り顔のT-1に言われて黙ってしまう。
スサノオが管理しているシード01-スサノオがあるのはオノコロ高地のど真ん中、すでに周辺一体の調査開拓活動もひと段落して久しい。
そのため、今の彼女にT-1たち指揮官が期待しているのは他管理者の指導と新規入植を果たした調査開拓員――つまりFPO初心者のアシストなのだが、スサノオは従来の気弱な性格が祟ってなかなか他管理者に強く言うことができていないようだった。
「スサノオは優しいからなぁ」
「彼女の人格形成にはレッジさんが一枚どころか二十枚くらい噛んでるの忘れてませんよね?」
涙目のスサノオを見て可哀想に思っていると、隣に座っていたレティに突っ込まれる。
あんまり痛いところを突いてくれるな。
『他の管理者もそうじゃ。キヨウは花道に目覚めよったし、サカオはスパイスの調合に精を出しておる。スサノオも収益の上がる闘技場運営にリソースを割いておる。しっかりプロトコルに則って活動しておるのはワダツミとミズハノメの二人とホムスビくらいじゃぞ』
腕を組んでプンプンと怒るT-1に、管理者一同がしゅんと肩を縮める。そういうT-1だって稲荷寿司食ってばかりじゃないか、と思わないでもないが、彼女は案外しっかり仕事はやってるらしい。
しかしキヨウやサカオは最近会っていなかったが、二人とも自分の街で色々やっていたらしい。なんでもキヨウは花道大会を、サカオはカレー選手権を開催したとか言っていた。
『と言うわけで、お主ら最近弛んでおる! じゃから、大規模開拓侵攻を一発かまして発破をかけることにしたのじゃ』
直属の上司である指揮官のT-1に強い言葉で言われてしまえば、管理者たちも粛々と頷くしかない。
「そういえば、一ついいかな?」
空気が重たくなってきたところに〈七人の賢者〉からメルが手を挙げる。T-1が彼女の方へ振り向いて頷くと、赤髪の少女は椅子に座ったまま疑問を投げかけた。
「前の宴だと人気投票とか巡回とかしたよね。今回もあれやるの?」
『うむ。以前から管理者クラスの者も増えたからのう』
言われてみれば、管理者も増えたもんだ。T-1たち“三体”の面々を引き摺り下ろすためのイベントだったわけで、その頃はウェイドたち七人しかいなかった。今では第零期団のコノハナサクヤやオモイカネもいるのだ。
「そういえば、ブラックダークとクナドはどうするんだ。二人も一応管理者相当なんじゃないのか?」
『あやつらは色々扱いが難しいんじゃがのう……。まあ、今回の宴で出番は作る予定じゃ。そこでの活躍次第じゃな』
直近で言えば、ブラックダークとクナド、さらにイザナギも管理者以上の権限を持っていたNPCだ。T-1は彼女たちを特別排除するつもりもない様子で、今の所は流れに任せると言った。
「となると、人気投票は十五人? 大所帯になってきたねぇ」
「このまま五十人くらい目指せるかもにゃー」
「そうなったらユニットで分けたりしないとダメかもな」
『お主ら、運営が妾に移ったからと言って呑気じゃなぁ』
一気に倍に増えるとなると、ステージも一から設計し直しになるだろう。恐らく今回も〈ダマスカス組合〉に頼むことになるだろうから、早めに話を進めておかねばならない。
「歌と踊りはどうするんだ? またアイに手伝ってもらうのか?」
「うえええっ!? ぜ、前回の規模でもかなり荷が重たかったんですが」
第一次宴ではウェイドたちがステージで踊る曲や振り付けを匿名という条件の下でアイに提供してもらっていた。今回もそれを踏襲するのかと思ったが、当のアイがブンブンと首を振っている。〈大鷲の騎士団〉副団長といえど、なかなか恥ずかしさは消えないらしい。
しかし、T-1は『安心せい』と鷹揚に頷く。
『実は今回の宴は既に色々仕込んであってのう。運営委員会を通じて、ミネルヴァという歌い手から楽曲を提供してもらうこととなった』
「みっ、ミネルヴァ!?」
T-1の口から飛び出した驚きの言葉に、アイが飛び上がる。ケット・Cやメルたちも、流石にそのような展開は予想していなかったようで目を丸くしている。
「みみみ、ミネルヴァってあのミネルヴァですか!?」
珍しくテンションが天井を破っているアイがテーブルを回り込んでT-1に詰め寄る。想定以上に強烈な反応にT-1の方がたじろぎながらも頷く。
『う、うむ。妾はそういうのあんまり知らんのじゃが、なんか有名なんじゃろ?』
「なんか有名って! めちゃくちゃ有名ですよ! うわー、そうだったんだ。うわー、うわわ、うわー……」
喜びがオーバーフローしてしまったのか、アイから語彙力が消失する。
「しかし、ミネルヴァか。コラボ案件とかそう言う感じになるのかね」
「運営委員会協賛企業みたいな扱いになるのかもしれませんね」
FPOはコラボイベントこそやっていないが、各所に協賛企業として現実でも活動している企業が絡んでいることがある。今回のミネルヴァ協力もそのような形になるのだろうか。流石に事務所は通すだろうしな。
しかし、どういう縁でFPOと繋がったんだろうか。
「ミネルヴァもFPOやってるのかも知れませんね」
「彼女の歌はいいのが多いからなぁ。もしミネルヴァがFPOで歌ってるなら、すぐに気付く自信があるぞ」
レティやネヴァなどミネルヴァのファンが身の回りに多いこともあって、最近はよく彼女の曲を聴き込んでいる。おかげで今ならイントロだけでどの曲か分かるくらいだ。もしミネルヴァ本人がどこかの都市の街角で歌っていたら、すぐに気付いてしまう自信がある。
まあ、彼女もわざわざゲーム内で本人だと明かされたくはないだろうが。
「その、ミネルヴァが楽曲提供するって情報は伏せといた方がいいのか?」
『いいや、むしろ積極的に宣伝してくれると助かるのう。それで新たな開拓員が来てくれるのも狙っておるからの』
「なるほど。それじゃあ情報系バンドにも流しておきましょうか」
T-1の意向を確認して、アストラは早速メッセージを各所に送り始める。大手攻略バンドのリーダーとなれば、情報屋との関係も深いらしい。
俺はあいにくそう言うのとは縁がないし、ブログに書くくらいしか宣伝する方法はないかな。
ああそうだ、ネヴァには教えてやろう。彼女の驚き喜ぶ顔が目に浮かぶ。
『第二次宴は、前回と比べて規模としてもかなり大きくなる予定じゃからな。まだ開催には時間があるが、準備は忙しくなると思うのじゃ』
「任せてくれ。俺たちもできる限り手伝うよ」
『そう言ってくれると頼もしいのう』
T-1は朗らかに笑い、早速第二次〈大規模開拓進行;万夜の宴〉の具体的な構想を明らかにしていく。俺たちはそれを聞きつつ、忌憚のない意見を投げていった。
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Tips
◇第一回キヨウ生花コンテスト
地上前衛拠点シード03-キヨウで開催された生花コンテスト。各々で用意した草花を使い、ひとつの鉢の中で自身の感性を表現する。
優勝者には特殊な栽培方法で交配を繰り返した、貴重な“ゲーミングローズ”が贈呈された。
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