第969話「愛の料理」
最後の挑戦者は〈三つ星シェフ連盟〉所属の料理人、デラウマックス☆トシゾーだ。提出した“無限わんこいなり”がGMによって消去され、仕切り直しとなったにも関わらず、彼は不屈の精神で再び料理を作り上げた。
「帰ってきたデラウマックス☆トシゾー氏! 彼が持って来たのはこの料理!」
MCの声に合わせて、トシゾーが料理を披露する。
〈三つ星シェフ連盟〉の制服を着た料理人たちがワゴンを続々と連ねてやってきて、テーブルの上に料理が並べられる。それは、古今東西様々な料理が一堂に会した豪勢なものだった。
「俺の料理はこの全て、“ワールドビュッフェ”だ!」
洋食、和食、中華。焼き、煮込み、蒸し。ありとあらゆる種類の、ありとあらゆる調理法の料理がそこに並んでいた。まさに世界の全てをそこに凝縮したかのような、そんなバイキング形式の料理である。
「さあ、好きに食べてくれ」
「では早速、いただきます!」
最初に審査員席から飛び出したのはレティである。あれだけ食べてまだ食べる隙間があるのは、もはや呆れを通り越して恐ろしい。
『ケーキです! シュークリームです! チョコレートファウンテンです!!』
続いてウェイドも後を追う。彼女が向かったのはスイーツ類が並ぶエリアだった。他の料理には目もくれず、大皿にケーキやらエクレアやらを次々と載せている。
鬼瓦は和食のエリアへと向かい、茶漬けを楽しんでいる。完全にシメの気分になっているようだ。
『ふおお、おいなりさんもあるのう』
『これほどの料理、まさしく愛と呼んで違いありません。これは愛ですよ』
『いい情報量。飽きることがない』
チーム指揮官たちも銘々に楽しんでいる。T-1は早速、山のように積まれた稲荷寿司を崩しにかかっているし、T-3はハート型の桃饅頭を手にとっている。T-2は甘いもの辛いもの酸っぱいもの苦いものを次々と食べて、その複雑な味の変化を楽しんでいるようだ。
「イザナギも好きなもん食べて来ていいぞ」
『オムレツ食べたい!』
ワクワクを全身で表現しているイザナギを連れて、俺もテーブルに向かう。小さめのオムレツを皿に取ってやると、彼女はケチャップで口を汚しながら美味しそうに食べていた。
『錚々たる面々、これこそ“
『ん〜〜! このバターロールすっごい美味しいわね」
チーム重要参考人の二人も早速食べている。パンも種類が豊富で、厚切りの食パンやサンドウィッチ、クロワッサン、果てはあんパンまで揃っている。
ビュッフェと言うことで自分のペースで自由に食べられるのが、胃の重たい俺にはありがたかった。
「しかし、十人でもこの量はちょっと食べきれないぞ」
審査員に飛び入り参加の二人を加えて十人。しかし、俺と鬼瓦はもう満腹だ。レティも流石に最初ほどの勢いはなくなっている。この面々だけで全て食べ尽くすのは、少々骨が折れそうだった。
「審査委員長、ちょっといいかい?」
イザナギに野菜を渡して嫌な顔をされていると、トシゾーがウェイドに話しかけていた。
『モグモグモグモグ……。モグモグ』
「ええ……」
口いっぱいにスイーツを頬張っていたウェイドは少し待つよう手で示し、口を動かす。食べ終えてから話し出すのかと思ったら、手に持っていたシュークリームも放り込んでいた。
それも全て食べ終えて、ようやく彼女が口を開く。
『モグン。……どうかしましたか?』
「流石にちょっと作りすぎたからな。審査委員長が良ければ、客席のみんなにも振る舞いたいんだ」
『なるほど』
どうやらトシゾーは元から俺たちだけを目指していたわけではないらしい。彼の提案に、お預けを食らっていた観客たちが歓声を上げる。
目の前でこんなに美味しそうな料理を広げられたら、そりゃあ腹も減るというものだ。
『そうですね……。うーん……』
しかし何故かウェイドの反応は芳しくない。彼女はすぐには頷かず、何やら不安そうにチラチラと視線を動かしていた。
「ウェイド、もしかして……そこのケーキを独り占めできないのが嫌なのか?」
彼女の視線の先にあるのはビュッフェのスイーツコーナー。山のように積み上げられた洋菓子和菓子である。まさかと思って声を掛けてみると、彼女は面白いくらい大きく肩を跳ね上げる。
『そっそそそ、そんなわけないでしょう!』
「めちゃくちゃ図星じゃないか」
管理者がそんなことするわけない、みくびるんじゃない、と騒いでいるが、それでも自分の大皿にケーキを積み上げていく。もう確保に走っているじゃないか。
あからさまな行動にトシゾーも苦笑いである。
「そういうことなら、オレたちも混ぜてくれませんかね!」
「せっかくの激デカ料理じゃ。ワシらももっと多くの客に振る舞いたいわい!」
そこへ突然、声があがる。
何事かと振り返ると、すでに出番を終えたはずの料理人たちがステージに上がって来ていた。それを見て、トシゾーも頷く。
「審査委員長、俺は一度挑戦した身だ。本来ならもう役目も終わってる。この“ワールドビュッフェ”は選考外としてもらってもいい」
『……なるほど。分かりました、そういうことなら』
ウェイドが頷く。
客席から歓声が上がり、立ち入り制限が解除された。
「うおおおおっ! 飯だ飯だ!」
「俺にもそのチャーハン食わせろ!」
「おいなりさん食べたら実質T-1ちゃんになれるってコト!?」
雪崩れ込んできた観客たちが早速料理に手を伸ばす。ウェイドが狙っていたスイーツも次々と取られてしまい、彼女は露骨にしょんぼりとする。
しかし、キッチンに戻った料理人たちが、彼女のために新しい甘味を次々と作る。今度はトシゾー氏よりも専門性の高い製菓職人たちによるものだ。
『美味しいです! 甘いです! もっと欲しいです!』
あっという間にウェイドの機嫌も治り、両手にスイーツを持ってパクパクと食べている。むしろ、自分から取りに行かなくても次々と新しいスイーツが供されるため、極楽気分に身を浸している。
「おっさん、イザナギちゃんに俺の特製唐揚げを食べてもらいたいんだが」
「別にいいぞ。イザナギが食べたいなら」
『食べたい!』
俺のもとにも、何故か料理人たちが殺到する。彼らはイザナギに自分の自信作を食べさせてやりたいと目を輝かせていた。イザナギもそれに快く応じて、パクパクと食べ始める。まるで餌付けされているような光景だが、彼女が幸せならそれでいいか。
ステージは料理人たちが腕をふるい、それを参加者たちが食べる交流会の様相を呈していた。その場で商談らしきものも始まっていて、何やら騒がしい。
「審査委員長、今回の評価はどうするんだ?」
一心不乱にケーキをパクついているウェイドに話しかける。
彼女は周囲を見渡して、小さく肩をすくめた。
『結果はもう、決まってしまったようですね』
デカ盛りの真髄がそこにあった。
料理とは、多くの者の腹を満たす幸せの根源だ。
ウェイドが手を叩き、注目を集める。そうして、審査委員長として最終結果を高らかに発表した。
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Tips
◇ワールドビュッフェ
料理人が全ての実力を注いで作り上げる至高の料理。保有しているレシピ全てを使用し、大規模な立食形式の饗宴を開く。
他の料理人と協力することで、より豪華なものも作ることができる。
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