第968話「もたれる胃」
直径1メートル、長さ5メートルを超える巨大な太巻きがテーブルに載せられる。〈サムライ〉ロールも習得しているという料理人が猿のような奇声を上げて刀を振い、太巻きを輪切りにする。それでも一つ一つがブルドーザーのタイヤほどあるのだが、レティは早速それを食べ始めた。
「開運おみくじ太巻きですか。なかなか美味しいですね」
『中の具材が変わっていて、それによって運勢が分かるという楽しみもあるんですね』
巨大な太巻きだが、味が単調にならないように様々な食材が散らされている。そのおかげで、ウェイドたちも満腹感を忘れて楽しみながら食べることができているようだった。
『クックック。錚々たる豪族の王たちを極白の地に誘い、黒き衣によって包囲する。これこそがかの有名な
『わ、エビが出たわ! 大吉よ、大吉!』
飛び入り参加のブラックダークとクナドの二人も純粋に食事を楽しんでいる。二人がパクパクと食べている姿も可愛らしく、中継のカメラが続々と集まっていた。
「そういえば、恵方巻きの文化ってイザナミにもあるんですかね?」
「年末年始には何かしらのイベントがされるんじゃないか?」
FPOの大きなイベントと言えば特殊開拓指令だが、季節ごとのイベントもちょくちょく開催されている。ハロウィンのイベントなどはレティたちもずいぶんと張り切っていたもんだ。この調子なら、年末になるとクリスマスイベント、年越しイベントと続いて、年始にニューイヤーイベントなども開かれる可能性は高い。
「美味しそうなイベントが盛りだくさんですねぇ。クリスマスケーキも楽しみです」
『今、ケーキと言いましたか? ケーキはどこにあるんですか?』
「ウェイドはちょっと落ち着け」
糖分過多で冷静じゃなくなっているウェイドに、苦い茶を渡す。自分の出番を終えたカミルが、厚意で淹れてくれたものだ。これを飲むと先ほどの薬膳ほどではないにせよ、腹がすっきりとする。
『うー、そのお茶はあんまり得意じゃないです……』
「そんなに苦味もないだろうに」
『レッジのバカ舌では分からないんですね。私くらい繊細な味覚センサーにアップグレードしたらどうですか?』
「味覚センサーは管理者も調査開拓員も同じだろうに」
嫌がるウェイドに呆れながら、彼女が飲まないお茶を自分で飲み干す。こんなに美味しいのになぁ……。
太巻きの総合評価は星十一個。おみくじ形式にした創意工夫が評価された形だった。
次に手を挙げた挑戦者が出してきたのは“バスタブチーズフォンデュ”。名前そのまま、猫足の白いバスタブにチーズがなみなみと溜められていた。
「如何にデカ盛りと言えど、許せるのは桶までですかね……」
「問題はないのじゃろうが、衛生的な面が気になるのう」
『チョコフォンデュならもっと良いと思います』
『おいなりさんはチーズにも良く合うのう』
バスタブと料理という組み合わせがプレイヤー陣営にはあまりウケが良くなく、逆にNPC陣営はさほど気にしていない様子だった。獲得した星は八つと芳しくない成績で終わる。
納得がいかないと叫んだ挑戦者がウェイドの意見を汲んでチョコフォンデュも作ったのだが、絵面が厳しすぎて客席からも不評の声が飛んでくる結果に終わってしまった。
「ミーのピザはイザナギイチね!」
続いてのチャレンジャーが繰り出してきたのは直径5メートルの超巨大ピザ。生地を捏ねる段階からかなりアクロバティックなパフォーマンスをしていて、看守の注目を引いていた。
陽気なヒゲのおじさんがハイテンションで持ってきたそれは、奇しくもチーズがたっぷりと載っている。サラミやソーセージ、トマトにガーリックと他の具材も満載で、豪華なピザだ。
『大いなる
『変なこと言ってないで食べなさいよ。美味しいわよ』
『むぐっ!? うむ、美味であるなぁ』
クナドとブラックダークも別に仲が悪い訳じゃないんだよなぁ。
切り分けたピザをブラックダークの口に押し込んでいるクナドを見ていると、仲睦まじい姉妹のようにも見える。まあ、実際二人とも封印杭というものの管理者にあたるNPCなのだから、姉妹と言って差し支えはないのだろうが。
「レッジさん、こっちのペパロニゾーン美味しいですよ」
「うん? おお、後で食べるよ」
レティに美味しいところを勧められたが、今はちょっと手が離せない。チーズがたっぷりのピザを食べていたイザナギが、端から次々と溢してしまして手が足りないのだ。
「むぅ。早く食べないと冷めちゃいますよ。冷めたピザほど悲しいものはないんですから。ほら、あーん」
「むぐっ!?」
肩を叩かれ振り返ると、口に香ばしいペパロニピザが突っ込まれる。見れば、レティがお勧めの所を切り分けて持ってきてくれたようだった。
「もごっ、もごっ」
「喉詰まらせちゃダメですよ。ほら、コーラもありますから」
詰まりそうなのは予期せず口にピザを突っ込まれたからなのだが、レティはコーラの入った紙カップを持ってくる。それでピザを押し流し、なんとか一息つく。
「まあ、美味いな」
「そうでしょうそうでしょう。ほら、こっちのシーフードマヨゾーンも美味しいですよ!」
「もががっ!?」
一息ついたのも束の間、レティが新しいピザを持ってくる。断る暇もなく押し込まれ、飲み込んだら次がやってくる。
なんだかフォアグラにされるガチョウの気分だ。もしくは生命維持装置に繋がれている病人。後者はリアルの俺とそう変わらんか。
『何やってんのよ、アンタたち……』
『審査員は正当な審査をするべきですよ』
結局、カミルとウェイドに窘められて、レティが止まる。もうちょっと一口サイズくらいだったら余裕もあったのだが、レティの一口だとだいぶデカいからなぁ。
「さあ、続いての挑戦者は〈ベジタブルズ〉のクックルドゥー氏! 料理は“揚げ物カーニバル”です!」
続いての挑戦者は所属名に偽りしかない揚げ物の山を出してきた。申し訳程度にレタスが敷かれている以外は全てが茶色い男子高校生みたいな料理だ。唐揚げ、豚カツ、メンチカツ、コロッケ、春巻き、揚げ餃子と油ぎった品々がうず高く積まれたオードブルである。
「ここにきて油ものか……。中年の胃には辛いな」
「美味しそうですねぇ。いただきます!」
尻込みする俺に対して、レティは元気に箸を取る。
これが若さか、と年齢の違いを実感しつつ、それでも審査しないわけにもいかないから俺も唐揚げを取り皿にとる。
「イザナギは何がいい?」
『にく!』
「はいよ。イザナギは肉が好きなんだなぁ」
今回の料理王決定戦を通じて、イザナギも随分色々な料理を食べてきた。そのおかげで、彼女も自分の好みをかなり把握できるようになった。とはいっても、ガッツリとした味の濃いもの、肉や揚げ物と言った子供が好きそうな定番料理が好みらしいが。
イザナギのぶんを取り皿に取り、彼女に渡す。イザナギはフォークを使ってモリモリと食べ始めた。体は俺よりはるかに小さいのに、流石は龍といった食べっぷりだ。
『うーむ、揚げたおいなりさんはあるのかの?』
「それは稲荷寿司に分類していいのか?」
料理が稲荷寿司ではないと知ると、途端にT-1のやる気が下がる。代わりにT-2たちは稲荷寿司に飽き飽きしているため、バランスが取れていると言えばそうなのかもしれない。
『パラメータを変えると印象も変わる。興味深い』
T-2はレモンやタルタルソース、オーロラソース、チリソースといった味変を色々と試すのが好きなようで、揚げ物は三人の中で一番よく食べていた。
胃もたれしない元気な体が羨ましい。
揚げ物カーニバルの星評価は十個。俺と鬼瓦の年齢が足を引っ張った形となった。
「さあ、ついに最後の挑戦者となりました! フィナーレを飾るのは、一度は失敗したこの男! 〈三つ星シェフ連盟〉、デラウマックス⭐︎トシゾー!」
そしてようやく、最後の挑戦者が現れた。
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Tips
◇揚げ物カーニバル
唐揚げから揚げ餃子まで、20種類を超える揚げ物をひとつに纏めた豪勢なオードブル。みんなで食べるとハッピーに。
レタスが敷いてあるのでカロリーもゼロ。罪悪感なく楽しめる。
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