第967話「乱入した二人」

『ぐわあああああっ!?』

『やめろーーーっ! 私は関係なーーーい!!!』


 突如としてステージに飛び降りてきたブラックダークとクナドは、即座に追いかけてきた警備NPCの大軍によって床に組み伏せられた。急展開に次ぐ急展開で、客席もMCも反応が追いついていない。T-1たちがものすごく面倒臭そうな顔をして、二人の前に立った。


『お主ら、なーんでこんな所に来ておるのじゃ? ちゃんと部屋の鍵は閉めておいたはずなんじゃが?』


 せっかく一日の制限摂取量を超えて無限に稲荷寿司を食べられる機会だというのに、こんな形で邪魔が入ってしまったことにT-1は苛立ちを覚えているようだった。指揮官の不穏な空気を感じたクナドは真っ青になってブンブンと首を振っているが、隣のブラックダークが不敵な笑みを浮かべて口を開く。


『クックック。あの程度の縛めで我を拘束できると思うなど、笑止千万! 多少時間を掛ければこうしてロックを解除して――』

『はいはい。じゃあ今後は障壁の数を増やしておくかの』

『ぐぁっ!? そ、それはちょっと困る――いや、全能たる我にとってはどれほどの壁ももはや意味を成さないが、あいや、ええっと』


 T-1が興味なさげに何かを操作すると、ブラックダークが急に慌て出す。脱獄が余裕だと言われたらそりゃあ警備も厳しくなるだろうに、迂闊な子だなぁ。


『私は止めたんですよ! 共犯じゃないんですよ!』

『ログを見た限り、お主も障壁破りを手伝っておるではないか』

『脅されたんですぅ! 仕方なかったんですぅ!』


 無罪を訴えていた〈淡き幻影の宝珠の乙女ファントムレディ〉ことクナドも、T-1にログを参照されてあっけなく陥落する。恐らく、〈淡き幻影の宝珠の乙女ファントムレディ〉時代のことで何か言われたのだろうが、それにしてもチョロすぎる。


『しかし此度の件はお前たちの落ち度もあると、あえて言わせてもらおう』


 両腕を後ろで縛られて組み伏せられたまま、ブラックダークが断言する。

 T-1とウェイドは互いに顔を見合わせ、「まあ一応聞いといてやるか」と言わんばかりの顔で続きを促す。


『我輩をあのような虚無の箱ダークスペースに封じておきながら、お前たちはこうして堕落的な饗宴を楽しんでいるとは! これを裏切りと言わずなんという!』

『いや、あなたはまだ取り調べが終わってないからでしょう』

『我輩も調査開拓団の同胞であろうがーー!』


 ウェイドの真っ当なツッコミも意に介さず、ブラックダークが悲痛な叫びを上げる。

 結局のところ、閉じ込められて退屈していたらウェイドたちが楽しそうにご飯を食べているのを知って、羨ましくなって出てきたらしい。ちょっと警備がザルすぎないか?


「まあ、イザナギだって審査員やってるんだ。二人も参加していいんじゃないか?」

『貴方はまた外野から勝手なことを……』


 軽く提案してみると、ウェイドが「余計なことを言うな」と睨んでくる。

 しかし、すかさずブラックダークが警備NPCの拘束から抜け出し、俺の方へと飛び込んできた。


『クハハハ! 平の調査開拓員にも話が通じる聡明な者がおるのだな!』

『レッジさん!? 貴方は何を――いだだだだっ!』


 ギラギラと目を光らせるブラックダーク。クナドが何か言おうと口を開いたが、警備NPCによって捕縛を強められて悲鳴を上げる。警備NPCはブラックダークも拘束しようと襲い掛かっているのだが、それらは全て片手で跳ね除けられている。

 なんだかんだ言ってこの少女、ウェイドの町を一度乗っ取っただけのことはあるらしい。


「ブラックダークも別に暴れようと思ってきたわけじゃないんだろ? 腹でも減ってたのか?」

『完全なる生命体である我輩に空腹という概念などない。しかし、ずっと部屋の中で質問ばかりされているのも気が滅入る。たまには光を浴びて散歩でもせねば、心が死ぬ』

『重要参考人にあるまじき発言じゃなぁ』


 堂々と言い放つブラックダークをT-1が呆れた目で見る。

 ブラックダークが今まで拘束できていたのは彼女にその意思があったからに過ぎない、というあまり良くない事実を見せつけられた以上、指揮官も管理者も下手に動けないらしい。


「ま、ちょっとくらいなら息抜きってことでいいんじゃないか? 今更退場させるわけにもいかんだろ」

『それは……』


 ウェイドが観客席の方を見る。

 今回の料理王決定戦を一目見ようと集まった数百人のプレイヤーたちが、ブラックダークとクナドの登場に驚いていた。ただでさえ〈ウェイド〉奪還作戦は唐突に始まったイベントだったため参加できないプレイヤーも多く不満も上がっていたのだ。そこで登場した新たな少女たちがこうして人前に現れることも稀で、会場のボルテージは鰻登りである。


「一部の人は悶え苦しんでるみたいですけどねぇ」


 レティが苦笑して言う。ブラックダークの言動は特定のプレイヤーの何かを刺激するようで、苦しげに呻いている姿がちらほら散見できる。


『しかしまあ、出てきてしもうたものは仕方ないか……。企画主催者はどう言っておる?』


 ひとまずこの場は指揮官代表のT-1と、主催者〈三つ星シェフ連盟〉代表の鬼瓦が協議することとなった。とはいえ、プレイヤーからすれば飛び入りゲストでブラックダークとクナドがやってくるという事態は願ってもない展開だ。二つ返事で出演OKが出される。


「審査員とするわけにはいかぬがな。特別相談員として席を設けよう」

『申し訳ないのう。気遣い感謝するのじゃ』


 鬼瓦とT-1の話し合いが終わり、飛び入り二人は相談員として参加することになった。審査員として星も上げてしまうと、既に審査を終えた挑戦者たちが不利になるという配慮からだ。


『クックック。その技を極限まで磨きし熟達の厨人たちの真髄、とくと見せてもらおうではないか』

『マジでその言葉遣いやめてって!』


 急遽用意された席に座るブラックダークとクナド。混乱も落ち着き、再び料理人たちが作業に戻る。

 正直、デカ盛り料理で腹がいっぱいになってきていたので、ここで助っ人が来てくれたのは素直にありがたい。そんなことを思っているのは俺と鬼瓦だけだろうが。


「えー、あー。そう言うわけなので、みなさん奮ってご参加ください!」


 完全に置いてきぼりにされていたMCが雑に締めくくる。

 激デカ料理王決定戦、挑戦者の数はあと10名ほどとなっていた。


━━━━━

Tips

◇拘束用爆裂首輪

 管理者もしくは指揮官が重要参考人かつ危険性ありと判断した個体に対して装着を義務付ける頑丈な鋼鉄製の首輪。通信監視衛星群ツクヨミと常時接続が保たれており、通信途絶状態が10分以上継続した場合には内部の爆破機構が発動し、装着者の身体を傷付ける。

 現在、ファームウェアアップデートは2,879回実施されており、合計7798層の電子的術式的多層防御障壁が構築されている。

 インシデント-2880にて電子的術式的多層防御障壁が全て突破されたため、アップデートver.2880が計画されている。


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