第966話「ほろ苦い優しさ」

 リタイア、失格、仕切り直しと波瀾万丈の料理大会。デカ盛りが次々と出されてくるだけあって、審査員の鬼瓦も少し腹の辺りを苦しげにさすっている。一応、審査員は料理を完食する必要はないとはいえ、中には内部で味付けを変えて工夫しているものもあるため、結局正当な審査のためには全てを食べきる必要があった。


「そんななか、レティは変わらないなぁ」

「うーん、美味しいですねぇ」


 俺の隣のテーブルには山のように積み上げられた巨大なミートソーススパゲティ。重量は軽く十キロを超えていそうなもので、拳大のミートボールがゴロゴロと載っている。しかも味変には粉チーズとチリソースのみというストロングスタイルだ。

 どうやらチャレンジャーはミートソーススパゲティ専門店という尖った店を営む料理人らしく、今回はその看板メニューで挑んできたらしい。


「もぐもぐもぐ。いやぁー、トマトもいいもの使ってますね。これはなかなか……」


 視界全てが真っ赤に染まるほどのデカ盛りで、味も全く変わらないというのに、レティは軽快に食べ続けている。彼女を飽きさせないように色々と味変の工夫を凝らしていた他の挑戦者たちが呆然と立ち尽くすほど、凄まじい食べっぷりだ。

 結局、レティに必要なのは小手先の技ではなくて、真正面から叩き壊すような強い芯だったのかもしれない。


「ご馳走様でした! とっても美味しかったです。星14です!」


 レティが今大会の最高評価を下す。会場が激震し、スパゲティの製作者もまさかと口を開けてしまっていた。


「貴方のミートソーススパゲティ愛はしかと受け止めました。これからもこの情熱と誇りを忘れず、邁進してください。――それはそれとして、あとでお店の住所教えてください。ちょっと物足りなかったので」

「は、はぁ……」


 レティから掛け値のない賞賛を受け、夢心地のまま挑戦者は去っていく。その趨勢を見守っていた挑戦者たちは、料理の方向性にまた頭を悩ませるのだった。


『ねえ』


 イザナギたちが総合審査のおにぎりを食べているのを見ていると、声が掛けられる。顔を上げると、エプロン姿のカミルがててんと立っていた。


「カミルか。料理ができたのか?」


 カミルは頷き、側のワゴンに手を置く。


『審査方法は総合審査。ただし、アンタが先に食べなさい』

「ええ? そういうのってありなのか?」


 よくわからない注文を付けられ戸惑ってしまう。そっと舞台袖の運営を見ると、こくりと頷いた。どうやらそれでもいいらしい。

 ちなみに、運営の人員はイチジクから別の人に変わっていた。無限わんこいなりをデリートした後、何故か血相を変えてログアウトしてしまったのだ。こっちもこっちでよく分からないが、お仕事頑張っていただきたい。


「それで、何を作ったんだ?」

『薬膳よ』


 カミルはそう言ってクローシュを開く。そこにあったのは、コンロに掛けられた大きな土鍋だった。周囲には小鉢や汁物も揃っており、かなりの分量がある。


「薬膳?」


 たしかに、そこからはふわりと薬草っぽい香りが漂ってくる。しかし薬膳とはまた珍しい。どういう企みがあるのかとカミルの顔を窺ってみるも、特にこれといった意図は汲み取れない。

 御託はいいから早く食べろと急かされているような気がして、早速土鍋の蓋を開ける。


「おお、お粥か」


 土鍋にたっぷりと入って沸々と煮えていたのは、白いお粥だった。薬草らしい葉っぱなどが散らされていて、彩もある。見慣れない料理にイザナギも興味を向けていた。

 取り皿に少し移し、イザナギに渡す。


「イザナギよりも俺が先か?」

『そうね。そっちの方が安心だわ』

「安心て……」


 言葉から不穏な気配が滲むのを感じながら、イザナギのぶんを冷ましている間に自分が食べる。

 とろっとした粥を匙で掬い、少し冷まして口に運ぶ。

 薄く塩味のついた、優しいお粥だった。


「うん、美味しいな」


 ラーメン、餃子、ステーキと味が濃く刺激の強い料理が続いて、疲弊していた胃にじんわりと染み渡る。まるで薬効が直接溶け込んでいるかのように、苦しかった腹回りがすっと落ち着いた。


「これ、何が入ってるんだ?」

『色々よ。〈調剤〉スキルは持ってないから勘で入れたんだけど、その様子なら大丈夫そうね。他の人も食べていいわよ』

「お前……」


 こいつ、俺を実験台にしやがった。

 カミルの許可が降り、イザナギやレティたちもそれぞれ手をつける。


「んー、美味しいですね」

「うむ。息苦しかったのがすっと楽になるわい」


 レティはパクパクと調子良く食べているし、鬼瓦も助かったような顔で頷いている。流石にデカ盛り料理が続いていて審査員の負担も大きかった。そんな中で、この薬膳はまるで救世主の如く現れた。

 土鍋一杯が一人前にも関わらず、するすると入っていく。そして、不思議と満腹感も解けて活力が湧いてくるのだ。


『うーむ、これはなかなかすごいのう』

『小鉢や汁物も丁寧に作られていて、愛を感じます』

『薬効のある食材がたくさん使われている。味も効果も複雑』


 T-1たち指揮官も、美味しそうに食べている。やはりカミルの料理の腕はすごいだろう、と少し誇らしい気持ちになってしまうな。


『う……。甘くないですね……』


 ただひとり、ウェイドだけがあまり浮かない顔をしている。彼女は粥の中に入っている薬草の苦味が苦手なのか、あまり箸も進んでいない。


「ウェイド、もしかして薬とか苦手なのか?」

『管理者に薬は必要ありません。損傷した場合は新たな機体に乗り換えるのが最適です』

「いや、それはそうかも知れんけども」


 軽い気持ちで聞いてみると、厳めしい顔で断言された。つまりは彼女は薬が嫌いということだ。


『お、お口に合わなかったら、食べなくてもいいですけど』


 カミルは相変わらず自分より権限の大きい者にはビビるようで、つんつんと指を突き合わせながらウェイドに言う。しかしそんな様子がウェイドの耳に障ったのか、彼女ははっきりと首を振る。


『私は審査員長ですから。正当な審査のためにも全て食べさせていただきます』


 しかし、次の瞬間にはしゅんと肩を落とし、ゆっくりと匙を動かす。ちょこんと先端に少しだけのせ、ぎゅっと目を瞑って一息の飲み込んだ。

 ウェイド――というか管理者がここまで苦手意識を露わにする姿は見たことがないから、結構新鮮だな。他の管理者たちも薬が嫌いなのか、もしくは好物と同様にそれぞれに嫌いなものがあるのか。気になってくる。


『うぅ、苦味があります……。苦いのは少し苦手ですが……手が込んでいるのも分かります。うぅ……』


 はふはふと白い湯気を吐き出しながら、ウェイドは審査を続ける。

 苦い薬っぽいのが苦手なだけで、それでも正当な審査をしようと努力しているのは管理者らしい。


『あの、ウェイド』


 彼女が粥を半分ほど食べ進めた時、キッチンに戻っていたカミルがやって来る。彼女の手には小さなお盆があり、そこに小皿が載っていた。


『なんですか?』

『これ、余った食材で作ったよもぎ餅です。良かったらデザートに』

『よもぎ餅! そ、それは仕方ないですね。断るのも失礼ですし……』


 小皿に載っていたのは、餡子がたっぷりと添えられたよもぎ餅。苦い苦いと泣いていたウェイドを気遣って、カミルが急遽用意したらしい。

 それを見たウェイドは途端に目を輝かせ、猛烈な勢いで薬膳を食べ進める。


「よもぎも薬草じゃないのか?」

『別にいいでしょ』


 時間が余ったから暇つぶしに作っただけ、とカミルは嘯く。

 俺はそんな彼女の優しさに感激しつつ、その髪を撫でようとして弾かれた。


『公衆の面前で何しようとしてるのよ!』

「ええ……。ここじゃなかったらいいのか?」

『ぶっ飛ばされたいの!?』


 カミルと漫才を繰り返しているうちに、ウェイドは薬膳を完食する。そうして、待望のよもぎ餅に手を伸ばした。


『ん〜〜〜〜! 美味しいです! 甘いです! 餡子がほろりと溶けます!』


 もっちりとした緑の餅を食べ、ウェイドは頬を抑える。全身を震わせて美味しさを表現し、パクパクと食べてしまう。薬膳の苦さがより餡子の甘さを際立たせたのか、今までの砂糖の塊みたいなスイーツよりも一層喜んでいるように見える。

 そもそも、あれだけ甘ったるいもの続きでも全く疲弊していないのが凄いのだが。


「さあ、初めてのNPC参加者カミルさんの“千種薬膳”。審査員の皆さんの評価はどうでしょうか!?」


 全員が薬膳を食べ終えたのを見て、MCが声を上げる。

 そういえば審査しないといけないんだったと思い出し、膝に座っているイザナギに話し掛ける。


「イザナギ、薬膳はどうだった?」

『美味しかった!』


 うんうん。イザナギは何食べても美味しく感じられるようで何よりだ。

 しかし俺も審査しないと星が付けられない。


「それでは、皆さん一斉に、どうぞ!」


 総合審査の結果が出る。

 鬼瓦、星二つ。レティ、星三つ。チーム指揮官、星三つ。チームおっさん、星三つ。審査委員長ウェイド――星三つ。

 合計、星十四個。


「うおおおおおっ!? 今大会最高評価、同率一位となりました!」


 総合審査での星十四個、その結果に会場が湧き上がる。

 身内贔屓と言われそうだが、実際カミルの料理は美味かった。それに、大量の料理を詰め込んで苦しくなっていたところに出されたのも大きい。この薬膳のおかげで、残りの審査も乗り切れると思えるのは、想像以上にありがたかった。

 結果を見たカミルは、ふんと鼻を鳴らす。まるで当然だと言わんばかりの素っ気ない態度だが、頭から飛び出している一房の毛がピョンピョンと揺れている。ぱっと見は無愛想だけど、見慣れてくると結構感情豊かな少女である。


「波乱の続く料理王決定戦、残りの挑戦者も僅かなって参りました。さあ、一体激デカ料理王の座を獲るのはいったい誰なのか!!!」


 MCの声に客席が応える。

 ――その時だった。


『絢爛たる聖餐の宴を開きたる民草よ、享楽に酔いしれ踊り狂う町衆たちよ! 其処に我が玉座を忘れるとは何たる背理か! だが、我は寛大なる心で赦そう。だが、我は深き慈悲をもって受け入れよう。――さあ、今こそ主人を迎え、盛大なる宴饗を始めようではないかっ!』


 高々と響き渡る少女の声。その後ろで『やめろーーー!』『口を閉じろ!』『聞こえてんのかこのバカ!』と凄まじい制止の声がしているが、止まることはない。


『我が来た! ゆえに首をたれ、歓喜し、涙せよ! そう、我が名は――〈黒き闇を抱く者ブラックダーク〉!!!!!』

『うあああああああああああああっ!!!!!!』


 突如として現れた黒衣の少女。

 彼女の腕を握って引き摺り下ろそうとしているのは、〈淡き幻影の宝珠の乙女ファントムレディ〉ことクナドさんであった。


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Tips

◇千種薬膳

 多種多様な薬草類を使った薬粥を中心とした薬膳料理。負担がかかり疲弊した内臓を癒す、優しさに満ちた味と薬効。食べるとすっと楽になる。


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