第965話「異常おじさん」
「第25回料理王決定戦激デカ料理編! 波瀾万丈の大会も中盤に差し掛かりました! ここで手を挙げたのは大会常連の名選手、〈三つ星シェフ連盟〉のデラウマックス☆トシゾーだ!」
威勢の良い実況の声。〈三つ星シェフ連盟〉所属の実力者で、オープニングMCも務めていたデラウマックス☆トシゾーが審査員席までやってくる。彼が押しているワゴンの上には銀色のクローシュがひとつ。見たところ、さほど大きさはないように思える。
「デラウマックス☆トシゾーさん、今回作った料理の名前を教えてください」
差し向けられたマイクに向けて、彼は自信たっぷりの笑みで答える。
「俺が作った料理は“無限わんこいなり”です!」
高らかに宣言された料理名を聞いた瞬間、審査員席と客席の双方に緊張が走る。先ほど無限増殖クロワッサンで騒動が起こった直後なので、仕方ない。むしろよくこの状況でそんな名前の料理を出してきたな、と感心すら覚える。
「いなり、ということは審査方法は――」
「チーム指揮官による個人審査をお願いしたい!」
いなりと言えばT-1という図式がすっかり定着してしまっている。ここまで多種多様な巨大稲荷寿司が供されてきたが、T-1は飽きる様子もなくその挑戦を受け入れる。
チーム指揮官の前にワゴンが運ばれ、クローシュが開かれる。
『ぬぅ?』
それを見たT-1が思わず首を捻る。
漆塗りの上品な皿に載せられていたのは、ごく普通の稲荷寿司だ。サイズも見た目も、まさしく王道の稲荷寿司と言って良いほど変わりがない。逆に意表を突かれたのか、チーム指揮官の三人は困惑している。
「どうぞ、お召し上がりください」
『うむ。――では、頂くのじゃ』
行儀よく手を合わせ、T-1は箸を取る。そっと掴めば味の染みたお揚げがじわりと光る。そっと口に運び、彼女ははっと目を見開いた。
『うまい! このおいなりさんは美味しいのう!』
とろける頬を掌で抑えつつ、満面の笑みを浮かべてT-1が賞賛する。しかし、彼女はすぐに悲しそうに眉を下げてしまった。
『美味いが、デカ盛りではないのう。もっと食べたいのじゃが――っ!?』
だが、奇妙なことが起こっていた。
彼女のテーブルに置かれた小皿の上に、稲荷寿司が置いてあった。彼女が食べたはずの稲荷寿司が、そこにある。元から二つあったわけではない。いつの間にか、稲荷寿司がそこに現れていた。
「こ、これはいったいどういう事なのか!? 稲荷寿司があります! 食べたはずなのに、これは夢か幻かーーーっ!?」
実況の声にも熱が入り、客席もどよめく。
「どうぞ、ほかの皆さんも」
トシゾーに促され、T-2たちも箸を取る。
『んっ。美味しい。……複雑な味がする』
『あらあら。私好みの優しい味付けですね』
一人が稲荷寿司を食べた瞬間、小皿の上に新たな稲荷寿司が出現する。その奇妙な状況にも関わらず、稲荷寿司は三人の指揮官の好みにも合っていた。T-1たちはひとしきり堪能した後、首を捻って互いに顔を見合わせる。
『うーむ、何か奇妙じゃな』
『そうですね。これは……』
『三人の検知した味覚情報が全て違っている』
T-2の出した結論に他二人も揃って頷く。どういうことだ、と一瞬困惑するが、三人が感覚も共有できることを思い出す。それぞれが食べた稲荷寿司は見た目こそ同じに見えたが、それぞれ感じた味が違っていたらしい。
「T-1、俺も食べていいか?」
『うむ。よいぞ』
少し興味をそそられて、T-1に掛け合ってみる。クロワッサンも個人審査だったがレティたちが食べていたし、摘み食いくらいならいいだろう。
「あっ、ちょっ!」
稲荷寿司を摘み、口に投げる。その時、なぜかトシゾーが焦った顔でこちらに手を向けてきたが、それよりも早く稲荷寿司を食べてしまった。
「もぐもぐ。……普通の稲荷寿司だな。美味いが」
「えっ!?」
美味いは美味いが、まあ稲荷寿司である。寿司がテーマだったらかなりの高評価が付けられるだろうが、いまいち今大会のテーマに合っている感じがしない。
首を捻っていると、なぜか驚愕の顔で固まっているトシゾー氏と目があった。
「あ、あれ? なんで無事なんだ……?」
「無事?」
なんか物騒なことを言われた。この稲荷寿司、どういう仕組みで再出現してるんだ。
T-1たちも不穏な気配を感じ取ったのか、トシゾーに追及の目を向ける。指揮官三人に睨まれた料理人は、被っていた長いコック帽を取って背中を曲げる。
「この稲荷寿司は、次元干渉回帰循環式因果律修正機能を付与しておりまして……」
『ふおおおおっ!? お、お主、なんちゅーもんを食べさせるのじゃ!』
トシゾーが何かを白状した途端、T-1が血相を変える。彼女は慌てて俺に飛びつき、ガクガクと肩を揺らす。
「うおおおおっ!? なんだ!?」
『吐けーーー!!! 吐くのじゃ! 今すぐその稲荷寿司を……』
何やら物凄い勢いで叫んでいた彼女は、はたと気づく。
『主様、なんで無事なのじゃ?』
「俺は一体何を食べたんだよ……」
『次元干渉回帰循環式因果律修正機能、要はタイムスリップして未来を変える技術なのじゃが』
「ええ……」
稲荷寿司になんてもの仕込んでるんだこの男は。俺が非難の目を向けると、彼はペコペコと謝ってくる。
「この機能を使えば無限増殖もせず安全にいくらでも食べられる稲荷寿司が作れるんだ。でも、本来は高い情報処理能力がないと情報量に圧倒されてフリーズしてしまうはずなんだよな……」
食べても食べても、その瞬間過去へとタイムスリップして小皿に戻る稲荷寿司。そのたびに最良の結果を求めるため、結果的に食べた者が最も美味しいと感じる稲荷寿司となるのだとか。しかし、どう考えても情報量の多いそれは、摂食者に膨大な演算を要求してくる。本来ならば、調査開拓員は食べた瞬間に倒れるような危険物らしい。
そんなものを持ってくるなよ、と言いたいが、何故か俺は無事である。
「考えられるのは、おっさんの計算能力が指揮官並って事なんだが……」
そんな話があるか? とトシゾーは困惑する。指揮官は一人一人がちょっとしたスパコン並の演算能力を有している。普通に考えれば人ひとりがそれに匹敵するはずもないのだが――。
「あああーーーーーっっっっ!!!!!!」
不穏な空気が流れ始めたその時、突然外から大声を上げながらGMが飛び込んでくる。仮面をつけた運営の職員、イチジクは物凄い勢いで小皿に乗った稲荷寿司を握り潰す。
「デリート! デリートデリートデリート! 危険物と判断しましたので無効化しました! おわり! 解散!」
慌てた様子のイチジクに、誰も彼もがポカンとしている。この料理王決定戦はあくまでユーザーイベント、協力しているとはいえ、運営側のGMがこうして飛び出してくることは早々ない。
「さっきのアイテムの内部データに一部不具合が発生しているのを見つけましたので対処しました! おっさ、レッジさんがそんな、巨大データセンターに匹敵する演算能力を持つぶっ飛んだ人間だなんて、そんなはずがないでしょう?」
「お、おう……。そうだよなぁ。そうだそうだ」
捲し立てるイチジクの気迫に押されながらトシゾーも頷く。俺が何か言おうと口を開きかけると、仮面越しにイチジクの凄まじい刺すような視線が飛んできた。
「俺も〈オモイカネ記録保管庫〉で見つかった技術を使ってみたかったんだが、やっぱり不完全だったんだな。いや、申し訳ない」
「いやーーーー本当に! 今後は気をつけてくださいね!」
反省の意を示すトシゾーに、イチジクもウンウンと頷く。結局、事態はそのまま有耶無耶となり、デラウマックス☆トシゾーは作り直しということとなった。
急展開に次ぐ急展開で、完全に置いて行かれていた他の審査員や観客たちは、終始ぽかんとしているだけだった。
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Tips
◇無限わんこいなり
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[破損した情報、および不適切な記録を消去します]
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