第962話「厳しい戦い」
挑戦者たちには、二つの審査方法を選ぶ権利がある。
ひとつは五人全ての審査員に料理を食べてもらい、各自星三つの評価を合算するというもの。もうひとつは審査員一人に狙いを付けて、その人に星十五個のより基準の細かな評価を受けると言うもの。
総合審査、個人審査と分けられる二つの審査のどちらを選ぶかも、大切な戦略だ。
総合審査の場合、万人受けするような純粋に質の高い料理が高い評価を得られやすい。一人の審査員の口に合わなかったとしても、残り四人が高評価を付ければその失点をカバーできるという意味では、リスクも少ない。一方でそこそこの料理を出してしまった場合は審査員全員がそこそこの点数しか付けないため、結果としてあまり良い評価にはならない危険もある。
個人審査の利点は決め打ちができることだ。審査員の趣味嗜好を把握しているのならば、その個人に合わせた最高の料理を提供することで高得点を獲得できる。一方でその分析が外れていた場合は一気に厳しい評価が下されるというハイリスクハイリターンな手法でもある。
「レティさん、俺の作ったメガポテトグラタン食べてください!」
まず初めに料理を完成させた挑戦者は、レティへの個人審査を依頼した。
「うわー! 美味しそうですねぇ」
巨大な楕円形の耐熱皿に熱々のグラタンが満たされている。焦げたパン粉が香ばしく、ふつふつと動くチーズもたっぷりと掛かっていて見るからにカロリーが高そうだ。たっぷりのホワイトソースに、ほかほかのメガイモ。グリンピースなんかで彩りもあり、桶のようなサイズを除けばとても魅力的だ。
「それでは早速、いただきます!」
料理は鮮度が命。レティは早速スコップのようなスプーンを握り、メガポテトグラタンを掬う。白い湯気がもうもうと立ち上がるそれを、躊躇せず口に運ぶ。
「んふぅー。おいひいでふね!」
モグモグと大きなイモを頬張って、舌鼓を打つ。とろりとしたなめらかなホワイトソースは激熱だろうに、彼女は一切臆する様子がない。
一番最初の料理ということもあり、腹にも余裕があるのだろう。調子良くスプーンを往復させ、大量のグラタンを次々と消していく。その食べっぷりに挑戦者も高得点を確信していた。
「さあ、レティさんを狙い撃ちにした個人審査。料理第一号は〈カッフェー太郎〉所属のヤマダトシオ@24歳独身彼女募集中さん! 〈サカオ〉で人気の喫茶店を営む敏腕料理人です。その実力は確か、しかしこの激しい戦いの中で自分の実力を出すことはできたのか!」
MCも展開を追って捲し立てる。デカ盛り料理なので完食する前に評価を下してもいいのだが、レティは律儀に全部食べ終えてから判断するようだった。ヤマダトシオ@24歳独身彼女募集中は祈るような気持ちで彼女を見ている。
「あの」
その時、レティの手が止まる。ヤマダトシオ@24歳独身彼女募集中は一瞬怯えたように体を震わせ、彼女の方を見る。
「な、なんでしょうか?」
「このグラタン。とても美味しいです」
賞賛の声。それを聞いたヤマダトシオ@24歳独身彼女募集中はあからさまに緊張を解く。しかし、その直後のことだった。
「このホワイトソース、〈ベリベリベリー食品〉さんのものですよね?」
「なっ!? そ、それは……!」
ヤマダトシオ@24歳独身彼女募集中の表情が驚愕に染まる。なぜバレたと言わんばかりのその顔が、何よりも如実に答えていた。
レティの言葉を盗み聞いていた他の挑戦者たちも、どこか納得が行った様子で頷いている。
グラタンに使うホワイトソースを一から作るのは時間がかかる。しかし出遅れてしまったら審査員の腹が膨れ、評価は厳しくなってしまう。それを恐れたヤマダトシオ@24歳独身彼女募集中は、既製品を使うことを選んだ。
それ自体はおかしい選択ではない。合理的で、有利で、何より大会運営に認められている。しかし——。
「〈ベリベリベリー食品〉さんのホワイトソースはとても美味しいです。美味しいですけど、毎日食べたくなるほっこりとした美味しさで、良い意味でシンプル、敢えて悪く言っちゃうなら個性がない。だからこそ色々な料理に使えるという発展性もあるのですが、このグラタンはとてもシンプルな味付けですね。——なんというか、味気無いです」
「ぐはぁあああっ!?」
レティの容赦ない寸評に、ヤマダトシオ@24歳独身彼女募集中が悲鳴をあげて吹き飛ぶ。更に追い討ちを掛けるように星三つという無情な評価が下され、哀れな青年は再起不能に陥った。
「う、うぐぅ……。忘れていた……。勝利を目指すばかりに、料理は人が食べてこそという基本を……っ! 俺はいったい……、いったい何を作っていたんだ……っ!」
膝を突き、床を叩きながら咽び泣くヤマダトシオ@24歳独身彼女募集中。彼の魂を震わせる独白に、調理中だったライバルたちも目頭を抑えている。
「レティさん、ありがとうございます。貴女は俺が忘れていた大切なことを思い出させてくれた。——この大会はリタイアします。そして、一から出直します」
「えっ? あ、はい。頑張ってください!」
ヤマダトシオ@24歳独身彼女募集中はキャップを握りしめ、深々とレティに頭を下げる。そうして、堂々とした足取りでステージから降りていった。
レティは事態が飲み込めていない様子で首を傾げている。
「トシちゃん!」
「ミーユ!? み、見てたのか」
「当たり前じゃない。トシちゃん、かっこよかったよ。次の大会でまた挑戦すればいいんだよ」
ステージを降りたヤマダトシオ@24歳独身彼女募集中に駆け寄る一人の女性。その瞬間、周囲の男性陣が裏切られたような顔で彼を見ていた。
「さあ、第一挑戦者がなんとリタイア! この戦い、過去類を見ないほどの苛烈さが予想されます! レティさんはただの大食いではなかった! この逆風の吹き荒れるなか、次に現れるのは誰だ!」
ヤマダトシオ@24歳独身彼女募集中の後を追うように、スピード料理作戦を取る挑戦者が何人か手を上げる。巨大なワゴンに載せて運ばれてきたのは、枕ほどの大きさのバカみたいな稲荷寿司だった。
『ぬおおっ! おいなりさんじゃ!』
「T-1ちゃん、食べてくれ!」
それを見た瞬間T-1が色めき立つ。他の料理人たちは「あいつやりやがったな」と言わんばかりに鋭い目つきだ。
当然、審査方法はチーム指揮官による個人審査。しかもT-1を狙う決め打ちだ。
「続いてのチャレンジャーは超巨大稲荷寿司! 評価するのはチーム指揮官! 恐ろしいまでにその意図があからさまだー!」
巨大な稲荷寿司がチーム指揮官のテーブルに置かれる。T-1はもう我慢できないとばかりに勢いよく手を伸ばす。
『いただきまーす! なのじゃ!』
じゅんわりと味の染みた稲荷寿司を、T-1は豪快に手づかみで食べる。小さな口をいっぱいに広げて齧り付き、モグモグと咀嚼する。一応三人で一チームなので、T-2とT-3も食べている。
彼女たちも完食してから評価を下すスタンスらしく、しばらく緊張に満ちた無言の時間が流れる。しかし、挑戦者の料理人は高評価を確信した顔でそれを待つ。
「あの野郎、稲荷寿司なんて勝確だろ」
「しかも初っ端だ。まだT-1ちゃんには“飽き”が来てねぇ」
他の料理人たちが悔しげにそれを見ている。
T-1が狂気に片足を突っ込んだ稲荷ジャンキーであるのはもはや周知の事実である。そして、この激デカ料理王決定戦において大きな壁として立ちはだかるのが、審査員の“飽き”だった。
ただでさえ大味で単調になりがちなデカ盛り料理は、後になるほど負担になってくる。T-1に稲荷寿司を食べさせて高評価を得る戦法は誰でも思いつくため、今後も稲荷寿司は次々と作られるだろう。しかし、“飽き”のない今こそが最大評価を得られるチャンスなのだ。
『うむ! 美味いのう』
『大変愛のある料理ですね』
『……』
三人の指揮官がそれぞれ一つずつ巨大稲荷寿司を食べ終える。なんだかんだ言って彼女たちも随分な大食漢だ。
「では、評価をお願いします!」
MCに促され、T-1たちは三人で協議の上、口を開く。
『星五つじゃな』
「なっ!?」
下されたのは最大十五個のうち星五つという厳しい評価。予想を裏切る低評価に、ライバルたちも驚きを隠せない。枕稲荷寿司を作った料理人は、そんな馬鹿なと首を振る。
「納得できない! 俺は稲荷寿司を作ったんだぞ!」
『うむ。大変美味いおいなりさんじゃった。——しかし、これはただ大きくしただけのおいなりさんじゃ』
「そ、それじゃダメなのか?」
唖然とする料理人に、T-1は少し悲しそうな顔を向ける。
『おいなりさんはどれも優劣付け難い至高の存在じゃ。だがそれだけに、作り手の精神が細やかに反映される。お主の作るおいなりさんは、妾ならコレを出せばいいだろうという一種の甘えがあった』
「そ、そんな……」
『T-1のことを想って作る。これもまた愛でしょう。しかしこの愛は真にT-1へ向いていたとは思えません。貴方が愛していたのは、星の方でした』
『味が単調。五目ごはんはありきたり。独創性がない。こういう場ならもっとチャレンジングな料理で情報量を増やしてほしかった』
「ぐはあああっ!」
他の指揮官からもダメ出しされ、料理人が床に倒れる。あまりにも鋭い言葉のナイフに、稲荷寿司を作っていた他のプレイヤーたちも戦々恐々としている。
T-1は稲荷寿司ジャンキーだ。だからこそ、常人を遥かに超える稲荷寿司への思い入れがある。彼女を唸らせる稲荷寿司を作るのは、一朝一夕にできることではない。
その上、料理は彼女だけに供するものではない。彼女はチーム指揮官として三人での評価を下す。T-2、T-3の双方も納得させられるような料理でなければ個人審査でも高得点は狙えない。
その事実が露呈し、会場がどよめく。先頭から二者連続で低評価が下されたことで、後続にも凄まじいプレッシャーが降りかかっていた。
「俺、こんな状況で審査しないといけないのか……」
料理人たちが殺気立つなか、俺もまた胃を捻られるような圧迫感を受けていた。ただのおっさんに料理の審査は荷が重いのだ。
しかし大会は進行する。MCの流暢な声で雰囲気は更に上がる。観客たちにとっては、ステージに波乱が巻き起こるほど盛り上がることはない。激しい歓声を浴びながら、料理人たちはただ手を動かし続ける。
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Tips
◇枕稲荷寿司
枕のように巨大な稲荷寿司。特別な油揚げを使い、なんとか形が保たれている。中にはぎっしりと寿司飯が入っており、食べ応えは十分。
“とても大きなおいなりさんじゃ。まさしく夢のような心地じゃな! しかしおいなりさんをそのまま巨大化させると、おあげとごはんの黄金比が崩れてしまうのじゃ。そこを何とかしなければ、ただの大きすぎるおいなりさんでしかないのじゃよ。アイディアをもう一度練り直して、今度こそ極上の夢のようなおいなりさんを作ってもらいたいものじゃな。”——T-1
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