第961話「インタビュー」

 審査員5名と挑戦者40組が勢揃いして、第25回料理王決定戦が華々しく幕を上げた。


「それでは調理スタートです!」


 挑戦者であるデラウマックス☆トシゾーからMCを交替した〈三つ星シェフ連盟〉所属の女の子が高らかに叫ぶ。広いステージ上に用意されたキッチンの前に立たされた挑戦者たちは、それを合図にして一斉に走り出す。


「うおおおおっ!」

「どけっ! そのトマトは俺のもんだ!」

「パイナップル! パイナップル! ピザのはパイナップルが必要なんだ!」

「引っ込んでろ! そのパイナップルは酢豚に使うんだ!」


 戦闘職も裸足で逃げ出すような気迫で押し合い圧し合いしながら料理人達が向かったのは、ステージ中央に用意された巨大な台座である。そこには肉や魚、野菜、果物といった種々様々な食材が無数に積み上げられている。彼らはそこから欲しいものを手に入れることで、初めて料理を作ることができるのだ。


「うおおおっ! 『獣の咆哮』!」

「ちっ、戦闘料理人バトルシェフが出やがった!」

「アイツを最初に沈めるぞ!」


 なお、ステージ上に限り特例的に戦闘行為も解禁されている。そのため、戦闘系テクニックを使って出し抜こうとする者も当然出てくるのだが、そういった危険因子は周囲の連携によって早々に潰されることになる。


「カミルは大丈夫かね」


 生産職は大量のアイテムを持ち運ぶため、タイプ-ゴーレムを選ぶプレイヤーも多い。体格の大きなライバル達がひしめくなか、小柄なカミルが無事に食材を調達できるのか心配してしまう。


「大丈夫ですよ。ほら」


 レティがそう言って指差す。そこでは、騒乱を脇目に沢山の食材を自分のキッチンへ持ち帰るカミルの姿があった。


「おお、しっかりしてるな」

「小柄なのを活かしてますねぇ」


 協調性以外全ての能力が高いカミルは、隠密行動もお手のものらしい。気配を殺し、周囲に気付かれないうちにさっさとハムやキャベツといった汎用性の高い食材を確保している。同種の食材であれば使い放題だから、持ち帰る量は少なくていいのも彼女を有利にしていた。


「うおおおおっ!」

「くそっ、その厚揚げを俺に渡せ!」

「テメェにはその油揚げがお似合いだよ!」


 熾烈な争奪戦の結果、周囲を出し抜けた料理人は品質の高い食材を多く確保できた。逆に出遅れたり周囲から沈められたりした料理人には、余り物のあまり品質のよくない食材しか手に入らない。

 食材調達の段階から、既に勝負は始まっているのだ。


「さあ大半の挑戦者が食材を確保しました。ここからが料理人の真髄を見せる時、調理開始です!」


 MCの声とともに銅鑼が鳴り響く。食材が手に入れば、あとは自力で手に入れた食材をもとに作る料理を決めて、あとは調理を進めるのみだ。望み通りの食材が手に入った者は悠々と包丁を動かし、少ない食材しか確保できなかった者は頭を悩ませレシピを捻り出す。

 救済措置として今後も定期的に食材が追加搬入されるものの、制限時間は決まっているため調理に入らないと間に合わない可能性も出てくる。


『ふーむ。なかなか大変そうじゃのう』

「ただでさえデカ盛り料理ってのは味が単調になりがちだからな。食材が多い方がやっぱり有利だろ——。うわっ!? なんでここにT-1が!?」


 勢いよく料理を始める挑戦者たちを見ていて反応が遅れたが、俺の隣にいつの間にかT-1が立っていた。いや、彼女だけではない。T-2、T-3もその背後に控えている。なんで指揮官がこんなところに勢揃いしてるんだ。


『ウェイドに用事があって来てみたら、何やら面白そうなことをしておるのが見えての』

『相手のことを思って料理を作る。これもまた愛の形でしょう』

『デカ盛りはデータも盛り盛り』

「お前ら……」


 何か色々と言っているが、要は楽しそうな事をしてるのを見て混ざりに来た、というところだろう。ちらりと舞台袖にいる運営の人を見ると、両手を合わせてよろしくと口を動かした。

 さすがに指揮官の飛び入り参加を認めないわけにはいかないよなぁ。


『大丈夫じゃ、安心せい』


 俺の思考を読んだのか、T-1がぽんと胸を叩く。1ミリも安心できないが、一応話だけは聞いてやる。


『主様はイザナギと二人で一組の審査員となる。空いた席に妾らがチーム指揮官として収まるのじゃ』

「強引だなぁ」


 随分なゴリ押しだが、運営にも話は通っているらしい。

 イザナギが椅子から降りて、俺の膝に乗り換える。空いた席にT-1が座ると、すかさず運営が残りの指揮官分の椅子も持ってきた。


「お、イチジクじゃないか」


 調査開拓員企画とはいえ、これだけ規模が大きいと運営であるイザナミ計画実行委員会の協力も得られる。運営から何人か人員も派遣されているのだが、椅子を持って来たのは知り合いだった。


「半分はあなたのせいですからね。責任持って対応してくださいよ」

「ええ……」


 仮面の下から冷たい声を放つ赤GMに気圧されながら、俺は椅子に座って料理人達を眺める指揮官の様子を窺う。彼女達が飛び入り参加してきたのは俺が居たからだ、というのが運営の見解らしい。ただの一般プレイヤーに重責を負わせすぎじゃないかと思ったが、訴える隙もない。


「GMは基本裏方なので。そっちで何とかしてください」

「俺もゲストのはずなんだけどなぁ」


 さっさと舞台袖に引っ込んでしまうイチジクに届かない手を伸ばし、そのまま取り残される。

 その直後、客席とキッチンから無数の視線を集めていることに気がついた。


「し、指揮官ズ……」

「T-1ちゃんだぁ」

「T-2ちゃんもいるぞ!」

「ママァ……」


 そりゃそうだよなぁ。指揮官が三人揃うことなんて滅多にない。それが突然なんの前触れもなく飛び入りでやってきたのだから、料理の手も止まるというもんだ。


「あ、えー、えっと、ここで突然ですが審査員変更のお知らせです! レッジさんとイザナギさんがチームおっさんとして一組に、空いたところへチーム指揮官として御三方が参加なさいます!」

「おおおおっ!?」


 カンペを見せられたMCの女の子がワタワタとしながら読み上げる。それを聞いた会場が再び歓声を吹き上げた。


『突然で申し訳ないが、面白そうだったのでな。料理人の皆はそう気負わず、良いおいな——料理を作ることに集中するのじゃぞ!』


 マイクを渡されたT-1が軽く挨拶をする。

 彼女達の登場にどよめきが広がる中、料理人たちの一部は作戦を変更していく。審査員の中で一番好物が分かりやすいのがT-1だからな。彼女から高得点を貰うために決め打ちに出たのだろう。


「おい、そっちの油揚げと俺の厚揚げを交換しないか?」

「するかバーカ!」


 とんだ番狂わせの登場である。

 キッチンは再び混迷を極め、料理人達の悲鳴と雄叫びが次々と上がる。追加搬入される食材に一縷の望みをかける者、次々と鍋に食材を投入して煮込む者。それぞれがそれぞれの最善を尽くす。


「第25回料理王決定戦、今回はどう言ったところが見所でしょうか?」


 MCが審査員席にやって来て、簡単なインタビューを始める。初めに答えたのは〈三つ星シェフ連盟〉総料理長の鬼瓦三太夫狸太郎斎錦刑部実弥だ。


「デカ盛り料理はその量故に味が単調になりがち。それをどう回避するのかが腕の見せ所だろう。様々な味付けを施すのか、あえてシンプルにして味変の余地を残すのか、各人の創意工夫に期待である」


 固く腕を組んで険しい表情をしてキッチンを眺めていた偉丈夫が答える。総料理長と言うだけあって、なかなか実践的なコメントだ。


「レティさんは大食いプレイヤーとしても有名ですが、それでも40組の料理人が作るデカ盛り料理、全て食べ切ることはできるのでしょうか?」

「できますね」

「えっ、あ、そ、そうですか……」


 挑戦的な質問に即答されて、インタビュアーがビビっている。そりゃそうなるよな。

 しかし相手は〈新天地〉のミスリル級を軽くクリアする化け物なのだ。2トントラックに満載したチャーハンだってペロリと完食してしまうだろう。というか、未だに俺もレティが満腹で手が止まるという状況を見たことがない。


「か、管理者の方がゲストとして参加するのは初めてのことです。ウェイドさんは甘いものがお好きと伺っておりますが、具体的にはどのようなものが?」

『甘ければ何でも好きですよ。あえて言うならエクレアやシュークリームといったクリーム系のお菓子が大好きですね』


 インタビュアーが引き出す審査員の情報も、料理人達にとっては重要な手掛かりだ。実際、ウェイドの言葉を聞いた菓子職人たちが路線を変更している様子も見てとれる。

 なかなか戦略性の高い大会であることを実感していると、インタビュアーがこちらにやってくる。


「えっと、どちらにお話を伺いましょうか?」

「せっかくだし、イザナギが答えたらいい」


 二人のインタビュイーのどちらにマイクを向けるか悩む女の子に、俺は膝の上に座っているイザナギを差し出す。観客としても彼女の方が興味あるだろうからな。


「ありがとうございます。それじゃあイザナギさん」

『はい』


 MCの女の子は緊張気味に質問を考える。


「好きな食べ物は何ですか?」


 色々悩んだ末に出てきたのは、ありきたりだがこの場においてはかなり重要なものだった。イザナギは少し考えたのち、こてんと首を傾げて答える。


『美味しいもの?』

「そ、そうですかー」


 ありきたりで情報量の少ない答えにインタビュアーも困ってしまう。流石にこれでは可哀想なので、俺がいくつか補足する。


「基本的に好き嫌いはないと思うけど、あんまり大きかったり硬かったりして食べにくいものは避けてるかもな。甘いものも辛いものもよく食べるぞ」

「そうですか! イザナギちゃんは好き嫌いないんですね。偉いですねぇ」


 いい感じに情報を渡せたようで、MCちゃんはニコニコと相好を崩してイザナギの頭を撫でる。一応、彼女は総司令現地代理とかいうかなり高位な役職なのだが。まあ、基本的には知られていないしな。

 イザナギも女の子に撫でられてくすぐったそうにしているが、嫌ではないのかされるがままだ。そんな姿がカメラを通して大型スクリーンにも映し出されて、客席も沸き上がる。


「それでは、続いて指揮官の皆さんにもお話を伺っていきましょう」


 インタビュー対象がT-1たちに移る。


「T-1さんたちは普段食事が必要ないと聞きますが、どんなものがお好きなのでしょうか?」

『おいなりさんじゃ!』

『愛に溢れる料理が好きですね』

『情報量の多い料理』


 即座に返された答えは、情報量がゼロだった。


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Tips

◇インタビュー

 〈取材〉スキルレベル5のテクニック。たくみな話術で対象から情報を聞き出す基本の技。


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