第957話「赤兎の弟子」
かくしてLettyは無事にヴァーリテインを打ち倒した。彼女の動きは戦いの前後で見違えるほど洗練されて、今ならソロ討伐も夢でないほどの成長を見せていた。
セーフハウスに戻った彼女は、それを見ていたバリテンチャレンジャーたちから拍手で迎えられ、赤面して肩を縮める。
「いや、驚いた。レティちゃんの後継者だな」
「レティのトレプレしてんならバリテンチャレンジもやるんだよな? 首位奪還して偽者の汚名返上してやろうぜ!」
「あわわっ!? そ、そんな、私なんかレティさんの足元にも及ばないですよぉ」
調子の良いことを言って担ぎあげるプレイヤーたちに、Lettyはあたふたと狼狽する。そんな彼女の肩に手を回したのは、戦いぶりをしっかりと見ていたレティ本人である。
「バリテンチャレンジランキング1位の座は譲りませんよ! でも、Lettyの動きは本当に凄かったですよ!」
「あわわわあわわあわわわわっ!?」
憧れの人物に真正面から称賛された衝撃で、Lettyが壊れる。口から泡でも吹きそうなほどの取り乱し具合に、レティの方が苦笑する。
「このまま研鑽を積んでいけば、レティ越えも夢じゃないと思いますよ。って、レティが言うとなんか偉そうですね」
えへへ、と笑うレティ。Lettyはブンブンと首を振って否定した。
「レティさんは本当に素晴らしい人です! 破壊力だけを追求する芯の強さとか、一瞬で動きを組み立てるセンスとか。実際に真似してみると、見てるよりもずっと難しくて……」
「でも最終的にバリテンを倒したのはLettyですよ。最後の方は、レティの動きからもかなり変わっていましたし」
「それは、レッジさんとエイミーさんが」
「外野の言葉は関係ないですよ。それを受けて洗練したのはあなたですから」
レティの真っ直ぐな言葉に、Lettyは涙ぐむ。
外野呼ばわりの俺とエイミーは揃って肩をすくめる。
実際、Lettyの反応速度は目に留まるものがあった。それは彼女の長所で、彼女自身の能力だ。どれほど外見を取り繕っていても、内部に何かなければ紛い物にもなれない。
「Lettyは打てば響くし磨けば輝く将来有望な原石よ。私が言うんだから、自信持っていいわ」
エイミーがLettyの背中を叩く。そうして、何か妙案を思いついたのか口許を緩める。
「レティの真似がしたいなら、レティの弟子になったらいんじゃない?」
「で!? ででで、弟子!?」
その言葉にLettyは目を丸くして飛び上がる。俺やレティも驚きを覚えるが、すぐにそれはいいと頷く。
「Letty、多分FPO内でもレティのこと見てましたよね」
「なっ!? なんでそれを……」
「あはは。だって、動画サイトなんかに公開されてない戦闘での動きなんかもありましたからねぇ。ワンツーステップからの宙返りスタンプなんかは、カメラの前でやったことないですし」
「うぐっ」
ごめんなさい、とか細い声で謝るLetty。彼女はレティの動きを動画から学んだと言っていたが、ゲーム内でも彼女の姿を密かに観察していたらしい。それに気づくレティもレティだ。
「レティの弟子になれば、正々堂々と技を盗めるってこと? いいじゃん、ドンドン盗もうよ」
「ラクト!? なんか言葉に棘がありませんか?」
「Lettyが強くなったら、レティも危機感持って修行するでしょ。コンビネーションなんかはLettyの方が円滑だった気がするし、場合によっては代替わりかなぁ」
「ちょっと!? そんなことさせませんよ!」
クスクスと笑うラクトに焚き付けられて、レティは気炎をあげる。
「トレプレされる側にも矜持はありますからね! Letty、あとで闘技場で勝負しましょう。タイマンですよ!」
「あわわっ!?」
今日な流れで本人から挑戦状を叩きつけられ、Lettyが目を白黒させる。オーディエンスは無責任に盛り上がり、やっちまえと囃し立てる。
『パパ』
「おわっ!? っと、イザナギか」
レティ対Lettyのやり取りを眺めていると、服の裾を引かれる。見れば、イザナギが近くにやって来ていた。
「どうした? 腹減ったのか?」
『お腹もすいたけど、違う』
イザナギにカミルから預かっていたシフォンケーキを渡しつつ、用件を聞く。彼女はクリームを頬に付けながら、不思議そうな顔でLettyたちを見ていた。
『
「偽者……。まあ、そう言うならそうなんだが。そりゃあ、自分の仲間が増えるのは嬉しいだろ」
どうやら、イザナギは自分を模倣する存在に対して忌避感すら見せず喜んで歓迎しているレティを不思議に思ったようだ。実際、レティは口では激しいことを言いつつも、明らかにこの状況を楽しんでいる。
『仲間が増える。……それなら、楽しい』
「お、イザナギも分かるんだな」
その乾いた髪を撫でると、イザナギはモゾモゾと動く。
『仲間がいっぱいいると、楽しい。私も、仲間が欲しい』
「イザナギだって俺たちの仲間だろ」
イザナギの言う仲間とは、もしかしたら黒神獣と呼ばれるような存在のことなのかもしれない。もしそうであれば、俺たちは彼女の仲間を殺すひどい勢力なのだろう。しかし同時に、今の彼女は俺たちの大事な仲間だ。
『私は、仲間?』
「もちろん」
不思議そうに俺を見上げてくる少女に、しっかりと頷いて見せる。そうすると、イザナギは安心したように笑い、半分になったシフォンケーキをこちらに差し出してきた。
『仲間は、助け合う。だから、お菓子も分ける』
「いいのか? なら、頂こう」
シフォンケーキを受け取り、口に運ぶ。甘いクリームの添えられた柔らかいケーキは、カミルが作っただけあってとても美味しい。
「あー! レッジさん、何ひっそり美味しそうなの食べてるんですか!」
「うおわっ。レティだって食べただろ……」
「カミルのお菓子は美味しいですからねぇ。いくら食べても太りませんし」
露骨に物欲しそうな目をしているレティに根負けし、二人分のシフォンケーキを彼女に渡す。受け取ったレティはくるりと身を翻し、Lettyの元へと持って行った。
「レティに弟子ねぇ。シフォンに続き二人目かな?」
「えっ。わたしってレティの弟子だったの?」
「えっ?」
ラクトとシフォンがお互いに首を傾げている。
「シフォンはレティの弟子って言うより〈白鹿庵〉の弟子って感じがするな。エイミーとかトーカとかからも色々教えてもらってるだろ」
「そっかぁ。研修みたいな気持ちだったけど、弟子になるのか……」
今までその自覚はなかったようで、シフォンはうんうんと頷いている。
「トレプレの人を弟子なんて言ったら、今後が大変じゃないですか?」
覆面を外したトーカが、“血酔”を紛らせるために手扇で顔を冷ましながら言う。
レティのトレスレを行うプレイヤーの集う掲示板はかなり活況なようだし、そういう人は多いのだろう。Lettyのことを知ったプレイヤーが続々と詰め寄せる可能性は大いに考えられる。
「でも、それを理由に断るのも変じゃない?」
「簡単よ。Lettyを〈白鹿庵〉に入れたら良いだけなんだから」
エイミーが投じた一石が、周囲に波紋を広げる。
「新しいメンバーですか?」
「ま、そろそろ増やしても良いかもしれないけど……」
「アタッカーが多すぎないか……?」
レティとLettyでアタッカーが被ってしまう。そこにトーカやラクトまでいるし、滅茶苦茶な攻撃力過多である。
「レッジとエイミーの防御力があれば、それくらいでもまだ足りないくらいじゃない?」
「俺?」
ラクトの指摘に首を傾げる。
エイミーは優秀なタンクだが、俺はただのキャンパーだ。
「言っとくけど、レッジはただのキャンパーじゃないからね」
「はい……」
先回りして釘を刺され、素直に頷く。
「それなら、Lettyの意志を確認してからだな」
「新メンバーか。また賑やかになるねぇ」
ずっと一番後輩扱いを受けていたシフォンが嬉しそうの相好を崩す。まだ本人に確認を取ってないから確定事項ではないのだが……。
バンドの新規加入者は、リーダーとサブリーダーが認めればいい。俺はもちろん、レティもあの様子なら認めるだろう。であれば、あとはLetty次第だ。
「Letty、ちょっといいか?」
俺は腰を上げて、彼女の元へと向かう。
その少し後、ヴァーリテインの巣の側にあるセーフハウスで、大きな驚きの声が湧きあがった。
━━━━━
Tips
◇血判の決闘状
好敵手と認めた相手に送る果し状。勝利した場合相手に求めるものと、敗北を喫した際に差し出すものが記されている。明確な意思をそこに血判として残し、相手が応じることに期待する。
特別な強制力などはない。
〈アマツマラ地下闘技場〉総合カウンターにて販売中。
Now Loading...
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます