第958話「黒き夢の中で」

 地中深く、古代ドワーフによって築かれ、そして放棄された廃墟の町〈窟獣の廃都〉にて。〈白鹿庵〉によって発見され、以降多くの調査開拓員たちが訪れ、調査を行ったこの都市はすでに詳細な地図が作成され、通信監視衛星群ツクヨミと繋ぐ中継機も整備されたため、地上のフィールドと遜色なく活動することができるようになっていた。


「スイッチ! 『流星斬』ッ!」


 そんな廃都の更に地下にて発見された広い石室で、アストラ率いる〈大鷲の騎士団〉精鋭たちが激しい戦闘を続けていた。

 号令と共に前に出たアストラが長剣を振るうと彗星の如き煌めきが広がり、石室を埋め尽くす夥しい数の獣人を退ける。一薙ぎで数十の狂乱した黒い洞窟獣人コボルドたちを吹き飛ばすも、次の瞬間には石室の中央にある謎めいた黒い球体から新たな獣人が飛び出してくる。


「ふぃー。なかなかしんどいね」


 アストラにバトンを渡した軽装戦士の青年アッシュは、疲労を冷たいスポーツ飲料で押し流しながら声を漏らす。彼らがこの石室に入室してから、既にに30分ほどの時間が経っている。部隊をいくつかに分けた上でローテーションしながら黒コボルドたちを倒し続けているが、いくら狩っても終わりが見える気配がない。


「けれだけ続くってことは多分無限湧きだろうね。解析班がなんとか頑張ってくれるといいけど」


 アッシュのボヤきに応じるのは、複数の大型機獣を戦場で暴れさせているニルマだった。彼の視線の先では、重装盾兵たちに守られながら必死にキーボードを叩いている技術者集団の姿がある。

 彼らは第一線で活躍する〈大鷲の騎士団〉の擁する手練れの解析者たちだ。高レベルの〈鑑定〉スキルをはじめとした調査系スキルでビルドを固め、情報の分析に全てを注いでいる。

 彼らは戦闘が始まって早々に石室中央にある黒球になにかあると判断した団長によって、戦場の真っ只中での解析作業を命じられていた。様々な形をした撮影機器が火砲のようにずらりと並び、様々な角度から黒球を観察している。それらから集められた様々なデータを様々な方式で解析し、その内容を調べるのだ。


「アストラは元気そうだね」

「アイツは1週間ぶっ続けでも戦えるだろ」


 アッシュとニルマが視線を移した先にいるのは、一人で黒コボルドの大波を凌いでいる騎士団長の姿である。ローテーションと言いながら、三つに分けた前衛部隊のうちのひとつは彼一人だけ、という異質なものだ。しかし、彼は騎士団の中でも最精鋭として知られる第一戦闘班全ての活躍を、たった一人で実現させているのだから恐ろしい。


「ニルマもそろそろ機獣戻したらどうだ」

「メンテしないといけないしね。ちょっとアストラに任せるか」


 アッシュの提案を受けて、ニルマは戦場で自由に動かせていた三体の機獣を自分の下へと帰還させる。四本の腕を持つ大猿、尻尾の先端がハンマーのようになった鰐、火炎放射器と機関銃を搭載した狼と、まるで怪獣映画に出て来そうなメカメカしい機獣たちが帰ってくると、すぐさま待機していた技術者たちが現地メンテナンスを始める。


「もー、みんな呑気なんだから。ちょっとはヒラのことも考えてよね」


 キャンパーの用意したテントの中で休息をとるアッシュたちに声を上げたのは、聖職者のような白い法衣を装った金髪の女性、彼らと同じく銀翼の団のメンバーであるリザである。

 機術師部隊を指揮する彼女は、アストラがLPを枯渇させないように数人がかりで絶え間なく支援機術を紡ぎ続けているのだ。


「全く、本当に際限なくLP吸い込んじゃうんだから。回復し甲斐がないわ」


 リザは唇を尖らせてボヤきながら、LPアンプルを一気に飲み干す。

 最強の存在として知られるアストラの唯一欠点と呼べるものは、その燃費の悪さだ。ただでさえテクニックを多用するタイプの戦闘スタイルである上、白神獣のアーサーから受けるバフはその副作用としてLPを猛烈な勢いで吸い取っていく。ヒーラーによる支援なしに全力を出せば、3秒と持たないほどである。

 今も一切の被弾がないにも関わらず、騎士団精鋭の支援機術師五人が必死の形相で早口言葉のような詠唱を紡いでいる。

 前衛部隊のローテーションでアストラだけが一人部隊となっているアンバランスさは、他の前衛要員を回復する暇が後衛部隊の方にないというのも大きな理由のひとつとなっていた。


「こういう時はレッジのテントが羨ましいわ」


 リザの苦言を聞きつけてやって来たのは銀翼の団の残るメンバー、格闘家のフィーネである。長く続く戦闘と激しい連続攻撃スタイルの噛み合わせが悪く、“過熱オーバーヒート”状態に陥っていた彼女は、汗の滲む首筋を氷で冷やしていた。

 彼女が言うのは、アストラが慕っている〈白鹿庵〉のリーダー、レッジの扱うテントのことである。決して、今アッシュたちが寝転んでいるテントと同じものではない。


「無限のLPねぇ。あれは本当に気持ちよかったわ」


 比較的LP消費が重い機術師であるリザが、目を細めて言う。彼女たちも何度かレッジのテントの威力を体感したことがある。普段はLPに気を払いながらチマチマとテクニックやアーツを使っているのが、彼が一人いるだけで無双状態のフィーバーモードに突入するのだ。

 潤沢な資金と優秀な人材が豊富に集まる〈大鷲の騎士団〉でも、あれほど高性能な実戦型テントの運用は難しい。あれはネヴァの高い技術力と、それを十全に使いこなすレッジの手腕がなければ成り立たない曲芸のようなものだった。


「そういえば、〈白鹿庵〉に新メンバーが入ったらしいよ」

「はぁっ!? ま、マジで?」


 ついでに思い出したようにニルマが口を開く。飛び出した言葉に、フィーネが目を丸くする。彼女だけでなく、アッシュやリザも同様の反応だ。

 〈白鹿庵〉はその知名度やメンバー個々の実力の高さから、加入希望者が絶えない人気バンドだ。しかし、少数精鋭の気心知れた仲間とのみ活動しているため、その全てをことごとく退けている。

 以前、シフォンが新たに加入した際にもちょっとした騒動になったほどだ。


「掲示板に書いてあった。レティのトレプレしてる人だって」

「また一波乱呼びそうな奴入れたのねぇ」


 ニルマが掲示板を開いて確認する。彼の肩越しにそれを見たフィーネが眉間に皺を寄せて口をへの字に曲げた。

 〈白鹿庵〉のトレースプレイを楽しむ調査開拓員は多い。特にレティは破壊特化構成というある意味では分かりやすく再現しやすいビルドであるため、人気が高い。逆にレッジのトレースプレイはプレイヤースキルが問われすぎて不人気である。

 そんなトレプレの少女が本家とも言える〈白鹿庵〉への加入を果たしたらどうなるか。同じくレティのトレースを行なっている者が、我も続けと押しかけてくるのは想像に容易い。


「いや、その心配はなさそうだよ」

「どうしてよ?」


 即座に否定するニルマに、フィーネがむっとする。

 ニルマはブラウザを開き、動画サイトに投稿されていた映像を再生する。


「これ、闘技場?」

「うん。本物対偽物って」


 動画のタイトルは「ペタウサvsデカウサ〜仁義なき決闘〜」というものだ。画面の中では〈アマツマラ地下闘技場〉の大アリーナを舞台に、二人の赤髪のウサミミ少女が対峙している。

 一人はフィーネたちもよく知る〈白鹿庵〉の赤兎ことレティ。もう一人は、彼女とほとんど瓜二つでありながら、表情に緊張をにじませ、肩を縮めるLettyという少女。二人の姿を見たアッシュたちも、動画のタイトルの意味を察した。


「この子がトレプレの? 本当にそっくりね」

「それだけに残酷だけど……」


 四人がアストラそっちのけで画面を注視するなか、戦闘が始まる。その数秒後には、フィーネたちもニルマの言葉の意味することを思い知った。


「すごい……」

「互角、とは言わないけど——」

「ちょっと前のレティに遜色ないレベルで戦ってるな」


 Lettyという少女は、彼らの想像を遥かに上回る実力を持っていた。遮蔽物など何もないリング上を機敏に飛び回り、レティと激しい猛攻を仕掛けあっている。その動きはレティのようでいて、それを更に彼女なりに改善し昇華させたものだった。


「レティが被弾してるところなんて久しぶりに見たぞ」


 アッシュが驚きの声を漏らす。

 天性の戦闘センスを持つレティは、機敏な動きで敵を翻弄する。そのため、ほとんどの攻撃を避け、LPは全てテクニックのために消費する。そんな彼女が、同じ姿をした少女のハンマーによって横腹を叩かれ、吹き飛んでいた。


「これ、リングの側にいるのレッジとエイミーか?」

「どう考えても新人側を応援してるよね」


 やがて四人はリングの外から声を上げている二人の人影を見つける。Lettyの背後に陣取る彼らは、明らかに彼女に向かって鼓舞していた。


「これだけ動ける逸材がいたら、そりゃこうなるか」

「やっぱり〈白鹿庵〉に入れるのはぶっ飛んだ人だけなのねぇ」


 リング上で繰り広げられる激烈な攻防を見れば、嫌でも納得させられる。彼女に続けと息巻いていたトレプレ勢たちも、心折られるだろう。それほどまでに、Lettyはレティに迫っていた。


「ウチの騎士団長が知ったら面倒なことになりそうね」


 〈白鹿庵〉フリーク、より正確に言うならレッジフリークのアストラを思い、フィーネが気の重そうな顔をする。さすがに〈大鷲の騎士団〉を抜けて〈白鹿庵〉へ行くとは言い出さないだろうが、しばらくは機嫌が悪くなるかもしれない。


「いやぁ、たぶんもう知ってるよ」

「えっ?」


 ニルマが前線を指差す。


「うおおおおおおおおっっ!」


 そこでは、いつもよりはるかに気合いの入った咆哮を上げ、黒コボルドの大群を押し退けて中央の黒球に剣を突き立てるアストラの姿があった。

 黒球の表面に放射状の亀裂が広がり、やがてガラスが砕けるように細かな破片が広がる。


『〈窟獣の廃都〉のボス、“虚栄のポル=ヴォロ”が討伐されました』

『〈窟獣の廃都〉のボス、“虚栄のポル=ヴォロ”の特殊討伐条件が達成されました』


 鳴り響くファンファーレとアナウンス。

 騎士団員たちは歓喜の声よりも先に、別の思いが口をついて出た。


「ゴリ押しでクリアしちゃったよ、団長……」


 たぶんそういうタイプのボスじゃない、それが騎士団員たちの一致した言葉だ。全ての努力が徒労に終わった解析班の面々が崩れ落ちる。

 アストラだけが肩で息をしながら、不気味なほど穏やかな微笑を浮かべていた。


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Tips

◇“虚栄のポル=ヴォロ”

 〈窟獣の廃都〉の地下に広がる巨大な施設の最奥にて眠る特異的な原生生物。未知のメカニズムにより黒色の洞窟獣人コボルドに似た実態を無数に生成し、侵入者を攻撃する。

“かつての暗き栄光と共に深き闇の中で眠る。永遠の王国はそこに。無限の快楽がここに。呼び声は遠く、ここまでは届かない。我は眠り続ける。朽ちた現を忘れ続ける”


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